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モダン・ジャズの奇才、セロニアス・モンクの素顔に迫るドキュメンタリー2部作、『MONK モンク』『モンク・イン・ヨーロッパ』

独創的なプレイでジャズ・シーンを一変させた、ピアニストのセロニアス・モンク(1917‐1982)。彼の素顔に迫るドキュメンタリー2部作が2021年1月14日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷、UPLINK吉祥寺ほか全国で順次公開されます。

今年は、この偉大なるジャズマンが亡くなって40年。公開初日には、本noteの指南役、音楽評論家、藤田正さんとブロードキャスター、ピーター・バラカンさんによるトークショーも開催(詳しくは本文末に)。
藤田さんに映画の見どころとモンクの魅力について伺いました!

没後 40年 セロニアス・モンクの世界 予告編

エキセントリックでマッド、そして寡黙? モンクの本当の姿って? 

――昨年、公開されて話題を呼んだユージーン・スミスの記録写真&録音による『ジャズ・ロフト』。同作後半で貴重なリハーサル・シーンがドキュメントされていたのが、ジャズ・ピアニストのセロニアス・モンクです。で、今回の【没後40年 セロニアス・モンクの世界】の2部作なんですが、『MONK モンク』では、のっけから、彼がピアノの横でクルクルとまわるダンスシーンからはじまります。

藤田 ぼくはその姿を「立ち踊り」と名づけたんだけど、撮影した監督もモンク(発音=マンク)の特質の一つを、そこに見出したんだろうね。モンクは自分のソロが終わると、立ち上がってメンバーに演奏をまかせっきりにするなんてことも平気でやる人だった。それはまかせても充分の音楽性がバンドにあったから。「音楽家はこうあるべき」という常識に対して、「我関せず」を貫いたピアニストでした。で、これこそがモダン・ジャズのキモともいえる精神性なんですよ。時代を経た今、モンクの生き方、ファッション&プレイは、無条件にかっこいい!と言われているけど、この二つの映画で見知ることのできる当時の観客にとって、彼は常識外れスレスレの、スリル満点の存在だったと思います。

――常識ハズレ、といいますが、モンクはむちゃくちゃスゴイ、ミュージシャンじゃないんですか? 奇しくも前回、前々回とピアニストを紹介してきましたけど、大ベテランのエディ(・パルミエリ)さんばかりでなく、若手のジョン・バティステなんかにも影響を与えている偉大なジャズ・ピアニストなんですよね?

藤田 もちろん、偉大なるアーティストといって間違いない。なんといっても、彼はチャーリー・パーカー、ディジ・ガレスピーらとともに「ビバップBe-Bop」と呼ばれるモダン・ジャズ革命を起こしたひとりなんだから。

1940年代のアメリカ、ニューヨーク。ハーレムにあったミントンズ・プレイハウスという小さなライヴ・ハウスでその革命は起こりました。当時、人間以下の存在とされたアメリカン・ブラックたちが器楽楽器を手に「オレ様」を表現したのがビバップ。だれもが人の創造の先を競った時代です。映画『MONK モンク』にも登場するけど、「’Round Midnight(ラウンド・ミッドナイト)」や「Epistrophy(エピストロフィー)」といった彼を代表し、かつ今ではスタンダードとなった曲がここから生まれたんだよ。

’Round Midnight

――かつて、『ビー・バップ・ハイスクール』なんて漫画(&映画)もありましたねぇ。

藤田 そう、それもBe-Bop。だけど、漫画は、ゴロがいいから言葉を合わせただけでしょ。でも、究極のええかっこしい、という点は同じかもしれないな。ビバップの男たちは、タバコと熱演でむせ返る深夜のクラブにあっても、粋に着こなすことをムネとした。モンクのトレードマークともいえる帽子も、奇抜な眼鏡も、ちいさな指にはめられたでっかい指環も、彼の美意識の表れなんだから。

――藤田さんは、2015年に出されたムック『モダン・ジャズ革命』(シンコーミュージック・エンタテイメント)で、「天才とは異端の別名」という小見出しでモンクのアルバムを紹介されています。

藤田 くわえタバコ、噴き出す汗とハンカチ、独特なピアノの弾き方など、細部にカメラは執着して、どこまでも「折り目正しい音楽のありかた」からはみ出すモンク式アート表現を伝えます。モンクの演奏では不協和音や突然のリズム変更はあたりまえだから、「エキセントリック」や「マッド」なんていわれてたこともある。

――で、藤田さんはモンクのどんなところに魅力を感じているんですか?

藤田 セロニアス・モンクって、実はとても綺麗な曲を作る人なんですよ。でも、彼自身がプレイする時は、月並みには弾かない。バックのアンサンブルも含めて、原形を崩してプレイする。彼は崩すことが、曲の成長であると考えていたはずです。映画はその最高の瞬間を捉えている。反対に、モンクの曲作り、あるいは曲の解釈の凄さを体験したミュージシャンの多くは、彼の音楽を美しく表現しようとする傾向にあるんです。マイルズ・デイヴィスほかが演奏した超名作「ラウンド(バウト)ミッドナイト」とか、代表的作品を聴くとよくわかります。この、アバンギャルドと言ってしまえば簡単だけど、主軸たる本人自身が自分の音楽性を変貌させ続けているのに、周囲の音楽家はそんな彼を、いわばフォローしている、という関係性って凄くない? 

――常人には、たどり着くことは不可能です!

モンクの帽子への執着を伝える動画。実に多彩なカルチャーのファッションから影響を受けていることがわかる。トップ左側に映るのは、映画『MONK モンク』にも登場する、コロンビア・レコードのプロデューサー、テオ・マセロ (本動画は『MONK モンク』とは異なります)

――『MONK モンク』ではヴィレッジ・ヴァンガードのステージや楽屋、コロンビアのレコーディング・スタジオのほか、自宅周辺を散策するモンクなど、カメラは彼の日常も捉えます。彼が居住した西63丁目、いわゆるサンファン・ヒルと呼ばれたエリアは、リメイク作が話題の『ウエスト・サイド物語』(1961)の舞台で、一部撮影も行われた場所だそうですね。

藤田
 そう。サンファン・ヒル(San Juan Hill)の名から察するとおり、プエルトリコ系をはじめとするカリブ海諸国からの移民のほか、モンクのようにアフリカ系アメリカ人が多く住んだ場所です。だから、映像のなかで散歩するモンクに話しかけてくる人たちの多くがカリビーンなんですよ。サンファン・ヒルのモンクが住んでいた一画は、1985年にニューヨーク市によってセロニアス・モンク・サークル(Thelonious Sphere Monk Circle)と改められました。

――モンクは「寡黙」とも言われてたみたいですけど、隣人たちとの接し方を見てても、なかなかよく喋ります。

ニューヨーク、西63丁目にあった自宅周辺を散歩するモンク。

藤田 モンクを表すのによく使われたレッテルは、誰が貼ったのかってこと。観客自身の眼でそれを確かめろと、ブラックウッド監督は言っているようです。

モンク(左)と彼を支えたネリー夫人

――2本目の『モンク・イン・ヨーロッパ』はタイトル通り、ヨーロッパ・ツアーを捉えたドキュメント。妻のネリーさんも帯同しています。

藤田 こちらは1968年に敢行されたヨーロッパ・ツアーですね。妻のネリーさんは、病弱にもかかわらずモンクの面倒を見続けた女性。彼女なくしてセロニアス・モンクというミュージシャンは存在しなかったともいえる。監督のひとりで撮影を担当したクリスチャン・ブラックウッドは、ふたりのホテルの客室でのようすも伝えます。

――1968年はキング牧師が暗殺された年です。

藤田 これはパンフレットにも書いたけど、モンクにも「Bright Mississippi」(1962年録音)という名曲がある。これは、Bright (輝かしい)なんていいながら、激しく差別に抗議する曲なんだ。懐かしい深南部を想起させるスタンダード「Sweet Georgia Brown」のカナメの一部だけを切り取り、突き刺すように演奏するモンクのプレイには、当時のジャズマンたちの知性が凝縮されているんですよ。

Bright Mississippi (※映画にはこの曲は登場しません)

――『モンク・イン・ヨーロッパ』での「Blue Monk(ブルー・モンク)」を聴いて、藤田さんはモンクについて新たに発見があったようですが?

藤田 そう、これは彼の自画像なんですね。「私」をブルーズ形式で描いた革新的一作だと、確信しました。なぜブルー、なぜブルーズなのか、ということは、とてもここでは語り切れないんだけど、一点、この名曲は日本語に訳せば「アメリカ黒人の肖像」ってことです。絵画でいえばゴーギャンとかゴッホとかと同じ。自分は何者であるかを「ブルー」を基調に表現している。まさしく新時代の音楽です。

オレ(オレのような黒人)って、こういう姿なんだよ、という高度な認識の上に立った音楽を作ったのは、モンクと、仲間のマイルズ・デイヴィスだけじゃないかな(「マイルズトーンズ」)。これに続いたのがジョン・コルトレーン……そう「ジャイアント・ステップス」! セロニアス・モンクさんが、今も、ジャズ・プレイヤーから尊敬を集めている原点って、これでしょ。

――天才の魅力をたっぷり堪能できる計2時間。みなさんに堪能いただきたいです!

『モンク・イン・ヨーロッパ』では足元に注目!?

没後40年 セロニアス・モンクの世界

『MONK モンク』MONK
1968年/58分/アメリカ/B&W/スタンダード/モノラル
『モンク・イン・ヨーロッパ』MONK IN EUROPE
1968年/59分/アメリカ/B&W/スタンダード/モノラル
(C)1968 All rights reserved by Michael Blackwood Productions
監督:マイケル・ブラックウッド/クリスチャン・ブラックウッド
公式HP https://monk-movie.com

【公開記念トークショー】
ヒューマントラストシネマ渋谷では、藤田正さんとピーター・バラカンさんによるトークショーがあります。ふたりの音楽好きによるディープなトークをご期待ください。詳細・ご予約は下記サイトから。
日時:1月14日(金) 18:30の回
18:30 ~19:30 『MONK/モンク』本編上映
19:30 ~ 20:00 トークショー
https://www.ttcg.jp/human_shibuya/topics/2022/01051800_17085.html

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