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我らが文化を取り戻せ! ビヨンセ、ドクター・ドレーも支援する「ブラック・カウボーイ」について、いろいろ

カウボーイ。19世紀後半、アメリカの開拓時代を描いた西部劇のヒーローといえば、ゲイリー・クーパー、ジョン・ウェイン、ヘンリー・フォンダ……のように、みーんな白人でした。

2021年8月20日、歌姫 ビヨンセが自らのファッションブランド、アイビーパークとアディダスのパートナーシップで発表した新コレクション「IVY PARK Rodeo」は、白人たちに都合よく消されてきた「ブラック・カウボーイ」文化に焦点をあてています。

「ブラック・カウボーイ」は近年、歌や映画に頻繁に取り上げられ、アメリカのブラック・コミュニティの間でとりわけ注目されているの事柄のひとつ。音楽評論家の藤田正さんにお話を聞きました。

※トップ画像はIVY PARK RODEO YouTubeより。写真のグリン・ターマン氏は舞台劇『A Raisin in the Sun(陽なたの干しぶどう)』でポワチエの息子を演じ、近年も高い評価を受ける俳優、舞台作品のディレクター。画面に映らないところでは熟練した馬術家であり、ロデオチャンピオンでもある。

――ビヨンセがアディダスとのコラボレーション第4弾で新しいコレクション「IVY PARK Rodeo」を発表しました。

藤田 テキサス・ガールの面目躍如ってところだね。

――「ロデオ」という名前からもわかるように、カウボーイからインスピレーションを受けてつくられたものです。ただ、公式サイトを見ると次の説明が。「黒人の」って言葉がひとつもない!

「IVY PARK Rodeo」と名付けられた本コレクションでは、アメリカの伝統的なウエスタンウェアやカウボーイ/カウガールの独特のファッションからインスパイアされ、クラシックなアメリカーナスタイルを大胆に再構築したストリートウェアやアスレチックウェア、アクセサリー、フットウェアが展開される。(公式サイトより引用:太字は森による)

藤田 「伝統的なウエスタン…、カウボーイ…」となると、日本なら白人をイメージするのが常識だけど、ビヨンセたちは「それは違う」という歴史認識の上に立ちながら、新しい発想でビジネスしようとしている。「ブラック」とはそういう意味でも、今や新しさを示す「記号」でもあるわけ。

しかも、世界的なスポーツ・ブランドが商売として狙っているお相手は、白人なんて購買層の一部じゃない? そこに「ブラック」の意義があるし、なぜ「カウボーイ」のイメージを絡み付けたのか。面白いことばかり。アメリカン・ブラックや、メキシコ系、ネイティブ・アメリカンの家系の人たちなら分かり切ったことだけど、その「面白さ」って、牛を追う、馬を扱うといった文化はもともと誰が担っていたか、という歴史としっかり結びついているわけです。これも「ブラック・ライヴズ・マター運動の派生形」だと言えるんじゃない?

――ビヨンセが表紙を飾る『ハーパーズ・バザー』2021年10月号のロングインタビューではその想いがきちんと説明されています。彼女は小さいころ家族でヒューストン・ロデオを見に行って、驚くほど多彩な文化を経験した、と。

「黒人のカウボーイは牛飼いと呼ばれ、差別を受けたうえに最も荒い馬の世話をさせられたと聞いています。白人たちから疎外された彼らは自分たちの居場所を求めて、”ソウル・サーキット”を形成したのです。それから長いあいだ、黒人カウボーイによるロデオにはすばらしいパフォーマーが登場し、アメリカ西部の歴史と文化における黒人の居場所を取り戻す一端となりました」(同紙から引用)

藤田 森さん、ビヨンセのこととなるとチカラが入るね~。

――はい! 去年ディズニープラスで発表されたビジュアルアルバム『ブラック・イズ・キング』ALREADYのシーンでも、ビヨンセが馬にまたがるカッコいいシーンがありました。ちなみに、こちらで身に着けているカウプリントのセットアップはバーバリーとのこと。ビヨンセのカウボーイ文化に対する想いは、さらにさかのぼってデスティニーズ・チャイルド時代からずっとあるようです。

Beyoncé, Shatta Wale, Major Lazer – ALREADY (Official Video)

――さて、ブラック・カウボーイがいまのように広く注目されるキッカケとなった歌があるそうですね。

藤田 現在のという意味では、リル・ナズ・Xの「オールド・タウン・ロード」でしょう。2018年に発表されて瞬く間にTikTokなどSNSを通じて火が点いた歌(ラップ)です。もちろんリル・ナズ・Xは若い黒人。だからビルボード誌のカントリー・チャートでは、ジャンルの明確な要素を欠いていると編集者に指摘されて、最初は苦戦を強いられた歌でもあったようです。

――肌の色を理由に、ちゃんと歌を評価してくれない。

藤田 アメリカの音楽界は、一見、開かれたようでいて、今でも立派な差別社会だから。かつてのプリンスもマイケル・ジャクソンも、大変な知恵を絞って人種のバリアを破ったわけだけど、そういう黒人ミュージシャンの苦労は無くなっていないからね。ましてやホワイト・ポップの牙城であるカントリー・ミュージックすら狙うともなると、た~いへん(笑)。

ジャンルうんぬんが問われたところに、カントリー・ミュージックのベテランで俳優のビリー・レイ・サイラスが乗っかった。この組み合わせも面白かった。見た目、ありえない「デザイン」でしょ。リル・ナズ・Xらは自分の歌……自己をどうメディアの中でデザインするか……の反響・反発については、充分に承知の上で「騒ぎを起こしている」わけです。

Lil Nas X - Old Town Road (Official Video) ft. Billy Ray Cyrus

――ビルボードの差別的対応がかえって、曲が注目を集める結果となったとは皮肉ですね。そして、ブラック・カウボーイのコミュニティは国際的な注目を浴びるようになりました。

藤田 リル・ナズ・Xは同性愛者であることを公言してます。だから、馬。だからカウボーイ。そして懐かしいマールボロ(タバコ)! オトコ、オトコの楽しさ。「オールド・タウン・ロード」って、ぼくはかなりセクシャルなイメージを背景とした歌だと思っているんだけど…そうだ、かつてビレッジ・ピープルの「Y.M.C.A.」というヒットがあったの知ってる?

――ヒデキ! 西城秀樹の「ヤング・マン(Y.M.C.A.)」ですね。ヒットしましたね。

藤田 かつての、ではあるけど、ゲイ文化に(エンタテインメントとして)光を当てた一つがビレッジ・ピープル。メンバーの姿を見れば一目瞭然だけど、ちゃんとカウボーイがいる。つまり「カウボーイ」は、開拓時代のホワイト・アメリカンの勇者であり、カラード・アメリカンにとっては今こそ語られるべき「真の立国者」である。と同時に、歴史によって作られた「男っぽさ」のイメージがハリウッド映画とゲイ・カルチャーの中で共有されている巨大な「記号」でもある。「オールド・タウン・ロード」は、こういった要素を無理なく取り込んでいるところを見ると、よく考え抜かれた1曲であることが理解できます。

――こういう人が、業界の壁や差別ををドンドンぶち破ってくれると面白いですね。新作「INDUSTRY BABY」のミュージック・ビデオでは、さらに「深化」して、自らのセクシャリティをさらけ出した過激シーンが満載です。

藤田 Netflixの名シリーズ「オレンジ・イズ・ニュー・ブラック」も顔負け!「INDUSTRY BABY」のあと、例えばアース・ウィンド&ファイアのヒット動画を観るといいよ。アメリカのブラック・ミュージックと一口に言っても、短期間でこんなに変わったんだと、けっこうな衝撃が味わえる(笑)。

――ブラック・カウボーイは以前、noteでも取りあげたNetflixのオリジナル・シリーズ『アフリカからアメリカへ:米国料理のルーツを辿る』にも登場します。

藤田 あれは素敵な指摘だったねぇ。第4回「解放と自由」のテキサスでのエピソード。テキサスの肉食文化を支えたのが、最初のカウボーイとなった元黒人奴隷だった。そもそも、カウボーイの4人に1人が黒人(&有色人種、先住民)で、彼らが馬に乗り、牛を追い立て移動を繰り返していた。以前から言われていたことを、アフリカにまで遡りながら、大きな文化の流れを語ってくれた。

――そして、テキサスは赤身肉のマチになったと。ジュルッ。よだれがでます! 漁師料理ならぬ、カウボーイ料理もおいしそうでした。

藤田 ブラック・カウボーイも白人の奴隷主が捨てるものを上手に活用して料理してきた。彼らがつくるシチューは、まんま日本のもつ煮込みと同じ。すべてを余さず料理するっていうのは、本当においしい料理の基本でしょ。

――映画にはロデオのシーンもあって、ド迫力です。走る馬から牛の肩に飛び乗って、足を地面に食い込ませて引き倒す。ロデオって荒牛・荒馬を乗りこなすものだけじゃないんだってビックリしました。

――あとひとつ、これは別の映画で描かれてますけど、アメリカでは都市部にカウボーイがいるってこと。場所も西部に限らない!

藤田 いぇーす! 2021年はじめにNetflixで公開された『コンクリート・カウボーイ: 本当の僕は』では、米東部、フィラデルフィアのブラック・カウボーイコミュニティが描かれている。素行不良の少年がカウボーイである父に預けられ、最初は反発しながらもコミュニティの生き方を学び、成長していく。

『コンクリート・カウボーイ: 本当の僕は』予告編 - Netflix

――黒人映画の金字塔『ボーイズン・ザ・フッド』をブラック・カウボーイの世界で描き直した、オマージュ作品のようにも思えます。

藤田 そこは強く意識しているでしょうね。映画にでてくるフレッチャー・ストリート厩舎は実在し、100年以上の歴史があるそう。原作のタイトル『Getto Cowboy』からもわかるように、コミュニティはスラムのど真ん中にある。現在は、NPO団体が地域の少年たちに馬の仕事や乗馬を教えたりして、子どもたちがより良く生きていけるよう取り組みも行っているそうです。

――『ボーイズン・ザ・フッド』のふるさと、カルフォルニアのコンプトンにも黒人カウボーイのコミュニティがあり、同様の青年支援プログラムがあって、ドクター・ドレーが毎年馬1年分の餌代に相当する額を寄付しているそうです。

藤田 なるほどねぇ。こういう認識の上に立ってビヨンセのファッションに接すると、得るものは多いと思います。

◎黒人カウボーイの世代(動画あり)

◎2021年のジューンティーンス(6月19日、奴隷解放記念日)には、黒人だけのロデオ大会がはじめて全国放送された(ニュース記事)。


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