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映画監督 早川千絵さんインタビュー~10代で感じた表現したい気持ち やりたいことがある、その思いを第一に~

 『sful』vol.17(2022年12月発行)では、カンヌ国際映画祭「ある視点部門」の特別表彰など国内外で話題を呼んだ、映画『PLAN 75』の監督である早川千絵さんが登場。成城学園の卒業生である早川さんとメディアアート部の高校生3人との座談会を掲載しました。この組み合わせは、10代の生徒たちと話したいという早川さんのアイデアで実現したものです。座談会で感じたこと、さらに早川さん自身も特別な思い入れがあると語る「10代」という特別な時期について、改めて話をうかがいました。

『sful』vol.17座談会の記事はこちら(デジタルブック P10~)

世代を超え、作り手ならではの悩みに共感

「彼女たちの年齢の頃、私もこんな風に感じながら日々を過ごしていたなというのを思い出して、感慨深かったです」。
 高校生3人との座談会を振り返り、こう語った早川さん。
 座談会当日は最初こそ、生徒たちは「映画監督」と話すことに緊張していましたが、映画制作というキーワードを通じて互いに率直な意見を交わすうちに、徐々に和やかなムードになっていきました。

 映画の制作中には、大きな壁にぶつかることはつきものです。そんな時、「自分の作りたいものがあるから、人からの意見を受け入れるのが難しい」と話す生徒たちに向けて、早川さんからこんなアドバイスもありました。  
 「私も若い頃は、人の意見を素直に聞けなかったこともありました。でも、ひとりの思いだけで作品を作っていたら、自分の範ちゅうで収まってしまいます。他者の意見を取り入れることで作品がとても豊かになります」。この言葉に、「周りの人の話を聞き、協力することで新しい考えが生まれることがあると気づきました」と、生徒たちは大きく頷いていました。

 作品を人に見せるのが苦手という話題では、「まるで自分の頭の中を見せているようで、緊張するし居心地が悪い」と早川さんも生徒も同じ気持ちだったようです。プロの映画監督になった今も、「人に見せるのが怖くて、観客と一緒には映画が観られない」と語るなど、世代を超えてものづくりに取り組む者同士ならではの悩みを打ち明けあっていました。

 将来はどんな風に社会に貢献していくのか。ある時、このように言われて悩む生徒に向けてはこんな言葉も。「何かのためにならなくてはいけない、役に立たなくてはいけないとか、そんな風に考えて自分を縛る必要はない。10代で打ち込みたい何かがあるのは、それだけですばらしい。やりたい気持ちを大切に、ものづくりを続けてほしい」。

 早川さんからの温かいメッセージに背中を押された様子の生徒たち。座談会後には、「早川さんと話したことで、自分の考えが整理でき、貴重な経験になった」「いかに映像が好きか再確認できた。時間がかかっても自分の撮りたい映像を人に届けたい」といった声が聞かれました。

中学時代の作文がものづくりの原点

 座談会後、改めて早川さんに成城学園で過ごしたご自身の中高時代のことや10代という時期に対する思いをお聞きしました。

――成城学園で過ごした中高生の頃は、どんな生徒でしたか?

 繊細すぎて苦しかった時期ですね。でも、あの多感な時期を悩みながら過ごしたが故に、表現したい気持ちが生まれたんじゃないかとも思います。表現したい欲求が強く、思春期独特のモヤモヤとしたものを抱えながらも、恥ずかしがり屋で形にすることができずにいました。だから、メディアアート部のように仲間と切磋琢磨しながら作品を作る場があることは、本当にうらやましいです。

――中高生の頃から、具体的な形にはならなくても、何かを表現したいという気持ちは強かったのですね。

 人見知りで気が小さかったから、何かを表現して人に見せるような活動はほとんどしていませんでした。でも実は楽しみにしていたのが、『学園の丘』という文集のための作文を書くことです。クラス中で何人かが選ばれて掲載されるのですが、当時その文集に載せてもらえることがすごくうれしかったんです。学年もクラスも違う人から、私の書く文章が好きで毎回楽しみにしているという感想を伝えてもらうこともありました。今にして思えば、自分が表現したものに誰かが反応してくれて、それを幸せに感じた初めての体験だったのかもしれません。
 作品が誰かの心に響いたり、誰かひとりでも好きだと言ってくれる人がいたりすることで、私自身も救われる。それが私の現在の映画作りにもつながっています。10代は私にとって、ものづくりの原点でした。

10代の力に刺激を受けた映画製作のワークショップ

――座談会では10代を「感受性の黄金期」と話されていましたが、2022年は10代を対象にした、東京国際映画祭の特別企画である映画制作のワークショップ『TIFFティーンズ映画教室2022』の講師を務められました。どのような思いで講師を引き受けたのですか?

 オファーを受けた時には、私自身が長編映画を1本しか撮った経験がないので、私に務まるものかとためらいもありました。ですが映画作りで大切にしていることを子どもたちに語ってくれたらいいと説明を受けて、子どもたちの作りたいという気持ちを応援できるのならと、お引き受けすることにしました。

――実際に、子どもたちの映画作りを間近で見ていていかがでしたか?

 このワークショップでは、プロの映画人である大人は映画作りのノウハウを教えず、子どもたちの持つ力を最大限に引き出すという独自のメソッドで行われています。もちろん機材の扱い方などは教えますが。期間は6日間で、その間に中高生が各々話し合い、映画を作っていきます。傍で見ていると、私も仲間のひとりになったような気持ちで「こんなのはどう?」とか「こうすれば面白いんじゃない?」とアイデアが浮かんでしまい(笑)、思わず前のめりになって助言したくなってしまうことも度々ありました。
 でも、あえて何も言わず見ていると、私が考えているよりももっと面白いアイデアが子どもたちの中からポコポコと出始めるんです。結果的に、彼らの作ったものの方が断然面白いものになりました。
 みんな初対面ですから、最初こそぎこちないものの、映画の完成という一つの目標に向けて話し合いを重ねるうちに打ち解け、撮影のために体を動かす中で急速に他者の性格や意見を受け入れる力が身に付いていく。その濃密な時間を目の当たりにして、とてもよい刺激になりました。

“よい耳”と“言わない表現”の大切さ

――早川さんがワークショップに参加した中高生に話した「映画制作において大切にしていること」とはどんなことでしょうか?

 1つめは、よい耳を持つこと。他の人の声に耳を傾けたら、自分ひとりでは考えもつかないような大きなヒントをもらえることが多々あります。だから私は、一緒に作品を作る人の意見は、宝の山だと考えて大切にしています。
 2つめは、表現について。言わずに伝えるということをやってみようという話をしました。言葉で説明するのは簡単ですが、あえて言葉を排して伝える表現方法をとると、受け止め方が幾通りにも広がります。観た人が、「作り手は、もしかしてこういうことが言いたかったんじゃないか」と考えること、作品を通して通じ合えたと感じられることが、映画を観る時の喜びになります。それに、言葉で説明しないことで、作り手が意図していないことまで深く考える人もいるかもしれない。それが映画の面白さでもあると、子どもたちに伝えました。

――今後も10代の若者たちと交流する場を設けたいと考えておられますか?

 瑞々しい感受性を持つ年代にしかできない表現。それを引き出すために、
周りの大人が意見を挟まず、辛抱強く見守る。これは、実はとてもエネルギーが必要です。へとへとになることも(笑)。けれど、これからも時間と体力が許す限り10代の人々との交流の機会を作り、彼ら彼女らのものづくりをサポートできたらと思っています。

 インタビューを終えて
座談会では、生徒たちの言葉を引き出そうと自ら積極的に語りかけるなど、早川さんにはプロの作り手らしい一面を大いに発揮していただきました。印象的だったのは、早川さんが「人からの評価よりも自分の作品を信じられるか否か。自分が大好きと思える作品を作りたい」と語った時の凜とした表情と、それを聞く生徒たちのキラキラとした目。「他人になんと言われようと、好きなものを作ればいい」。背中を押してくれるそんな先輩のアドバイスは、生徒たちが今後ものづくりを続ける上での明るい道しるべになったのではないかと感じました。 

文=宇治有美子 写真=佐藤克秋
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