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宇宙人襲来

始まりはSKIPだった。SKIPというのは、保護者の委員が作ってくださる冊子の名前だ。年に数回発行する。年度の第1号だから、自己紹介号だった。
 ありきたりのことを書いてもつまんないなぁ、と思い、「いしーせんせは、ほんとは、うちゅうじんです。ちきゅうのことをしらべに、せいじょうようちえんにきました」と書いた。顔写真には「ほんとのすがた」としてネットで見つけた宇宙人ぽい絵と「かりのすがた」という私の写真を掲載した。
 翌日すぐに年長さんの反応があった。年長さんになると平仮名を読める人が増えるし、お父さんやお母さんに冊子を読んでもらう好奇心も強くなる。「宇宙人!」「宇宙人!」とはやし立てる子。「宇宙語で名前を言ってよ」と探りを入れてくる子。「宇宙人のお腹は硬い」と突いてくる子。大騒ぎだった。SKIP発行から3週間くらい経つと、さすがに飽きちゃった子もいる中、1学期の終業まで「宇宙人バイバイ」と言いながら帰っていく子もいた。
 年中さんには1週間ほど遅れて、ブームがやってきた。この差が面白い。言葉の能力だけでなく人間というものに対する理解、たとえば日本人と外国人を識別するような感覚が幼稚園児の3年間でどのように発達していくのかがよくわかる。ちなみに私が宇宙人であることに年少さんはあまり興味を示さなかった。自己と他者との関係性の認識が、学年によって大きく違うのを感じることがあるが、これもそのひとつだろう。
 年中さんの中では、早い時期から興味を持ったRくんは、ひとつひとつ確認の質問をしてきた。とても理知的だった。「どんな乗物で来たの?」「基地はどこにあるの?」「何ていう星から?」それも一度にたくさん質問するのではなく、1日にひとつ聞いて、前に私が答えた内容、たとえば「秘密基地は成城学園前駅の地下にある」とか「先生の円盤にはPASMOで乗れる」なんてことをちゃんと覚えていて、照らし合わせながらまた考えて次の質問をする。好奇心が人を成長させるのだ。
 園児たちの感覚の中には、宇宙人ならば、やっつけなくてはいけないんじゃないか、という異質なものに対する嫌悪・敵対心が見えることもある。人類が原始時代から生き延びるために身につけてきた根強い本能だろう。私の頭をめがけて「バーン」とピストルを撃つ真似をしながら帰っていく女の子もいた。「いじめ」がなくならないことと共通する、種を守るための防衛本能なのだ。
 逆に年中組のSさんのように、帰り際に「〇〇くんが、秘密兵器で園長先生を倒すって言ってたよ」とこっそり耳打ちしてくれる優しい子もいる。ありがとう。おかげで命拾いしたよ。
 一番面白かったのは、年長組のⅯさんだ。彼女はことの本質を見抜いていた。「園長先生が宇宙人のわけないじゃない。子供だましだよ」とみんなを落ち着かせる。さすが!いつでもどこにでも「王様は裸だ」と真実を突き付けることのできる、賢くて勇気のある子どもがいるのだ。
 もちろん他の子だって、宇宙人やサンタクロースはたぶんいないだろうと、うすうす感づいていて、それでも園長のタワゴトに乗っかって楽しんでいたのだと思う。フィクションを楽しむのも、真実を言葉にするのも、どちらも人間にしかできない。
 福島市がUFOの町などといって宇宙人で町おこしをしていると、NHKがニュース番組で報じていた。不思議なものは魅力的だ。成城幼稚園の園児たちの好奇心は無限に広がっていく。
 さて、夏休みも半ばを過ぎた。彼らは何を見つけてくるのだろうか。

筆者:成城幼稚園園長 石井弘之
2024年8月8日公式ウェブサイトに掲載

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