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第23回 成城商店街で撮られた映画 北口篇②

 成城在住の青柳信雄監督による『サザエさん』シリーズで、しばしば成城商店街の風景が見られることについては何度かご紹介しました。これはお屋敷町だった成城の商店街が、いかに下町の風情を漂わせていたかの証し。成城ロケにかなり執着した青柳監督ですが、ラジオドラマの映画化である『チャッカリ夫人とウッカリ夫人』の一篇『夫婦御円満の巻』(56)や、喜多見100番地(現在の東宝スタジオ・メインゲート付近に当たる)の家を舞台とした‶家族もの〟『花嫁会議』(同)でも、北口駅前の石井食料品店や桜並木にあった三浦屋酒店など、多くの商店を画面に登場させています。ちなみに、この桜並木は成城学園創設者・澤柳政太郎の自宅(のちのはな寿司、現在の「ほしや」の辺り)があったことから、「澤柳通り」と呼ばれていました。
 
 駅正面左(西)側、小田急線開通と同時に開店したニイナ薬局や宮崎屋酒店並びの店舗が写る映画に、『結婚三銃士』(49:新東宝)と『新婚七つの楽しみ』(58:大映)があります。この二作では‶ライオン長屋〟同様、建物の形状が長屋風であることが分かるばかりか、後者では喜多見不動産や、成城に多く存在したブリキ屋の店構えも確認できます。自治会発行『成城のまち』掲載の昭和20年代商店街地図を見ると、この長屋(下図、橙色線で囲んだ辺り)にはガラス屋、桶屋(パン屋もやっていた!)、タクシー屋、洋服店など、日々の暮らしに欠かせないお店が揃っていたことが分かります。

成城自治会発行『成城のまち』掲載「昭和20年頃」の成城商店街地図
現在の同所(筆者撮影)

 当地図では、東西に走る「成城本通り」東側で今も営業を続ける成城堂時計店、諸橋不動産といった店舗も確認できます。諸橋さんは後年、ところてんやかき氷を出す甘味処となり、我々大学生もよく利用したものでした。西側には、学園についてやってきた笹屋に青柳といった店舗が見られます。和菓子店の青柳はのちに店を線路沿いに移し、『私が棄てた女』(69:日活)では二階の喫茶室(‶フルーツパーラー〟と自称)がロケ現場になっています。

甘味処「諸橋」。成城にもこうしたお店があった時代が・・・(成城大学卒業アルバムより)

 「成城本通り」が写る映画に、‶スーパージャイアンツ〟シリーズの一篇『怪星人の魔城』(57/石井輝男監督)があります。主演の宇津井健にとっては、ちょっぴり恥ずかしいコスチューム(白のむっちり全身タイツ)もあって、あまり思い出したくなかったであろう作品ですが、本作では鈴木金物店と桂屋の店先、成城ドラッグストアの看板や特徴ある街灯などが見られます。のちに宇津井が成城に居を構えた(地階で「葡萄屋」なるレストランまで経営した)のは、この撮影で成城の街が気に入ったからに違いありません。

左手がかつての鈴木金物店。讃岐うどん店、マクドナルド、スーツセレクトを経て、
現在はこのお店に(筆者撮影)
昭和20年代末の同所。「よしや」は洋食店(成城パン経営)を経て、のちに
「三菱銀行成城北口支店」となる。店先には印象的な街灯も見える(提供:成城凮月堂)

 『サザエさん』に二度ほど登場したマルケー洋品店。この店舗は、『アワモリ君乾杯!』(61)という坂本九主演作でも撮影に使われています。ジェリー藤尾と加東大介(やはり成城に居住)が当店と岡田屋(漬物店:のちに依田靴店隣に移転)間の四つ角に立ちますが、同じ古澤憲吾監督の『ニッポン無責任野郎』(62)では植木等がここでハナ肇と遭遇、‶C調〟さを発揮して、たちまちハナの会社「明音楽器」に潜り込みます。『サザエさんの青春』(58)のときブティックだったNEBAネバは、『アワモリ君』ではいつの間にか洋食店に変身(?)。風味焼やポーク・ピカタの味を懐かしく思い出す方も多いことでしょう。

左手がかつての洋品店「マルケー」。
『サザエさん』(56)では、ワカメがここで波平に頼まれた靴下を買う(筆者撮影)


レストラン時代の「NEBA(ネバ)」(成城大学卒業アルバムより)。ブティック時代の店は、映画に写る風景(隣は電気店)から大通り側にあった(上掲地図の「昆洋裁店」か)と推測される。

 この奥にあった木村屋(パン屋)、ガーベラ(ブティック)、大和屋(パン・和菓子屋)の店先が見られるのが『雨は知っていた』(71)という酒井和歌子主演のスリラー映画。煎餅店の明舟あけふね屋や成城薬局(後年「くすりセイジョー」として全国展開)、キヌタ文庫(昭和30年代末から10年程ここで営業。その後、「成城六間通り」沿いの現在地に移転)は、庄司薫原作の『白鳥の歌なんか聞こえない』(72/岡田裕介主演)で見ることができます。
 「キヌタ文庫」のご主人・永島斐夫さんに伺えば、大阪万博(70年)の電気館で上映された映像作品『1日240時間』は、安部公房(旧制成城高等学校出身)の脚本、勅使河原宏監督の手により当店内で撮影。さらに同店階上にあった喫茶店スナック「ゼム」は、元P.C.L.俳優・嵯峨善兵が経営していた店(店名は名前の「善兵ぜんぺい」に由来する)だったといいます。東宝争議を引き起こした責任をとって退社し、今井正や山本薩夫と共に独立プロ・新星映画社を創った嵯峨ですが、こんな副業を持っていた(それも成城で)とはまったく知りませんでした。嵯峨については、後年、『華麗なる一族』(74)や『金環蝕』(75)などの山本薩夫監督作で演じた政治家役が印象に残ります。


左手のココカラファインがかつての成城薬局。この先にキヌタ文庫があった(筆者撮影)
スナック「ゼム」はキヌタ文庫の二階にあった(成城大学卒業アルバム1968より)

 「ガーベラ」は、由緒正しき家系のご夫婦が経営されていたブティック。特撮テレビドラマ『帰ってきたウルトラマン』(71〜72)では、ヒロインのアキ(榊原るみ)が当店で働いている設定で、訪ねてきた郷秀樹=ウルトラマン(「MG5」のCMで有名だった団次郎)の向かい側には「美容室ミナミ」の店先が見えます。南さんは当時レストランもやっていて(現在でも「サウスダコタ」を経営:成城商店街振興組合理事長)、筆者も学生時代にはよく食べさせていただきました。ここに店を作った折には、以前あった銭湯(上掲地図参照:近くのブリキ屋に下宿していた黒澤明と谷口千吉が通った)のタイルがそのまま残っていたと聞きます。店の二階に雀荘、奥には南荘というアパートもあり、ここにはなんと南君という同級生が住んでいました。

「レストランミナミ」は美容室の横で営業。二階は雀荘だった(成城大学卒業アルバムより)

現在も残る住野ビルの二階にあったLOTUSロータスも懐かしいレストランです。こちらは、曽野綾子のエッセイを元にした女性映画『誰のために愛するか』(71/出目昌伸監督)で、酒井和歌子が加山雄三と入る喫茶店としてロケに使用されています。

ドリフの映画で佐久間本店の主人に扮したのはスマイリー小原(撮影:神田亨)

 佐久間本店は、ちょっとドキドキする青春映画『颱風とざくろ』(67)で、星由里子と田村亮(成城大学在学中)の姉弟がいる葬儀屋(主人は宮口精二)として登場。『ザ・ドリフターズ 盗って盗って盗りまくれ』(68)では加藤茶が当店を訪れますが、出てきた主人を‶踊る指揮者コンダクター〟スマイリー小原が演じていて、ビックリしたものでした。
 人気洋菓子店・アルプスは、映画では確認できませんが、円谷プロ製作によるテレビドラマ「快獣ブースカ」(66〜67:日本テレビ)に何度か登場。見れば、今の店舗とは大違いの、のどかな店構えにこれまたビックリ! ブースカはラーメンだけでなく、甘いものも好きだったんですね。

旧店舗時代のアルプス。やはり二階に喫茶室があった(成城大学卒業アルバムより)

※『砧』830号(2022年6月発行)より転載(大幅加筆の上、画像を追加)

【筆者紹介】
高田雅彦(たかだ まさひこ) 日本映画研究家。学校法人成城学園の元職員で、成城の街と日本映画に関する著作を多数執筆。『成城映画散歩』(白桃書房)、『三船敏郎、この10本』(同)、『山の手「成城」の社会史』(共著/青弓社)、『「七人の侍」ロケ地の謎を探る』(アルファベータブックス)の他、近著に『今だから!植木等』(同)がある。

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