見出し画像

【記事和訳】イラクの「シーア派」民兵勢力に加わるスンナ派―序文

イラクの問題を「宗派対立」の枠組みで考えている方々に読んでほしい良記事。「宗派対立だけではない」と聞き飽きている方にも、その実態がディテールをもってリアルに把握できるので、非常におすすめ。
まとめ記事として、個人的に重要だと思ったので、スキマ時間に翻訳していきたい(全部終わるのに何ヶ月かかるだろ。。)
原文:The Sunnis of Iraq’s “Shia” Paramilitary Powerhouse (Inna Rudolf, The Century Foundation)

目次

(和訳は仮)
0. 序文 ←今回翻訳分
1. スンナ派のPMU支持者:プロパガンダに留まらない実態
2. スンナ派のPMU参加の根源
3. 互恵的な取り決め
4. アンバール県における勢力
5. 摩訶不思議な同盟
6. シーア派部隊のスンナ派隊員
7. PMUへの忠誠
8. 新しい同盟と賭け

序文

1月3日早朝、アメリカの無人機がレーザー誘導式ヘルファイア・ミサイルを炸裂させ、バグダッド空港から出てきたイランの将軍ガセム・ソレイマニを殺害した。世界中がこの露骨な暗殺による影響を恐れ、その翌週、正面戦争が回避されたことに安堵した。しかし、イラクにとって政治的混乱による苦難はまだ始まったばかりである。

この時、ソレイマニと共に9人が殺害された。その1人がジャマール・ジャファール・モハメド・アリ・アル・イブラヒム、近年イスラム国と戦うために数十の民兵組織が集まって結成された民衆動員部隊PMU/アル・ハシュド・アッ・シャアビ)副司令官である。アル・イブラヒム(通り名「アブ・マフディ・アル・ムハンディス」の方が良く知られている)は、2014年からPMUの重要な立場にあり、PMUの理念や戦略に大きな影響を与えた人物として広く知られる。彼はイラク国民全員に尊敬されていたわけではない。2019年にイラクを揺るがした街頭抗議デモの多くは、PMU関連組織の事務所を標的にして行われ、イランとの近さを非難した。しかし、ムハンディスは少なからぬイラク人の間で求心力がある人物である。ここ数年、イラクで宗派的な内戦(訳者注:対イスラム国戦のこと)の終息が求められる中、PMUは愛国主義的なビジョンを強く推進してきた。実際、PMUはシーア派民兵(ムハディンスが創設・基盤固めを支援したカタイブ・ヒズボラなど)が支配しているにも関わらず、欧米メディアが示すような、単なる「シーア派」組織ではない。逆に、PMUを構成する派閥の多くが、個々のスンナ派戦闘員やスンナ派が統括・支配する民兵を含む。このPMUの多様性は、ムハンディスのPMU支配戦略に部分的には起因する。PMUの基盤確立に向けた組織設計をリードする中で、ムハンディスは超宗派的な取り組みを長い間主張してきた。これは、ムハンディスが国民統合の真の擁護者だったということではない。むしろ彼は、スンナ派がPMUに少しでも参加することのメリットを理解している賢明な戦略家だった。風評面や政治力学における、特にスンナ派地域でのメリットである。しかし、本報告書で示す通り、スンナ派のPMU参加は(PMU側の都合だけでなく)住民側の事情を強く受けた、確固とした事象である。

ムハンディスの死を受け、サラハディン旅団司令官ヤザン・アル・ジャブーリやスンナ派イラク人聖職者ハレド・アル・ムラーなど、スンナ派の重要人物が情動的に哀悼の意を表明した。このような感情の発露は、アブ・マーディの属人的なカリスマ性を立証するし、何より、彼が(本音での理想によるものにせよ、冷徹な計算によるものにせよ)宗派を超えた、共同体指向の人民動員を推進したことを表している。

ムハンディスの暗殺を受けてイラクに待ち受ける危険を理解するには、まず、彼が指導にあたった政治的・軍事的一大勢力:PMUの複雑さを詳しく見る必要がある。今後、スンナ派や少数派の指導者が、PMUによる公的正統性の主張に対してどの立場をとるかにより、超宗派的な協働体制の存続が決まる。仮に宗派対立が再び深まれば、イラクは悲惨なことになるだろう。

本報告書では、スンナ派のPMU参加という問題を徹底的に検証している。特に95%以上がスンナ派であるアンバール県に焦点を当てた。ディヤラ県やニネベ県のような宗派混合地域と比較して、アンバール県のPMUは社会構造への露骨な介入を控えており、人口操作など攻撃的施策をあまり狙っていない。無論、本来無縁な地元・県レベルの勢力を惹きつけ、イラクの部族内の各分派を利用できるようになる点で、PMUはこの戦略で得をしている。しかし同時に、アンバール県のスンナ派グループにPMUへ参加する意思があることは、スンナ派の大半を「アイデンティティを紐帯とした一枚岩の勢力だ」とする画一的描写について疑問を投げかける。

本報告書では、取引における動機の重要性にも注意を払いつつ、短期的な共通利害がいかにして、部族・宗派アイデンティティを超えた忠誠心を、地域や個人レベルで創造・強化できるかを示している。アラビア語と英語での調査に加え、本報告書は政府機関やイラク軍の代表者、政治アナリスト、部族の長老、PMUのメンバーとの20回のインタビューから得られたデータに基づいている。これらのインタビューは、2018年と2019年にバグダッドとアンバール県で実施された。西洋中心的な視点は、部族や宗派のアイデンティティを原初的な分類として、よく誤って説明しているが、この調査結果では、部族や宗派のアイデンティティの流動性が決定的に示されている。

本報告書で議論されているトピックはデリケートな性質のため、インタビューを受けた一部の人々の名前は、彼らの要望に応じて伏せてある。情報源の匿名性をさらに保護するため、インタビューの日付を意図的に曖昧にしていることも多い。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?