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死が生を輝かすー「駅までの道を教えて」を観て

<昨秋の終わりに書いた映画評>

「死には新しいコスモロジーが必要です。死は事物が消失する場所であるブラックホールではないのです。もしあなたが健やかに生きたければ、死を身近に置いてください。希望は希望なき状態を含み、そして、死を悼むことは失われたものへの感謝を表すことの中にあるのです。死を悼むことを力として受け止めたらどうなるでしょうか?腐敗することや消え去るという形の希望なき状態でさえ聖なる事柄なのです。」
ーバヨ・アコモラフェ 

 
 伊集院静原作の映画「駅までの道を教えて」を観に行って来た。二千年以上前に今のアイルランド・イギリス・北フランスに暮らしていたケルト民族が祝っていたサウィン祭に起源を持つ現在のハロウィーンを目前にして、死者と生者の世界の関係がテーマの一つであるこの映画を鑑賞できたことはこの季節にふさわしい出来事だったのかもしれない。ケルトの人にとって11月1日は新年を迎える日であり、10月31日は死者と生者の世界の境界が薄くなり、死者が地上に戻って来る日と考えられていた。死者の精霊が作物などに問題を起こすと考えられていた一方で、厳しい自然のサイクルを生き抜くための拠り所である神託の力を強めてくれるとても大切な日でもあったようである。逆説的に感じられるかもしれないが、死者の存在やその現実を隠す力が強まった文明や社会では生の輝きや生命力が失われていく。

 
 さて、話はそれたが映画の感想である。これは書くまでもないが、まず誰もが気づくであろう見所は「天気の子」の新海誠監督の娘さんである主人公サヤカ役の新津ちせさんの圧倒的な瑞々しい演技である。他の俳優さんも素晴らしいのだけれど、この映画に限って言えば、彼女の演技ばかりに注目が集まることを他の演者さんも全く厭わないのではないかと思う。彼女の自然な演技を目にするためだけでもこの映画を観に行く価値はある。 

 
 次に印象に残ったのは、物語の舞台の美しさとゆったりとした時間の流れを綺麗に映像として映し出した製作者の細やかな意図とカメラワークの素晴らしさにあった。この映画にはストーリーを動かす役目を果たしていない言わば”無駄な”カット割が多いと思う。音楽で言えば、音と音の間の静寂にあたるシーンが多く使われている。ただ歩いているシーンであったり、ただ食事をしているシーンであったり。語られこともなく過ぎ去っていくありきたりの日常の美しさが映し出されていて、それを見ていた僕の呼吸は自然と深くなっていたと思う。妊娠期、出産前後にいかに赤ちゃんとお母さん、そして、家族がつながりを深めることが出来て、どのように絆に関するトラウマが生まれ、それをどうしたら癒すことが出来るかを学ぶ過程で、僕は静寂の中、時間の流れが緩やかな空間でこそ人と人は深くつながれることを体感的に知った。静寂や緩やかな時間が、その空間に立ち現れる音や動きを美しくする。死の存在が本当は生を輝かせるように。映画が映し出すゆるやかな時間の流れを観て心地よさを感じながら、これが失われたら日本の心や魂の部分は終わるだろうなと思った。そして、同時にこういう映画が存在しているのだからまだ大丈夫なのかもしれないという思いにもなった。 

 
 人間は愛情を感じないものを守ろうとはしない。気候変動の危機が迫り、具体的な方策は検討され実行されようとしている。しかし、心の変容がそれに伴わなければ、本当のムーブメントは起こらない。この映画で描かれているようなゆったりとした時間の中で起こる死者、生者、動物をまたぐ心と心のつながりの有り様に愛情を感じることが出来て、それを僕らが心から守りたいと思い動き出すことによってこそ、僕らと子供たちの未来への希望は繋がれる。純粋な心を持った犬や子供しかくぐり抜けられないようなゴミ山の下を通り抜けてたどり着ける魔法の空間に、どれだけの大人がたどり着けるだろうか。むしろ、どれだけの大人がゴミ片付けに取り組み、豊かな心と魂の世界への通り道を身近なものにすることが出来るだろうかと言った方がいいのかもしれない。 その魔法の空間が当たり前のように存在する社会を取り戻すために。

 
 最後に、この映画は子供の心の機微とそれに寄り添う大人たちの姿を映し出してくれていた。子供がいない僕が偉そうなことは言えないが、子供を信じて見守ることの大事さはもっと見直されてもいい。過保護ではない十分なサポートを感じられた時に、時間はかかるかもしれないがサヤカのようにきっと子供は色んなことを乗り越えていける。そして、その体験は血肉となり誰にも奪われることのない人生を生き抜く力となる。家族だけではなく、コミュニティーが子供を見守り、必要とあれば手を差し伸べ、子供が本当の力を自然と内包していけるような世界を皆でまた創りあげられたらと切に思う。

”たとえ親であっても、子どもの心の痛みさえ本当に分かち合うことはできないのではないか。ただひとつできることは、いつまでも見守ってあげるということだけだ。その限界を知ったとき、なぜかたまらなく子どもが愛おしくなってくる”
ー星野道夫 「旅をする木」より


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