見出し画像

芝の窪みに雨水が

 反響音を立てながら雫。水溜りは澄みながら生命を潤すように、地平まで鈍色の視界が続いていることを、私は肌身に感じます。

 桔梗色の雨傘を跳ねる音が爪先を追い越して、意識は雲に流れます。そこは絶えず変化する不定形の色彩で、無限の灰色が平衡感覚を狂わせます。落ちているのか浮かんでいるのか判断のつかないまま、ふわりと支えられた感覚だけが鮮明に残りました。

 ただ、それだけのこと。

 気候の変遷に比べたら、人の世など儚い瞬きのようなものでしょう。億年という単位で蓄積された歴史の中で、人類の歩みは刹那より短く終わろうとしています。手の届く範囲の生活を送る小さな実存に、加速する社会はさらなる速度を求めます。

 どこまでも速く、速く、速く。

 目を閉じれば寝てしまいそうな夢と現の境界に、私は何を期待しているのでしょうか。救いなのか、答えなのか。すべてが無に帰すのだとしたら、紡ぐ言葉に意味などないのかもしれません。永劫回帰の行き着く先に虚無を見たニーチェのように、生と死を等価値に並べたハイデガーのように、どこか空虚な理想論が実しやかに浸透していくのを感じます。

 時の加速に恐怖した少年時代を想起して、私は愉快な気分になりました。生まれた瞬間から死に向かう生命という現象に、どれほどの意味があるでしょう。否、与えられた意味など微塵の価値もありません。意志という自由が約束されているのなら、刹那に価値を置くことも叶うでしょう。

 然らば、舞台裏。

 観劇の出来栄えは本番前に決まるといいます。照明を浴びる前の今、今、今。ここに私を表現しようと思います。何が変わるか。何か変わるか。何も変わらないとしても、私は私を描きましょう。

 陰鬱を雨に溶かして、私は空を仰ぎます。



 散文にお付き合い頂き誠にありがとうございました。願わくは、絶え間ない雨音の奏でる旋律が優しく貴方を包みますように。



#雨の日をたのしく
#エッセイ #週末プロジェクト
#カッパ #河童 #かっぱ

ご支援いただいたものは全て人の幸せに還元いたします。