見出し画像

Cafe【Gifts】

【作品形式】朗読・声劇・1人読み・2人読み
【男性:女性:不問】1:0:1
【登場人物】
 ・マスター(男性)
 ・私(不問)
【文字数】2008字
【目安時間】約10分

※作品を使用するにあたって,こちらのページをご確認くださいませ。

プロローグ

都心部は人であふれ返っている

しかし

どれだけ多くの人がいたとしても
『私』という個人に関心を払ってくれる人は
ほぼ皆無だ

いつしか
心や笑顔を失い

何かに
感動すること
意欲を持つこと
喜ぶこと

そうした人間らしさも欠落していった

人間関係の希薄さ
損得で繋がる醜さ
人を信頼することの危うさ

そういった現実にも辟易し
とうとう,じっとしていられず
逃げるように家を飛び出した

そんな満月の夜
目的地もなく気の向くままに
無限とも思える時空間を旅する中でたどり着いたのが

Cafe【Gifts】だった

古民家をリノベーションした樹の趣がありつつ
絶妙な照明で強過ぎることも暗過ぎることもない店内

静かに,でも存在感をしっかりと主張して流れている
ストリングス系のフュージョン
店内の空間に流れている時間が
外界から切り取られているかのような雰囲気

普段の生活の中で何気なく抱いている
時間に縛られているような感覚
何かに追われる焦燥感

そうした息苦しさから
解放されたい……
そんな自分の必要を満たしてくれるCafeだった

「いらっしゃいませ」
入って右手側にカウンターがあり
ゆったりとした所作で穏やかな雰囲気をまといながら
優しく響く声であいさつがあった

「カウンターとテーブル,お好きな席におかけください」
やわらかな灯りの店内で奥のテーブル席に座った

荷物を置いてひと息つくと
ドリンクメニューを持ってマスターが近づいてきた
マスター「ご来店ありがとうございます。こちらがメニューになります」
私「ん……」
マスター「……何か飲みたいものは既にお決まりでしたか?」
私「いや……特には」
マスター「そうでしたか……どうか,ゆっくりしていってください」

無気力な私の反応に対して,特に何か返すこともなく,
マスターは静かにカウンターに戻っていった

渡されたメニューに目を移す
アルコールもあるが今日はそんな気分ではない
苦味のきいたコクのあるコーヒーを頼もうか……
注文しようと思い,顔を上げると
マスターはすぐに気付き,近づいてきた

マスター「お決まりでしょうか」
私「これを」
マスター「はい,当店オリジナルブレンドのコーヒーホットですね」
私「はい」
マスター「かしこまりました。少々お待ちください」

注文を終えて待つ間
マスターの様子をさり気なく見る

【マスター男性の場合】
齢は60前後くらい
短髪で鼻の下にある口ひげを含め
全体的に整った身なり

【マスター女性の場合】
齢は40前後くらい
ロングの長い髪を横にまとめており
全体的に整った身なり

コーヒーを淹れつつこちらの様子を
静かに気にしてくれている

穏やかな雰囲気と優しいまなざし
温かみがあるのに,はきはきとしていて
うるさく感じない話し方

……人をゆっくり観察したのは,いつぶりだろうか

コーヒーの香りが強く漂いはじめ
しばらくしてマスターが
濃い焦げ茶色のトレイに載せてコーヒーを運んできた

カップは深緑の焼き物
コーヒーそのものだけでなく
器にもこだわって楽しませてくれるのが嬉しい

テーブルの私の真正面にカップを置き
「当店オリジナルブレンドのコーヒー,ホットでございます。どうぞお楽しみください」
と言って微笑んで,会釈をしてからマスターはカウンターに戻っていった

マスターが離れてから,私は目を閉じて香りを少しの時間楽しむ
それから,ひと呼吸置いて,カップを手に持ち,口元へと運ぶ
一口飲んでみると,鼻腔に広がる,より強いコーヒーの香り
カップの口当たりもよく,心地よく飲むのに素晴らしい器
飲み手側のことを考えた,珠玉の一杯といったところだろうか

素敵な芸術作品に出会えた時に抱くような喜びに包まれて
一杯のコーヒーを楽しんでいると
「そちらのコーヒーに合うチョコレートがあるのですが,ご一緒にいかがでしょうか。よろしければサービスさせていただきますよ」
とマスターが声をかけてくれた。
私「えっ,良いんですか?」
マスター「えぇ……とてもコーヒーを気に入ってくれているようでしたので,是非いかがでしょうか」
私「是非お願いしたいです」
マスター「かしこまりました」

そう言うとマスターは
すぐにチョコレートの準備をして,持ってきてくれた

フランスのトリュフチョコレートらしく
香りと甘み,そしてミルクの濃厚さから
注文したオリジナルブレンドのコーヒーとの相性は抜群だった

私「いやぁ……これは本当に素晴らしい組み合わせですね...…」
マスター「喜んでもらえて嬉しいです」
微笑みながら,本当に嬉しそうにしながら,返事をくれた

コーヒーを飲み終わる頃には
私の思いや心を囲んでいたモヤモヤは
薄らいでいた

私「とても素敵な一杯でした」
マスター「嬉しい言葉をありがとうございます」
私「また来ますね」
マスター「はい。お待ちしております。ありがとうございました!お気を付けてお帰りください」
笑顔のマスターに見送られて,私はお店を出た

お店を後にして,夜空を見上げると
満月が優しい光をたたえて,私と道を照らしてくれていた
お店に入る前は空を見上げる余裕すらなかったのに……
あのお店の何が私を変えてくれたのだろうか
「また行こう...…」
と,夜道に声が溶けるくらいの大きさでボソッと呟き
満月の光を感じながら私は帰路についた

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?