第16話 教師は生徒を丸ごと理解できるほどエラくない
前回は、赴任して間もない頃の文化祭の一幕について記した。その翌年の文化祭では、高2の我がクラスはジュース・スタンドの模擬店を出した。当日はムシムシしていたから、想像以上に売れ行きを伸ばして、生徒の顔はほっこり。
最初はやる気がなかった生徒の面々も、お客さんがたくさん来てくれると率先して動いて、手伝ってくれた。
それでも、人付き合いが苦手な子はいる。準備段階でピリピリしたクラスメートに怒られ、助けを求める目でこちらを見つめる子。クラスTシャツを忘れ、みんなと“まとまれない”子…。
中でも、僕には気にかかる男子が一人いた。本当は明るくてやんちゃだけど、クラス内では口数も笑顔も少ない。口グセは、いつだって「せんせー、早く、クラス替えしてよ…」。当然ながら、クラス替えは翌年4月まではやって来ない。
彼は、文化祭を楽しめるんだろうか?
仲のよい友だちと離れて
2年の新クラスで、彼は同じ部活の仲よしたちと離れてしまった。僕が担任するクラスとなった彼は、春からすでにくさくさモードだった。
「終わった…。この1年間には、なーんにも期待してない」
休み時間も、クラスの男子とつるむのが気まずいのか、チャイムが鳴ると外に向かい、授業直前に戻ってくる。
1年次の担任の話では、「ガンコで、話が通じないところあるんだよなぁ」。僕は身がまえたけど、妙な先入観は持たないようにしようと思った。そして、彼とのコミュニケーションの機会を多くした。
最初はぶっきらぼうで、ときに声を荒げて反抗するシーンも多かった。けれど、夏休みを前にした頃までには落ち着くようになった。
聴けば、ばりばり働くお父さんを尊敬してるらしい。そして、「こづかい減らされるから、遅刻は減らす」とも。生意気盛りではあるけれど、何だかんだで良好な親子関係なのだろう。
こうした話を彼と気軽にできるようにもなった。一方で、関係ができると、今度は調子に乗るシーンが増えるのも、教育現場の常だ。授業中にマンガを読む、ホームルームをサボる、保護者への配布物を渡さない、などなど。
その度にきっぱり叱った。ここで下手に出たら、むしろチョロい大人だと見くびられるだけだから。
そんなこんなで、彼と僕は、生徒と教師の距離感を手さぐりしながら、1学期を終えた。ただ、彼がクラスの男子になじもうとしない点は、気にかかったままだった。
そして2学期。すぐに文化祭準備に入った。案の定、彼はクラスの準備に前向きに関わろうとしなかった。かといって積極的にサボるほどでもない。関心がないわけじゃないけど、関わり方がよくわからない、宙ぶらりん。
昨年の文化祭の「失敗」を思い返していた僕にとって、彼を文化祭の準備へ強引に関わらせるのは、気がひけた。教師として何らかの形で働きかけることをためらい、だいぶ弱気になっていたのは本当だ。
結局僕は、クラスの文化祭に対する彼の関わり方を見守ることしかできなかった。
生徒の意外な一面
「クラス」というまとまりになじめない生徒の多くは、放課後の部活という居場所を大事にしやすい。生徒みずから選びとった場所なだけに、わりかし居心地がいいのだろう。
僕が気になっていたその生徒もバスケに打ちこんでいて、日頃つるむ友だちの半分くらいはバスケ部。
文化祭プログラムを見てみると、バスケ部の特別試合のイベントがあった。引退した3年と現役の2年が、お客さんの前で真剣勝負するらしい。そんなイベントがあるとは、彼は一言も教えてくれなかった。
僕は、クラスへの彼の関わり方については「見守る」しかできなかっただけに、彼の部活での活躍くらいは見とどけておきたかった。
そして当日。自分のクラスが運営するジュース・スタンドを抜け出し、体育館に走った。すると、ウォーミングアップを終えた選手一同が、観客席に寄ってきて一礼するタイミングだった。
たまたま僕から近いところで一礼していた彼は、目のはしに僕を見つけた。ちょっとおどろいた様子で白い歯をにっと見せ、「来てくれたんだ」と一言。
ゲーム開始。スポーツといえば野球しかやってこなかった僕は、体育館の競技、それも身体がぶつかり、バスケット・シューズがキュッキュッと鳴る高校バスケの試合に圧倒された。体育館に広がる声の反響も、屋外スポーツとはちがった迫力がある。
機敏に動き、声をかけ、集中し、真剣そのもの。初めて見た彼の一面だった。
文化祭は、作り上げたものを披露する場であると同時に、生徒一人ひとりの居場所のお披露目会でもあるのかもしれない。
クラスだけが居場所じゃないしな、とは思いつつ、クラスで彼を生きいきさせられない自分の非力が、かえっていっそう虚しく感じられた。
「あんたは必要ないから遊んできていいよ」
「ねー、なんでいなくなったの? あのあと決めたシュート、絶妙だったし!」
文化祭最終日の片付けの時間、興奮気味に語るバスケ少年。僕は、試合の前半が終わる手前で、別の持ち場に向かわねばならなかった。彼は、そのことをとがめている。僕は、彼をふくむ何人かの生徒と、ジュース・スタンドの装飾用段ボールをはがしていた。
そしてその中には、クラスの男子ではない生徒が一人まじって、段ボールをはがしている。それは、バスケ少年の去年のクラスメートだった。
「あのさ、うれしいんだけど(笑)、なんでうちのクラスの片づけを手伝ってくれてんの?」と彼に聴くと、「うちのクラスで、“あんたは必要ないから遊んできていいよ”って言われた。行くとこないから、こっちに来た! ●●(バスケ少年)もいるし」とのこと。
うちのクラスの連中、バスケ少年、他クラスから来た彼。彼らの背中は、クラスの枠をこえて、十分に「なじんで」いた。高校生は、つねに大人の想像を超えてくる。
その後、バスケ少年と他クラスから来た彼を引き連れ、僕らはゴミ捨てに向かった。ふとマジメな顔になったバスケ少年は、こうたずねてきた。
「なんでせんせーになったの? もともとべつの業界にいたんでしょ? ヘンじゃん。わけわかんねー」
たしかに。
「うーん。学校にも、俺と同じくらい生きるのがヘタな人間がいるかもって思ってさ。今、俺の目の前にいるヤツらみたいな(笑)。ま、同類に出会えたら、すげーラッキーじゃん」
「いい人かよっ!」と彼は大声で言い、僕の背中をビシッとたたいた。どこがだよ!
*
その夜、生徒が帰って誰もいなくなった校舎に入り、自分のクラスに寄った。片づけは中途半端。売り物のジュースを冷やしておくクーラーボックスも、何個か置きっぱなし。ため息をつきながら整頓していると、そのクーラーボックスの2つに、名前が書かれているのに気づいた。
バスケ少年の名字だった。
文化祭委員に頼まれ、家から持ってきたのだろう。彼は、心配する僕の目に見えないところで、ちゃんとクラスの文化祭に協力していたのだった。
教師の目に見えていることなんて、ごく一部にすぎないのだ。ついさっき「いい人かよっ!」って言われてちょっとうれしがった自分を、誰もいない教室で、恥じた。
彼は、ぼくには全然似ていない。
結局、生徒に力を与えることもできず、ただもらってばかりの文化祭だった。今年も、また。
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