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いつか

男の子の恋は名前をつけて保存、女の子の恋は上書き保存。

というのを聞いたことがある。
初めてその言葉を聞いたとき、なるほどと少し思い、うーん、そうかしらと少し思った。

私は男の子と付き合ったことが一度しかなくて、その恋は今も継続している。

しかし私の恋人は、今までに何人かの女の子と付き合ったことがあり、私はときどき、そのことをぼんやり考えて過ごす夜もある。

だけど私も恋をしていなかったわけじゃない。

お付き合いする機会がなかっただけで、恋はたくさんした。とびきり幼いのも、柔らかいのも、痛くてつらいのも、楽しいのも。

まだ20年しか生きていないけど、だけどもう20年も生きているから、それなりには男の子を好きになり、彼らに恋焦がれた、その夜がある。

そしてその恋と彼らの存在は心の中に、ひとつひとつ名前をつけて密かにしまってある。誰にも見つからないよう、けれど壊さぬよう、そっと。

だから私の恋も名前をつけて保存かも、と思ってはみるけど、よくよく考えてみると、今好きな人のことがいちばん好きだし、いちばん素敵だと思うから、これはやはり上書き保存なのだろうか。

ときどき、もし私の恋人が前に好きだった人たちの中に、どうしても私が越えられない魅力を備えた女の子がいたら少しだけいやだな、と思う。でも今の彼を作った人の中には紛れもなくその子もいると思うから、そのことを考えると、ありがとう、と言いたくもなる。私は今の彼をとても好きだからだ。

そして私の一部もそれと同じように、私が自分の心をぼろぼろに砕いてまで想っていた人によって作られているのだな、と思う。たとえ望んでいなくとも。

だからどうというわけではないけど、ときどきそう思う。

今は違うのだけど、ほんの3年くらい前の私にとっては、恋とは痛みを伴うものだった。常に苦しく辛い痛みが伴っていて、だから胸が痛むことが恋であり、痛まないならそれは恋ではないと、心の底からそう思っていた時期があった。

そのせいでたくさん間違えたこともある。わざと傷つきに行ったり、そのせいで誰かを傷つけたりして、毎日頭がくらくらするほどだった。

恋をするたび、私は一生懸命に、好きな人の行動や言葉、視線によって、裂けたり刺されたり、砕けたりした心の傷を塞ごうと努力した。

そして時間が経って、その傷はもうある程度癒えたはずなのに、ときどき何かのはずみに傷跡がちくちく痛み、怪我していた場所からまたじんわりと血が滲んでしまったりすることがある。もう済んだことなのに、傷つかなくてもよいことなのに、わざわざ思い出して自分を痛めつけてしまうことがある。

そして彼もそうなのかな、と思う。彼も以前傷ついたこと、思い返して胸が痛んだりする夜があるのだろうか。

いやでも、彼は済んだことには執着しない人かもしれないな。どうなのだろう。それについてはあまり語り合ったことがないから分からない。

でも私はときどき、今まで好きになってきた男の子のことを思い返す。思い出してその頃に戻りたいとか、そんなことは思わない。本当に純粋な気持ちで、ただそんなこともあったなと、古い写真を見るように思い返す。

例えばある音楽を聴いたときとか、場所へ行ったとき、映画を見たとき、ある季節になったときなんかに。そういうささやかなことは、特定の記憶を呼び起こす力を秘めている。

そして3年前のこの時期、私は今の恋人ともう出会っており、そこから色々あったけれど、変わらず毎年そのことを思い出す。

私たちの始まりは、私のせいで決して綺麗なだけのものではなかった。だからもしかすると、そのときの出来事や私の放った言葉は、彼の心の奥底でとてつもない寂しさや苦しさとして残っているかもしれない。仮に褪せたとしても、ずっと消えないものとして、心の1番柔らかいところに尖ったまま埋まっているかもしれない。

だから私は毎年、高校2年生のこの季節を思い出す。そのことによって自分の心に痛みを与える。そして彼がどれほどの優しさと愛を持って私を受け入れてくれたのかを思い知るのだ。

今私は、恋が痛むことではなく、私の心を満たし、優しく深い安らぎを与えるものだと知っている。いや、もしかするとこれはもう恋ではないかもしれないのだけど、でもそう思っている。

そしてただ、この恋が続くことを祈る。祈りながら、日々を繰り返し重ねていく。今まで思いを寄せた男の子たちとは叶わなかったことが多くあるけど、でも私は彼らの代わりに恋人といるのではない。彼もきっとそうだと思う。

それぞれはあくまで、名前を付けて保存。大切にとってある。でも終わってしまった恋と、今ここにある恋では、そもそもフォルダの保存場所が違うのだ。

だから私が好きになってきた男の子を思い返すように、彼も恋焦がれた女の子を思い出すことがあってもいいよね、と思う。誰を好きになったことも後悔なんてしていない。彼もきっとそれは同じだから、私のことも許してくれる。

いつか私たちがふたりで蒔いた種が花を咲かせ、実を結んだら、また話してみよう。そういう風に思っていたよと伝えてみたい。彼はなんというだろう、私はなんと返すだろうか。

いつかもう少しだけ大人になれたら、でいい。
今はまだこどもだから、無理に話さなくてもいい。





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