見出し画像

カッターシャツの彼2

少し前に、私は「カッターシャツの彼」というタイトルをつけて、いつもスーツ姿で登校している大学の同級生についてnoteを書いた。

以前書いたnoteのリンクを貼り付けておいたので(この機能に密かに憧れていたので初めて使ってみた)、もしよろしければ、暇つぶしのような軽い気持ちで読んでください。

そしてまさか再び彼のことを書く気になり、実際に書くとは夢にも思わなかったのだけど、ここから本題に入ってゆこうと思う。

そう、私は最近、カッターシャツの彼と初めて会話をしたのだ。1週間の最後、金曜日の5コマ目にある授業の後だった。外は日が暮れて暗くなり、すっかり冷え込んでいた。

彼のことを書いてからまだひと月も経っていないのにあっさり話す機会がやってきてしまったので、なんともすごいことだなと思う。けれど日常でなにかぼんやり感じていることを少し意識するだけで、ひょいっとその次のステップやチャンスが巡ってくることはよくある。そのことを私は昔から体感として知っていたので、まるで誕生日に贈り物をもらうように自然に、その機会を受け取ることができた。

金曜5コマのその授業では小説を読み(小説は小野不由美さんの『東亰異聞』。オススメです)、それに関連する明治の文化や風俗を何かひとつ取り上げ、グループで調べて発表するということを行っている。

私のグループは全部で5人いるのだけれど、1人が3回生の先輩、残り4人は2回生で、その2回生のうちの1人が男の子というメンバーだ(同回生の女の子ふたりとは面識があったので、私にとっては非常に溶け込みやすいグループだった)。

「あっ!その男の子がカッターシャツの彼なんだな!」と思われるかもしれないけれど、現実はそこまで上手くはできていない。むしろそんなに簡単だったらつまらないとさえ思う。これがもし恋なら残念に違いないけれど、あいにくそうではないのだ。

だから話す機会がなければくるまでじっと待つこともできるし、積極的に行くとしたらどこをどう経由して、いつ直接働きかけて彼に辿りつくかということを、結構楽しんでいる自分がいるのだ。

そこで、今回私と同じグループの男の子が鍵を握ってくる。彼はカッターシャツの彼や、これまた以前話したエレベーター友達の男の子と仲のよい人物なのである。その男の子は眼鏡をかけているので、安易ではあるけれど、ここでは眼鏡の彼と名付けることにする。

実はそのなかよし(?)グループは4人で構成されていて、もう1人、茶髪マッシュボブヘアの彼もいるのだけど(キノコ頭の彼とも言えるけど、マッシュボブの方がおしゃれなのでそちらを採用しておく)、彼とはあいにくまだあまり接点がないので、一旦保留しておく。

その眼鏡の彼と次第に打ち解けてきたので、授業終わり、同じグループで以前から仲の良い、手芸が得意で小柄な女の子の友人と(彼女についてもいつか書きたい)、眼鏡の男の子と3人でわちゃわちゃしながら教室を出て階段を下りた。そしたら同じ授業を取っていて、すでに教室を出ていたカッターシャツの彼とマッシュボブの彼が、建物の外で眼鏡の彼を待っていたのだ。

マッシュボブの彼は他のふたりにバイバイを言うとすぐに学生食堂へ向かって去って行った。けれど残された私たち4人はみんなまっすぐ家に帰る人々だったので、互いに「おつかれさまです」と言い合い、そのまま流れで横並びになって歩くことになった。

男の子は男の子同士、女の子は女の子同士で会話しながら歩いていたのだけど、眼鏡の彼がさっきの授業のことについて話したらしく、カッターシャツの彼が私の苗字を口にして「●●さんが…」などと話しているのが聞こえたので、私は思い切って声をかけてみることにした。

「〇〇くん(カッターシャツの彼の苗字)だよね?」

私は彼に尋ねた。名前なんて分かり切っていることではあったけど、面と向かって自己紹介などは何もしていない状態だったので、名前を確認してから話す方がいいかなと思ったのだ。

「あっ、そうです、〇〇です」

彼はこちらを見ながら物腰低くお辞儀をして、敬語で話した。マスクで口元は見えなかったけれど、彼の目はきゅっと細くなり、そこに紳士的な笑みをたたえていた。その日の彼ももちろん、いつものごとく服装はばっちりスーツで決めていたけれど、かなり気温が低かったので、スーツの上から暖かそうなダウンコートを着ていた。

「そういえば●●さん、こないだの授業のレジュメめっちゃよかったよ」

挨拶をしてから一息置くと、彼は急に敬語をやめ、同級生らしい口調で私にそう話しかけてきた。不意打ちだったのでかなり驚き、「えっ?あっ、ああ!本当?」と、なんともとぼけた言葉が口から出てきてしまった。

「こないだの授業」と言うのは、小説を読み、自分でその小説を分析したレジュメを書いてみんなに批評してもらうという、非常に心折れそうな別の授業のことで、彼と私は発表担当が同じ日だったのだった。ちなみに私たちの担当だった小説は、小川洋子さんの『ミーナの行進』で、与えられたお題は「火、もしくはマッチ」だった。彼はそのときのレジュメのことを言っているらしかった。

「いや本当。良かったよ、すごく。僕が火について2000字くらいかけてやったことを●●さんは2~3行で終わらせていた」

大真面目にそう話す彼の物言いは柔らかく、その口調が砕けたことによって親しみやすさを覚えた。まるで前から友人だったかのように褒めてくれたので、私は内心舞い上がってしまいそうだった。

「いやいや、〇〇くんのレジュメ、すごく丁寧でよかったよ」

「いやいや、もうね僕のはひとつのことがめちゃくちゃ長かったから」

「いやいや、そんなことはないよ!」

一緒にいた他の2人も同じ授業をとっていたので、そのときの私たちの会話の内容はその場にいた全員が理解していた。誰も置いてけぼりになっていなかったし、歩きながらの会話はテンポもよく、雰囲気は和やかだった。

こういうのは大学に入ってからあまりない経験だったので、私はなんだか満ち足りた気持ちで歩いていた。ただ会話しているだけなのに楽しくて仕方なかった。去年の今頃の時期の私からは想像できないことだったからだ。

新型コロナウイルスの影響で、私たちは去年、友人を作るのが非常に困難だった。だから新しい友人と肩を並べて歩いているのが不思議で、嬉しくて、なんだかお腹がくすぐったかった。

話しながら大学の門まで歩き、赤に変わる直前の信号をみんなであわてて渡って、「じゃあ、また」と言いながらそれぞれの帰路についた。

カッターシャツの彼に「どうしてカッターシャツを着てるの?」などと聞く暇はなかった。すべてがあまりに自然な流れだったので、余計なことを指し込む余地がなかったのだ。聞くとしても今度でよいなと思ったし、それにもう私はその理由を知っている。

また話せたらいいなと思う。というか、話そうと思う。カッターシャツの彼とも、その他の人とも、男の子も女の子も、同級生も、先輩も、後輩も、いろんな人と話そうと思う。せっかく大学に来たのだから、たくさんの人と知り合いになりたい。ゆるりと時間をかけて友人になっていきたい。

そんなことを思いながら夜の空を見上げると、星がきらきら光って綺麗だった。さっき思いがけずもらったカッターシャツの彼との会話を、見えない誰かに感謝した。身体は寒いけど心はほかほかと温かい、よい夜だった。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?