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ある文学少年が徒然と思ったこと2

今の僕は一応学校に籍が残っている。そして学校は家の近くにあった。だから、そっちの方に足を向けないことに注意しながら、僕は家の周りをぐるっと歩いていた。

公園でココアを飲みながら目の前ではしゃぎ回る子供達をぼんやりと眺めてていた。

「あれ?葉さん?」

背後から声が聞こえたので振り向くと、Tシャツに短パン姿の奈美恵が、びっくりしたという風に口に手を当てていた。

「・・・奈美恵ちゃん?どうしてここに?」

白い小型犬を連れている。

「私は犬の散歩を。大体いつもこの公園を通るコースで散歩しているんですが、初めて会いますね。葉さんはこの公園来るの珍しいんですか?」

奈美恵ちゃんは驚きながらも笑みを浮かべていた。

「確かにこの時間帯に来るのは珍しいかもしれない」

僕は自分用ともう一つ奈美恵ちゃんに自販機でポカリを買った。

「ありがとうございます」

何だか自然に隣同士に座っている。不思議な気分だ。こんな風に他人と距離を縮められたことなんて一度も無いのに。二人で時折体を撫でてゆく風を感じながらポカリスエットを飲んでいた。

「買った本は読んだ?」

「ええ。まだ2冊ほど残ってますが」

まあまあのペースというところだろうか。見ると犬が僕の方に撫でてもらいたそうにしている。僕は頭を撫でた。犬は嬉しそうにしている。

「ふふっ。この子あまり人に懐かないのですが、葉さんが優しい人なのを動物的直感で見抜いたのかもしれないですね」

「僕はそんなに優しくはないと思うけど・・・」

「そんなことありませんよ。私の本選びに付き合ってくれました」

あれはじいちゃんに頼まれたからだ。別に慈善で行ったわけじゃない、と思ったけど口には出さなかった。本当に邪気のない笑みだった。本当に何でこんな子が不登校にならないといけないんだろうなと残念だった。

「葉さんってどこに住んでるんですか?」

「ここから西の方に10分くらいかな」

「ふうん。私の家とそんなに離れていないですね」

「奈美恵ちゃんは家族と暮らしているの?」

「まあ、そうです。でもお父さんとお母さんはほとんど帰ってこなくて、ほぼ私とおじいちゃんだけですけどね」

それからもしばらくポカリを飲みながら僕らは話していた。非常に珍しい時間だった。じいちゃん以外とこんなに長い間一緒にいるなんて。最後の方は僕は沈黙して、奈美恵ちゃんが主に話しているのを聞いていた。

「ねえ、葉さん。またおじいちゃん達と一緒に4人でどこか出かけましょうよ」

「それもいいかもね」

グイッとポカリを飲んだ。空になっていた。

「私たちが仲良くやっていたらおじいちゃん達も喜ぶし。ね?」

「分かった。また本屋でもいこう」

「本屋もいいけど、私、別の場所も行ってみたいな」

「そうだなあ。涼しくなったら紅葉でも見に行こうか」

「いいですね。約束ですよ?」

「うん」


家に帰ってきて、ベッドに寝転がる。予想以上に暑さにやられていたらしい。二人で話している時は気づかなかった。今の時間は丁度お昼くらいだった。だけど、何も食べる気がしないので、料理は作らなかった。

何をするでもなく、ゴロゴロとソファで横になっていた。そういえば、奈美恵ちゃんと約束したんだったか。また本屋ねえ。何だか全てがどうでもいいように思えた。毎日本を読んでいることも、走ってることも、奈美恵ちゃんとまた会おうと約束したことも、将来の不安も。

最近の僕はよく夢を見る。その半分以上が悪夢だった。寝心地が関係しているのかもしれない。これ以上続くようだったら、寝具の取り替えも考えないといけないかもしれなかった。ともかく、朝は夢から逃げてきたみたいな感じで調子がよくないことが多い。白湯を飲んでからココアを飲む。冷房で冷えた体が熱を取り戻すのを感じつつ、ぼうっとソファに座っていた。そういえば昨日は奈美恵ちゃんに会ってまたどこか行こうって約束したんだっけか。それを聞いたらじいちゃんも喜ぶかもしれない。迷ったあげく、奈美恵ちゃんにまたどこか行こうって誘われたよとメールしておいた。

学校に行かなくなっても、出来るだけ整った生活を心がけようと自主休校した日に誓った。自分に学校なんてものが必要無いのだと証明するためと規則正しい生活こそが心に安寧をもたらすものだと何となく思っていたからだった。朝起きて白湯を飲んで、朝食を摂る。そして散歩かジョギングに出て、帰ってからシャワーを浴びて、読書に入る。後は夕方にもう一回散歩に出るまで、ひたすら本を読むのが日々のルーティンだった。僕は恵まれていると思う。じいちゃんがいて、本が読める。これだけで、この悩み多き、地球上では結構幸せな部類ではないだろうかと思う。今日もお昼になるまで、本を読んでいた。今日は仏教の本を数冊読んでいた。賢治が日蓮を信仰していたと知ってから仏教について興味を持っていた。勿論彼ほど激しく信仰の道を行っていたわけではないけれど。悟りというものに興味を抱いた。生きるのが苦であるという思想に共感した。しかし釈迦のように瞑想によって深い精神状態に入るのは僕には向いていないかもしれない。一度試してみたことがあるが、上手くいかなかった。まだ散歩しながらの瞑想の方が自分には合っていそうだ。仏のようになれたら欲も苦しみもなくなって、楽しく生きていけるのだろうか。だとしたら、人生に少しは救いがあると思えるのだが。今のままの生活で僕は悟りまでいけるんだろうか?まあ、僕なんかには無理か。あと何回か生まれ変わったらいけるかもしれないなと何となく思っていた。

午後からはココアをすすりながら、読書をしつつ、ワードソフトを開いて、ポチポチと詩のようなものを書いていた。読書以外にささやかながらの創作活動。別に詩を出版したいと思っているわけではなかったが、文学を主に毎日読んでいる身としては何となく自分でも書いてみようという思いにかられるのだった。賢治が中学生の時に短歌創作に熱中していたのでその頃と同年代の僕も何か作ってみようと思ったのだった。とにかく、詩をひねっている時は心が楽だった。僕には瞑想よりこちらの方が合っているのかもしれない。

そうだ、奈美恵ちゃんに見てもらったらどうだろう。彼女ならすごいと言って褒めてくれるかもしれない。ともかくも、文学に仏教に時に音楽を聴きながら僕の日々は過ぎてゆく。他の17歳の少年少女達といくらか異なるにせよ色々と悩みながらも日々は過ぎてゆく。奈美恵ちゃんに会いたいと思った。彼女ならこの気持ち分かり合えるかもしれないと思った。

今日も僕は公園内を歩いていた。セミがやかましい。真夏日に外出なんて出来ればしたくないのだが、家に籠もっていると、自分でも抑え切れないものが心を覆い尽くしそうだったから、こうして夏の熱気を感じながら公園へと歩いていた。ベンチに座って、水を飲む。スマホでkindleを読みながら、暑いなあと思いつつ、奈美恵ちゃんかの返信を待っていた。また犬の散歩の時にでも会わないかと送ったのだが、未だ返信は来ていない。見ていないのだろうか。そういえば、この間買った本は全部読んだかな?二木のじいさんと共に四人で会ったのも今となっては良い思い出だ。じいちゃんにメールしてみた。また4人でもいいから会いたいと。自分では人嫌いだと思っていた。だが、どうやら今の僕にはまだ人が必要らしい。

奈美恵ちゃんからメールが返ってきた。最近母親が犬の散歩をしているらしい。今公園に来ているから会わないかと送ってみると、すぐに行くと返事があった。こんな暑い中公園で話すのも申し訳ない。奈美恵ちゃんが来たらどこか涼しいところへ移動しよう。

「葉さん。久しぶりですね」

「まだそんなに経ってないよ」

「そうでしたか」

あははと笑う奈美恵ちゃん。相変わらず色が白い。

「どこか喫茶店でも行こうか。ここ暑いし」

「分かりました。でもこの近くにありましたっけ?」

「僕の家の方向に一軒あるから、そこへ行こう」

そして僕らは連れだって暑い中涼しい喫茶店へと向かった。


「いらっしゃいませ」

家の斜め向かいくらいにある近所の喫茶店で僕らはアイスティーを注文した。店内はとても涼しい。炎天下の外とは雲泥の過ごしやすさだ。

「この時間帯に外出している人って相当珍しいですよね」

「そうだね」

僕は手で汗を拭いながら、何か食べ物も注文しようかと考えていた。

「ねえ、葉さん。ちょっと私の話聞いてもらえますか?」

「うん?どうしたの?」

奈美恵ちゃんは真剣な顔でこっちを見ていた。

「私、家を出たいんです」

と唐突に奈美恵ちゃんは切り出した。僕が初めて一人暮らしを始めたのは高校に入るのと同時だった。丁度今の奈美恵ちゃんと同じ年くらい。

「私どうしても独りになりたくって。今の私にとってそれがとても大切なものだと思うんです」

「孤独になることが?」

「なんていうか、家族の団らんっていうのが私にはどうしても耐えられないんですね。葉さんなら分かるでしょう?」

「まあ分かるよ」

「それで、おじいちゃんから葉さんは一人暮らし何だって。その、お父さん達とはあまり仲が良くないんですよね?そう聞きましたが・・・」

「まあその通りだよ。でも僕はじいちゃんが家賃とか払ってくれてるからね。後は、簡単な文章を書くアルバイトみたいなものだけで生活してるし、奈美恵ちゃんはご両親からの仕送りとかはもらえそうなの?」

奈美恵ちゃんは首を振った。

「両親からは無理だと思います。そもそも一人暮らしに反対すると思いますし」

「ふうむ。でも二木さんには相談したんだよね?ご老人はなんて?」

「奈美恵がそうしたいならそうしたらいいって。ワシに出来ることは何でもするって。おじいちゃん、葉さんのおじいさんと一緒で昔、経営者だったから、結構お金持ってるんです。だから、私の一人暮らしの仕送りくらい全然大丈夫だから安心しろって言ってくれたんです。だから、金銭的な問題はクリアされているんですが」

「他に何か問題が?」

「私が家を離れるとおじいちゃんを一人で残してしまうことになるので。両親とは上手くいってないけど、私おじいちゃんのことは本当に好きなんです。だから自分だけ逃げ出してしまっていいのかなって」

成る程、そういう悩みか。

「別にいいんじゃないかな。二木老人も伊達に年取って無いと思うよ。奈美恵ちゃんが望んでいる方向に行くのが一番いいんじゃないかな?」

「そう、ですかね?」

「うん。僕もじいちゃんのことは好きだけど、お互い一人暮らししていて、特に問題はないし」

「そっか。そうですね。私やっぱり家を出ることにします。」

その後、お互いの好きな本について喋ったりして、僕らは解散した。しかし、奈美恵ちゃんも両親と上手くいってないんだな。ますます、僕と似ている。性格や嗜好だけでなく境遇まで似ているとは。願わくば彼女が幸せな日々を送れますようにと祈った。

今日も僕はポチポチと詩を書いていた。詩を書くのが面白くなってきた。そして少しは上達も感じられる。無論賢治や中原中也なんかには比べるべくもないが。だけどこの分で行くと、近いうちに何らかの賞が取れるかもしれないと思った。この間は見てもらうのを忘れていたので、奈美恵ちゃんにメールで送ってみた。僕は返信が来るのを待っていた。

夕飯用に鶏肉のシチューを作っていると、返信があった。

「葉さんの詩拝見しました。とってもお上手ですね。葉さんの世界が私を楽しませてくれました。私も葉さんに触発されて、何か書いてみようかなと思いました。また書いたら見せてください」

良かった。やはり褒めてくれた。僕は温かな気持ちになれた。

最近僕は眠る前にどういう夢を見ようかと考えてから眠っていた。その夢とはここから離れてどこか遠くにいる夢。長野県だったり東北の方だったり、北欧の国だったり。どこか遠くで旅をしている夢。実際に旅に出るのが難しいからこうして夢の間だけでも旅を堪能している。遠くへ行きたいなあ。

夢の中でひたすら海岸沿いを歩いている夢を見た。時々空の星を眺めながら。

僕にしか出来ないことってなんだろう?と唐突に思った。人間は誰しも使命を持って生まれてくるとか、どこかで聞いたことがある。だとしたら僕の使命は何だろう?やっぱり詩とか何か作品を作ることだろうか?それとももっと別の何か?今はまだ分からなかった。








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