見出し画像

陰の青春5

その週の土曜日、僕は朝から電車に乗って、病院へと向かった。さて、あいつはどうしてるかな?
「こんにちわ」
「あ、陽」
何だか凛花はしょげているようだった。
「どうかしたのか?」
「別に。何だか生きるのに疲れちゃって」
「病院で何かあったの?」
「伯父さんと伯母さんが喧嘩してたの。どっちがあの子の面倒を見るのかって」
「へえ」
以前は凛花のことを脳天気で明るい女の子だと思っていたのに、予想以上に彼女の人生も色々あるらしい。
「私なんかいなくなっちゃってもいいのかなって思ってさ」
「でも、僕は凛花にいなくなって欲しくないよ」
「どうして?」
「大切な友達だから」
らしくない台詞だなと自分で思った。
「ふうん」
凛花はこちらを見て、僕を見つめていた。
「まだ退院は決まらないの?」
「さあ。後一月か二月かってところじゃないかしら」
「また学校においでよ。二人で保健室でのんびり過ごそう」
「そうだね」
今日初めて凛花は少し笑顔を見せた。

家に帰って、風呂に入って、ベッドで寝転がりながら、凛花の事を考えた。僕は彼女に何をしてやれるんだろうか。あんな悲しそうな顔は出来れば見たくない。僕に何が出来るんだろう。

ガラッと扉を開けて、今日も保健室へ入る。先生はいなかった。僕はエアコンを起動させて、椅子に座る。季節はそろそろ寒くなる頃に差し掛かっていた。来年はいよいよ受験生になる頃だ。一応受験用の勉強もそろそろ開始していた。まだ高校を卒業出来るかは和歌ならないが。今日も日本史の問題集をやっていると、先生が荷物を持ってやってきた。
「おはよう」
「ええ」
ドサッとプリントを机に置いて、ため息をついていた。
「全く、教師という仕事も大変だよ。部活の顧問で休日は潰れるしな。今日もテストの採点をしないとけいないし。そうだ、陽。手伝ってくれよ」
「そういうわけにもいかないでしょう」
「かたいな。バレなきゃいいだろうが」
「僕は忙しいので」
「なあにが忙しいだよ。お前の学力なら、そんなに勉強は要らないだろう?」
「先生、凛花の事なんですけど」
「ん?あいつがどうかしたか?」
「いや。ちょっと昨日見舞いに行った時元気がなかったから」
「ふうん。そうか」
先生はタバコを吸ってふうっと吐いた。
「予定では後一ヶ月程で退院できるらしい。元々そんなに重い症状でもないしな。退院したら私とお前で盛大に祝ってやるか。そうだ、何かプレゼントでも買ってやれよ。あいつ、喜ぶぞ」
「ふうむ」
「あいつも大学行けるか分からないしな。家庭の事情があるから。一緒にいれる間に精々してやれることをしてやれ」
「分かりました。何か考えておきます」

帰宅すると留守電が入っていた。誰からだろう?再生してみる。
「陽ちゃん。元気にしてる?今度日本に帰るからね。会えるの楽しみにしてます。それじゃあ」
母さんからだった。今はイギリスの大学にいるんだったか。帰ってくるのは別にいいのだが、一人暮らしが気に入っていたので、若干家が狭くなるような気がして、ちょっと面倒だなと思った。そういや、先生が面談したいとか言ってたか。それなら丁度良いな。

夕飯を作って、食べて、洗い物を済ませた。保健室でもベッドに寝転がりながら、小説を読み耽っていた訳だが、帰って家で読むのも心地良い時間だった。思えば、僕はどこでも本を読んでいる。公園でも読むし、図書館でも読む。この読書で得た知識が何かに役立てられるといいのだが。
読み終えた本を本棚に仕舞って、明日持って行く本を選ぶ。川端もトルストイも読み終えてしまった。次は空海でも読むか。僕は十住心論を取り出して、鞄に仕舞い込んだ。その後、英語のリスニングを聞いたり、ニュースを見たりしていると、気がつくと眠ってしまっていた。

「先生今度家の親帰ってくるみたいですよ」
「ほう。じゃあ今度電話で相談してみるよ」
相も変わらず保健室。養護の先生にそう報告すると、先生は朗報だと喜んでいた。
「先生、僕って卒業できるんですかね?」
「一応、テストはちゃんと受けてるからな。
お前の場合成績だけみると優等生だし、落第させるわけにもいかないだろう」
「そういや、凛花は?結構学校休んでますよね?」
「ああ、あいつなあ。まあ、今のところまだ大丈夫だとは思うが・・・」
「まだ退院できないんですか?」
「もうそんなには掛からないだろう。今度お見舞いに行った時に聞いてやれ」
凛花が留年なんて事になったら、僕も気にするだろうなと思った。ともかく、僕は久しぶりに放課後また病院へと向かった。
病院は相変わらず静かだった。まるで誰一人入院してないみたいだ。受付で手続きを済ませて、病室へと向かった。コンコンとノックをすると、いつもの凛花の声に迎えられた。
「遅ーい。前に来てから、もう2週間も経つよ!」
たった2週間じゃないかと思ったが、僕は凛花の機嫌をとっておくことにした。
「まあまあ、頼まれてた本持ってきたからさ」
「ん?ああ、雪国ね。持ってきてくれたんだ」
「この病院にも図書室があるんだろ?そこじゃ間に合わないのかい?」
「まあね。狭いし、大体読んでるのしか置いてないの」
パラパラッと本を捲りながら、凛花は眠そうにしていた。
「眠れてないの?」
「ここ何日かね。眠剤も処方してもらってるんだけど、今一効かなくて」
「ふうん。ところで退院まで後どれくらいなの?」
「後2週間くらいって聞いてる。やっとシャバに戻れるよ」
「そうだね。ここ外出も出来ないものね」
病院に閉じ込められたままの日々は退屈だったろうと思う。
「退院したら、お祝いしようって先生が言ってたよ」
「ほんと?嬉しいな」
「どっか行きたい店とかあったら言ってくれよ。先生に伝えとく」
「じゃあ、あのパスタのお店。あそこに行ってみたいな」
「分かった」
それから冷蔵庫に仕舞ってある果物を剥いたり、食べながら学校の話をしたりしていると、帰る時間になった。
「また来るよ」
「うん。ばいばい」
2週間後、凛花が戻ってきたら、保健室も多少賑やかになるなと思った。もう2度と凛花が入院しなくて済むように祈っていた。
それからしばらくして、母さんが帰ってきた。
僕は空港まで迎えに行った。
「陽。久しぶりね」
「うん」
久しぶりの母さんは変わってなかった。僕を抱きしめて再会を喜ぶと、さっさとタクシー乗り場に向かった。
「何か少し変わった?表情が明るくなった気がするわ」
「そうかな」
「何かあった?」
「さあ。特に何もないと思うけど」
「ふうん」

小説を読んで将来に投資したいと思っていただけたら、是非サポートをお願いしたいです。小説や詩を書くことで世界に還元して行けたらと思います。