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救われる者4
ホテルへ
そんなこんなで無事にホテルにチェックインして僕らは部屋の広さに少し驚いていた。窓からは海が見えた。景色もいいしこのホテル当たりだったな。
「さ、夕飯の前に温泉に行かなくちゃね」
「風呂でこの宿選んだようなもんだからな。期待してるぜ」
「お風呂好きだから結構長湯になるかもしれないけど先に部屋に戻っててよ」と百花に言った。
「あなた達は二人だからいいわよね。私は女一人だから寂しく入ってくることにするわ」
着替えだけ持って温泉へと向かう。ロビーの売店では色んな物が売っていた。後で母さんの土産用に見に来てもいいかもしれないな。
「じゃあね」
「ああ」
入ってみると湯船にはあまり人が入ってなかった。やっぱり皆露天風呂の方に行くらしい。
「外に行こうぜ」
「うん」
この展望露天風呂からは湾が見えるらしい。まだ夕方だけど夜景が綺麗だと聞く。夜にまた入りに来てもいいかもしれないな。ドアを開けて露天風呂に出るとやはりそこそこ宿泊客が浸かっていた。風呂に浸かりながら下の世界が一望出来る風景に目を奪われていた。
「いい眺めだね」
「ああ。ここにして良かったな」
蒼は濡らした金髪をオールバックにして気持ち良さそうに目を閉じていた。本当に不思議な気分だった。今日まで顔も知らなかった友達とこうして遠くに来て一緒に風呂に入っている。人生何が起きるか分からないものだな。
「あら、二人とも」
時間を掛けて浸かって、僕らが出てくると百花は手前のゆったりしたソファに座って、自販機で買った紅茶を優雅に飲んでいた。湯上がりの百花は肌が紅く染まっていて何だか色っぽかった。
「女湯はどうだったよ?」
「展望風呂の景色が最高だったわ。明日また入りましょう」
「そうだね。ところで夕飯は何が出るんだろう?」
「何でもいいから早く食いたいぜ」
「ご飯を食べた後はどうしましょうか?」
「部屋でゆっくりしてたらいいんじゃねえか?今日はもう疲れたしよ」
「この時間から出かけるのも何だし、今日は明日に備えて早目に寝ましょうか」
「そうだね」
部屋に戻って蒼がテレビを見ていたり、僕がスマホでツイッターを確認していると、料理が続々と運ばれてきた。海の幸をふんだんに使った会席コースだった。
「じゃ、食べましょう」
「いただきます」
小鉢がいくつも並んでいる。高級料理らしくどの品も上品な味付けで凄く美味しい。僕は特に刺身が気に入った。
「陽太、どう?少しは気が紛れたかしら?」
百花が料理を口に運びながら素敵な笑顔で僕に問いかけてきた。
「うん。来て良かったよ。旅に出てからちょっと調子も良くなったみたいだ」
「それはよかったわね」
心の底からそう思っているような顔だった。
「来た甲斐があったというもんだな」
蒼もガツガツと大量に食べながら笑っていた。僕は本当にいい友達を持ったもんだと感謝していた。
食べ終えて、僕らはトランプをしたり、持ってきた本を交換して読んだりしながら部屋で時間を潰していた。僕が畳に寝転がりながら、百花が持ってきた紫式部日記を読んでいると、彼女が唐突に言った。
「ねえ、皆で何か作らない?」
「何をだ?」
瞑想するかのように目を閉じて、スマホでバッハを聴いていた蒼が反応した。
「皆で遊ぶにしても自由なお金があった方がいいじゃない?私達三人で何か作品を作ってそれを世に発表するの。まあ本当にお金が入ってくるかは分からないけど、私達三人なら結構いけると思わない?」
「ふむ」
「曲作るとかか?」
「私と陽太は作曲なんて出来ないもの。そうね、小説はどう?」
「三人で小説書くってこと?」
「そうよ、まず一人目がメインとなる話を書いて、後の二人がそれぞれ続きを書くの」
「なるほどな。面白いんじゃねえか?」
そういえば、二人とも趣味で小説投稿してた事があるって言ってたな。僕も気まぐれで中学の頃短い話なら書いてみたことがある。
「どうかしら?陽太が最初の話を書いたらいいと思うのだけれど」
「僕?」
「ええ、これは陽太の治療も兼ねているもの」
「俺は構わないぜ。楽しそうだし」
「分かった。書くよ」
「じゃ、決まりね。帰ったらお話考えておいてね」
「陽太がどんな小説持ってくるか楽しみだな」
「期待に応えられるかどうか分からないけど、まあ考えてみるよ」
「灯り消すわね」
明日も早起きしようと、僕らは早々に並んだ布団に入って休むことにした。何だかんだで長い一日だった。皆横になって静かになった。知らない天井を眺めながら、ずっとこのままだといいなと考えていた。今日何度目だろう、こう思うのは。毎日こんな感じで親からも学校からも家からも遠くはなれた土地で何もかも最初からやり直して、楽しく過ごす。そうだったらどんなにいいだろうと思うのだった。
「ねえ、陽太、蒼。私達ずっと一緒だよね?」
そんな事を考えていると、百花がポツリと呟いた。その声はいつになく寂しげで弱々しかった。
「うん」
「ああ」
百花が何を考えていたのは分からない。だけど、妙に耳に残った。それっきり静かになり、僕らはぐっすりと眠った。
翌朝、照明が灯った明るさと動き回る気配を感じて、僕は深い眠りから目が覚めた。いつものベッドと違う。どこだろう、ここは?起きてみると、浴衣姿の少年と少女がお茶を飲んで備えつけのお菓子を食べていた。
「あら、起きたのね、陽太」
「おはよう、陽太」
そうか。僕らは旅行に来たんだったな。二人は少し前に起きたらしい。僕が一番寝坊だったようだ。
「顔洗ってきなさい。じきに朝ご飯よ」
百花は既に洗顔と化粧を済ませたようで朝から隙のない整った姿だった。蒼は金髪を下ろしていて、眠そうな顔であくびをしていた。僕が顔を洗って歯を磨き終えると、百花が着替えると言って、僕らは一旦外に出た。
「いい天気だね」
「ああ。陽太はどっか行きたいところあるのか?」
「特にはないけど、こっちの街をぶらっと眺めてみたいかな」
「そうだな」
「入っていいわよ」
百花の今日の服装はネイビーのTシャツにピンクのスカートだった。首飾りもつけていた。僕らもそれぞれ着替えて、スマホでメールとかニュースとかチェックしているとだんだんと目が覚めてきた。
「今日はどうしましょうね?」
「美術館行って、後は適当にぶらつけばいいんじゃねえか?」
「そうね。何か美味しいものでも食べましょうか?」
「うん」
僕らは食堂に行って朝ご飯を食べた。朝の和食もとても美味しかった。
ピカソ展
「結構人入ってるね」
「東京だとこんなもんじゃないけどね」
「二人ともよく絵を見に行くのか?俺は音楽の方が好きだからたまに行く程度だけどよ」
「ゴッホとかシャガール展には何度か行ったことあるよ」
「私は昔からしょっちゅう行ってるわね。親に連れられて」
館内は涼しくて静かで広かった。中に入ると僕らは真剣な表情で順々に展示された絵を見ていった。蒼も百花も僕も絵を見出すと自然に会話は減っていった。生で見る芸術作品に圧倒された。青の時代バラ色の時代キュビズムの時代など有名な絵も沢山展示されていた。僕は感心しながら見に来て良かったなと思っていた。最後の絵まで見終えて併設されたカフェで僕らは一息ついた。
「凄かったわね」
「ああ、やっぱり本に載っている写真とは全然違うな」
「芸術って凄いよね。心の奥深くに作用してくるというか、なんか偉大だなって思ったよ」
オレンジジュースを飲みながら僕らは感想を語り合っていた。
「さて、それじゃどうする?どこか他に行きたいところある?」
「適当に歩きながら図書館でも行かないか?」
「土地が変われば図書館も違うかもしれないわね。じゃ、そうしましょうか」
僕らは適当に街を歩きながら、お昼を買って公園で食べた後、近くの図書館を調べて向かった。着いてみると、大きさは普通だったが、中が意外に開放的で清潔だった。でも人はあまり入ってなくて僕らは席を確保した後、好きな本を探しにいった。本棚を見ていると、やっぱり地元とは置いてある本が結構違う。僕は適当にギリシャ神話と仏教の本を選んで椅子に座って読むことにした。じきに百花と蒼も戻ってきて静かに読み始めた。二人は何読んでるんだろうと見てみると、百花は河合隼雄著作集と日本霊異記を持ってきていた。蒼は縄文聖地巡礼という本と芥川龍之介の世界という研究書を眠そうな顔で読んでいた。静かに時間が過ぎてゆく。世界中には色んな神話があって、色んな伝承がある。まだまだ未知の歴史や文化が世の中には沢山あるんだなと思うとワクワクした。つい最近までは生きてても仕方ないと思っていてが、やっぱりまだまだ生きていてやりたいことってあるもんだな。そう思えるようになったのも、連れ出してくれた二人のおかげだ。一冊読み終える頃には結構時間が経っていた。僕は少し疲れて水を飲みに行った。戻ってくると百花が本を棚に戻していた。もう読み終えたんだろうか?
「陽太、まだここにいる?どっか別の場所に行きたい?」
「どっちでもいいよ」
蒼はまだテーブルで読んでいた。凄い集中力だ。百花も新たな本を持ってきて読み出したので、僕も付き合うことにする。結局夕方までそこにいて、そろそろ帰ろうと誰ともなく言い出した。
外に出るとそろそろ日が暮れかけていた。
「なかなか集中して読めたわね」
「読んでない本も結構置いてあったし来て良かったな」
「いつか東京の図書館にも行ってみたいね」
「いいわね。こっちに来たら案内するわよ」
もう一泊して明日は帰る事になるんだな。そう思うと少し寂しい気もしたが、二人の言っていたようにまた会える。僕はこの二日で人生に希望を見いだしたような気がした。
ホテルに帰って僕らは売店にお土産を買いに行った。渡す相手がいないので、あくまで自分ようだけど。そして部屋で体を休めていた。
「ねえ、陽太。この調子で良くなるといいわね」
「うん、そうだね」
「明日には帰るんだろ?少しは病は癒えたか?学校には復帰できそうなんかよ?」
「・・・多分」
家も学校も遠いどこかに置き忘れた遠い過去のモノな気がした。あそこへまた戻るのかと思うと気持ちが重くなる気がした。蒼も百花もそれぞれの場所に帰ってしまうんだな。
「また会えるといいね」
「会えるわよ。きっと」
「ああ、俺たちはいつだってお前の味方だぜ」
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