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フランスのコメディ映画が必要になるとき

心身ともに疲れ果てているとき、神経がささくれだっているようなとき、あまりにもぼろぼろで何も決断、選択できないとき、フランスのコメディ映画を観る。白ワインを片手に。

日本では「フランス映画」と言うと、恋愛映画の代名詞のように思われがちだが、実を言えば昔からコメディ映画が盛んだ。

 Les Sous-doués passent le Bac (邦題:ザ・カンニングIQ=0)Trois hommes et un couffin(邦題:赤ちゃんに乾杯!)Les Ripoux(邦題:フレンチ・コップス)Les Visiteurs(邦題:おかしなおかしな訪問者)、Le Dîner de cons(邦題:奇人たちの晩餐会)などなど。

上に挙げた例はどれもこれも意外性と独自性に満ちた偉大な名作だが、そこまで凄くなくても、シンプルな人物設定、ベタなストーリー、そのくせ結末は心あたたまって涙ぐむ、そんな佳作がたくさんある。TF1が制作に加わっているような、要するに庶民向けのもの。肩がこらなくて、考える必要がなくて、風刺も弱いやつ。老若男女、みんなが笑えて、過激なバイオレンスも性描写もないやつ。

だって疲れていて、そういう、基本、安心して、でもある程度ドキドキする〈定番〉が欲しいときってあるじゃない?日本人で言えばお茶漬け、フランス人で言えばステーキとフレンチポテトみたいな、外国から帰ってきて、まずは食べたいなと思う〈定番〉、ああいう感じね。

私にとって、疲れたときの〈定番〉はフランスのコメディ映画なのだ。

たとえ庶民向けコメディとはいえ、さすがフランス映画だけあって、絵が綺麗、脚本が丁寧、そして軽快。お米みたいにねばっこい日本のコメディに比べて、フランスのコメディのほどほどのウエットさとクールさが私には心地よい。

先日も久々にエールフランスに乗ったのだが、飛行機のなかでMaison de retraite(日本未公開、タイトルの意は「老人ホーム」)という映画を観た。ジェラール・ドパルデューとケブ・アダムズのからみが最高だった。ドバルデューは元ボクサーの老人をふつうにリアルに演じていて、やっぱり名優だと思った。ケブ・アダムズはひょんなことから老人ホームで働くことになった青年の役。ホームで繰り広げられるドタバタは、ありきたりかもしれないが、笑えた。

コロナのせいもあって実に3年ぶりの渡仏だった。以前、エールフランスに乗ったときはUne belle équipe(邦題:クイーンズ・オブ・フィールド)を観た。しょぼくれたオヤジを演じさせたら右に出るものがいない、カド・メラッドが主人公。北フランスの小さな街。彼がコーチをつとめるサッカー・チームが、つぶれるかもしれない危機にさらされる。仕方がないので不甲斐ない男たちに代わって、女たちがサッカーを始めるという、これまたふつうにありがちなフェミニズム映画なのだが、フランス的大家族愛がベースに話が展開され、面白かった。

 そう言えば、カド・メラッドの存在を知ったのは、これもいつぞや、もう10年ぐらい前にエールフランスに乗ったときに観たBienvenue chez les Ch'tis(邦題:シュティの地へようこそ)でであった。北仏と南仏のカルチャー・ギャップに、ダニー・ブーンとカド・メラッドの友情を重ね合わせた、よくできたシナリオだった。

 もちろんエールフランスのなかでのみ、コメディ映画を観るわけではない。

数年前になるが、Tout le monde debout(邦題:パリ、嘘つきな恋)を観に映画館へ行った。内容は、所謂、ラブコメである。車椅子の女性と付き合うために、健常者であるにもかかわらず車椅子を利用する男を描いた作品。実にエレガントで、忘れられない美しい場面が幾つもあった。ある女友だちと一緒に観に行った。彼女はTAXi(邦題:タクシー)という、これまたしょーもない、ポジティヴな意味での〈おばかさん〉映画のファンだったので、たぶん楽しんでくれるだろうと思って誘ったのであった。

けれども、やっぱり、何故だか、コメディ映画はエールフランスで観ることが多い。とりわけラブコメにいたっては、なかなか、私のようなオヤジに映画館はハードルが高い。一人で行っても、〈浮く〉こと間違いないし、やっぱり周りの目が怖い。L'arnacœur(邦題:ハートブレイカー)も、Populaire(邦題:タイピスト!)も、エールフランスで観た。

でもたしかに大画面に越したことはない。

また映画館にコメディ映画を観に行こうかな。あのときの彼女を誘って。

(もちろんコメディ映画が必要になるほどまでに疲れないのがいちばん良いのかもしれないけど。生きているとね。どうしてもつらいことが多くてね。老人ほど古傷が痛むものなのよ。)

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