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アンドロイドはエイリアンの夢を見るか -リドリー・スコットの世界

不気味なアジア・アフリカ


テレビでリドリー・スコット監督の『ブラックホーク・ダウン』をやっていた。
ソマリア内戦を描いた映画だが、最も印象に残ったのは次から次へと湧いて出てくる無数のアフリカ人兵である。アフリカ人兵の真っ黒な大群が画面を埋めつくす。その様相は実に不気味であった。
対する米国人兵の数は僅かだ。米国人兵がどれだけ銃を撃っても、続々と大量のアフリカ人兵が襲ってくる。まさに多勢に無勢。
結局、圧倒的なアフリカ人兵の量的優越の前に、米国人兵は銃弾がつき、命からがら基地に逃げかえる。

スコットは不気味な雰囲気、不安感、緊張感を演出するために、しばしば大量で過剰な何かによって画面を覆いつくす。
例えば大阪が舞台の『ブラック・レイン』では、トラック・自転車・バイクが画面を埋めつくす。そのなかを縫うかのように刑事が犯罪者を追う。
あるいは『ブレードランナー』。酸性雨が降りしきる陰鬱で疲弊した近未来都市を埋めつくすのは、大量の日本語のネオンサイン、ひしめく屋台、ぼろをまとった群衆、そしてたちこもる煙だ。先は見えない。
『ワールド・オブ・ライズ』では、中近東の、野菜も人間も爆弾もすべてをぎゅうぎゅうづめにした街並みの航空写真が、幾度も幾度も映し出された。

つまりスコットの映画に登場する不気味さの起原は、混沌である。
それを表現するために、彼はアジア・アフリカという表象を用いる。
それは非ヨーロッパ世界が、彼が表現したい混沌を最も適切に表象してくれるからであって、べつに彼が差別主義者だからではない。

ヨーロッパ文明という怪物


他方スコットの問題意識は、人間とは何かだ。
この主題にアプローチするために、しばしば彼はヨーロッパ文明という入口から入る。
そしてこのヨーロッパ文明を表現するために、彼は怪物を表象として用いる。
たしかにヨーロッパは、文明という光と同時に、大量虐殺という闇を内包している。それが怪物によって具現化されるのは、ある意味、当然であろう。
ただスコットが描く怪物は、いつも追われている、悲しき運命の持ち主だ。

例えば『ハンニバル』の主人公、ハンニバル・レクターはヨーロッパの文化と歴史に造詣が深く、なによりも礼儀作法と自由を愛する。話し方は静かで、仕草は優雅で、未来の生産と発展と拡大を信じていないという意味で、貴族的である。しかし実を言えば、彼は凶暴な殺人鬼なのだ。きちんとネクタイをしながら、生きている人間の脳を喰う。

あるいは『ブレードランナー』に登場するロイ・バッティという名のレプリカント(アンドロイド)。彼もまたヨーロッパの理想を体現している。金髪で、筋骨たくましいその姿は大理石の彫刻のようだ。そしてとても強い。壁を平気で突き破る。
しかし彼は自分の死を恐れている。彼は、いつ自分が死ぬのかを知りたくて、反乱を起こし脱走し、自分を製造した博士の眼球を潰して殺す。

しかしながらレクターもバッティも怪物であるにもかかわらず、人間らしい。
レクターは自由を獲得するために、自分の手首を切断するか、自分の友人の手首を切断するかという選択を前にして、迷わず前者をとる。
バッティも、自分の寿命を悟ると、自分よりも明らかに弱いが、自分を執拗に追跡する刑事の命を助けた後、穏やかな笑みと共に死ぬ。
自己犠牲、弱者救済。いずれも貴族にふさわしい、高貴で名誉ある行為である。

エイリアン=よそもの


レプリカントになったつもりで街を歩いてみればよい。不気味な混沌のなかにうごめく大衆の猥雑さに嘔吐をもよおすだろう。日々何を着ようとか何を食べようとかに思いわずらい、自分は何人のボーイフレンドとつきあったとか、自分はいくらお金を稼いだとか、そんなこと自慢して、皇族の女の子を袋叩きにし、不倫した芸人をバッシングし、平和とスポーツの祭典さえ汚職とあげ足取りで泥まみれにし、そんなことばかりで時間(=命)を無駄に消費している。
なぜ彼らは死について考えなくていられるのか、レプリカントはさびしく思うだろう。

そしてたぶんレプリカントは、同じくスコットが生みだしたもうひとつの怪物『エイリアン』を夢見るのだろう。実際エイリアンも完全な生命体という、ヨーロッパの理想のひとつを体現している。
エイリアンは貪欲な人間の手によって古巣から連れ去られ、暗い宇宙船の中、ひとりぼっち、「よそもの」だ。しかしながらたくましく捕食と寄生を繰り返す。人間から「怪物」と罵倒されても気にしない。
その存在理由は生きのびて子孫をつくることだけである。そのために必要ではない感情も知性も持ち合わせない。自らの存在理由をまっとうするという冷徹な意志しか持たないこの生き物に、レプリカントは憧れるのではなかろうか。
自分もエイリアンになりたい、そうすれば悩まなくてもすむのに、と。

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