静かにひそむ戦跡 ―山口県にて
回天
1月6日、徳山港を出て、大津島の回天記念館を訪れた。
ワンフロアの小さな記念館は、第2次世界大戦下に人間魚雷「回天」の訓練基地があった場所に建てられている。
記念館創設の中心となったのは、訓練には参加したけれども、生き残ったひとたちだ。彼らが、亡くなった戦友たちへの「想い」からつくったのが、この記念館である。
だから国公立の博物館とは明らかに違う。国公立だと、客観的に史実を伝えようとして、また政治的に中立であろうとして、結局インパクトの弱いものとなる。
けれども回天記念館には「自分は自分の主観的な想いを伝えたいだけ」―、そんな強い主張が在る。
とはいえ回天記念館は知覧特攻平和会館とは明らかに違う。
知覧特攻平和会館は本物の「特攻がえり」の意思によって立ち上げられたのではない。
だからこそ、あれほどまで大々的に、仰々しく、これでもかこれでもかと、悲劇性をアッピールできるのだ。あの手この手を使って、来館者を泣かせる工夫ができるのだ。
本物の「特攻がえり」だったら、もっとひっそりと静かに追悼させてくれと思うはずである。
また回天記念館は呉市の大和ミュージアムとも明らかに違う。
町おこしのためにつくられ、実際、家族連れで賑わう大和ミュージアムでは、呉市への愛情が日本への愛情と重ね合わされ、現代にまで続く日本の高度な技術力が顕彰される。
しかしどれだけ巨大な「大和」の模型を見せつけられても、技術屋でもナショナリストでもない私には如何なる感慨も湧かない。
そもそも回天記念館には、知覧特攻平和会館や大和ミュージアムとは違って、お土産物コーナーがない。喫茶店も食堂もない。
その意味で、回天記念館は海上自衛隊鹿屋航空基地史料館と似ている。
鹿屋の史料館で感じられたのは、後輩たちの先輩たちへの敬意である。
先輩たちから学ぼうとする、静穏で知的な態度である。
たしかに回天記念館も閑散としており静かだった。聞こえるのは瀬戸内海の波の音だけ。
帰りぎわ、天気雨があり、大きな虹が出た。
唐人墓
1月8日、門司の関門橋近く、唐人墓を訪れた。
1863年、長州藩はアメリカ商船、フランス軍艦、オランダ軍艦に対して先制攻撃をしかけた。かくして始まったのが下関戦争である。当然のことだが、長州藩は米英仏蘭の連合軍に大敗を喫した。
あちらこちら見学したので、どこで観たか忘れたが、あるところのビデオでは「この下関戦争の結果、日本の近代化が進んだ」とまとめていらっしゃった。
うーん、どうだろう。
この歴史観には違和感を抱いてしまいました。
だって、ふつう、「真珠湾攻撃の結果、日本の近代化が進んだ」なんて言わないでしょ。
いずれにせよこの下関戦争で死んだフランス兵のために、1895年、あるフランス人宣教師が碑を建てた。
それが世に言う「唐人墓」である。「唐人」とあるが中国人ではない。フランス人だ。
輝く海の傍ら、青空を突きさすが如く、一本の記念柱がすくっと立っている。それだけのことである。訪れるひとも少ない。しかしそれでいいではないか。
櫻山招魂場
1月9日、曇り。下関の櫻山招魂場を訪れた。
1863年、櫻山招魂場は高杉晋作の発議によって、「國」のために死んだ軍人、とりわけ奇兵隊士のために造られた。
現在の東京の靖国神社の原型である。
しかしなんという違いだろう。
あの重々しく怖そうでいかめしい靖国神社とは違って、櫻山招魂場はたいへんちっぽけで清楚で可憐だ。
ただ、櫻山招魂場だけでなく、乃木サンの神社でも感じたが、私は「人間を神として祀る」ことには抵抗がある。平和のために戦っても、侵略のために戦っても、たとえ戦争被災者のためのボランティア活動をしても、人間は人間だ。
とはいえ私は櫻山招魂場で手を合わせる人々を軽侮する気にはなれない。むしろたいへん善い民間信仰の場だなあと、率直に思った。
政治家が正装して靖国神社を訪れると、揶揄したくなってしまうが、櫻山招魂場に参拝する普段着のひとたちには、にこにこ「こんにちは」と声をかけることができる。
不思議だ。
伝わること
畢竟、小さくて静かだからこそ、伝わるものもある。
たしかに大きな戦争を表象するためには、大きな建物が必要なのかもしれない。
ノルマンディー上陸作戦の舞台となったカンの平和博物館は大きい。
ナチスのロケット発射基地があったパ・ド・カレのクーポールも大きい。(※ちなみにクーポールは、技術が持つ政治性を適確に批判できている。大和ミュージアムにはぜひ学んでほしい姿勢だ。)
また第1次世界大戦の戦災で有名なイーペルの博物館も大きい。
パリのアンヴァリッドにあるナポレオンの墓も大きい。
しかしまたナポレオンがセントヘレナで使った小さなゴブレットで、表現できることもあるはずだ。
戦争/平和についての一面的で独善的な大言壮語は聞き飽きた感じがする。
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