ソ連で出版された日本文学
今回は、本当は博物館レポを書きたかったのだが、多忙および怠惰が災いして間に合わなかった。そこで、愚かで怠惰な穀潰しである筆者は、家から一歩も出ないで記事を書く方法を思いついた。自宅で埃を被っている、ソ連時代に出版された日本文学の翻訳本をご紹介したい。
なお、紹介にあたり発行部数を記すが、それぞれの数値がソ連の出版事情に照らして多い部類なのか少ない部類なのか、筆者は判断する材料を持たない。あくまで参考のための数値である。また当然ながら、ここに紹介する以外にも多くの日本文学が露訳されている。
まずは古典を見ていこう。
(左)「万葉集」第2巻 1971年 7000部 2.27ルーブル
(右)「万葉集」第3巻 1972年 7000部 1.58ルーブル
翻訳:アンナ・グルスキナ
万葉集のロシア語訳、全3巻。第1巻は欠落していた。第2巻は表紙カバーも残っていた。大多数の歌については巻末に詳細な解説が掲載されており、また地名も一覧となって説明されている。日本地図以外に図版は全く無いが、内容は極めて充実している。紙質も良い。
和歌を翻訳する苦労は並大抵ではなかった筈だ。
注釈は膨大な量に及ぶ。
背文字は「萬葉集」。
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「枕草子」 1983年 5万部 1.50ルーブル
翻訳:ヴェーラ・マルコワ
表紙は桜をイメージしたであろう、桜色を散りばめたデザインになっている。
見返しに絵巻物風のイラスト。
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「平家物語」 1982年 7万5000部 3.20ルーブル
翻訳:イリーナ・リヴォワ
巻末には用語等の解説の他、源平両氏の系図や元号表など。訳者は本姓のヨッフェの方が有名かもしれない。
扉には、平家の家紋である蝶紋。各章に家紋が添えられている。
挿絵も若干。
前述の「枕草子」と同じ版元で、装丁のスタイルも共通していることから、アジア文学シリーズとして出版されたものと思われる。
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「伊勢物語」 1979年 10万部 1.6ルーブル
翻訳:ニコライ・コンラド
ソビエト科学アカデミーの監修により「文学の記念碑」シリーズとして出版されたもの。表題には無いが、「方丈記」も収録されている。解説付き。いずれも翻訳は日本研究の大家ニコライ・コンラド。日本の文庫本よりもちょっと大きいくらいの小さい判型だが、充実した内容の一冊という印象。ただ「方丈記」を表紙に明記していないのは、やはり不親切。
誰だい、「勢」の字のところを煙草の灰で焦がしたのは。
図版より、1923年、ソ連で初版された「伊勢物語」の表紙。
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「竹取物語」「落窪物語」 1962年 5万部 0.46ルーブル
翻訳:ヴェーラ・マルコワ
2本の物語を所収した、小さめのサイズの本。0.46ルーブルは、つまり46コペイカ。僅かな注釈以外は解説もなく、価格も安いことから、比較的平易な読み物として出版されたのだろう。
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「井原西鶴 選集」 1974年 5万部 0.87ルーブル
翻訳:エヴゲニヤ・ピヌス、 イリーナ・リヴォワ、
ヴェーラ・マルコワ、 N.イワニェンコ、 E.レーディナ
解説付き。西鶴と琵琶は結び付かないような…
「井原西鶴 短編集」 1984年 3万部 2.60ルーブル
翻訳:タチヤナ・レディコ=ドブロヴォリスカヤ
まさかの井原西鶴ふたたび。同じ版元だし、再版かと思ったが、収録作も翻訳者も異なる。
こちらは挿絵も多く、使用されている紙も上質なので、値段も相応。もちろん解説付き。
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「近松門左衛門」 1963年 9500部 0.96ルーブル
翻訳:ヴェーラ・マルコワ、 イリーナ・リヴォワ
どうやら、「劇作家ライブラリー」というシリーズのようだ。さすが演劇の国というべきであろう。
人形浄瑠璃、義太夫、歌舞伎の写真も掲載されており、巻末には解説とともに、各作品の日本語表記も併記されている。かなり凝った一冊だと言えよう。収録作は「冥途の飛脚」、「鑓の権三重帷子」、「博多小女郎浪枕」、「心中天網島」。
以上。次回は近代・現代文学を紹介するかもしれないし、元の予定通り博物館レポになるかもしれないし、なにしろ愚かで怠惰な穀潰しであるから、何も書かないかもしれない。あたたたたかい目で見守ってくだち。