A.E.フェルスマン記念鉱物学博物館
鉱物というのは少なからず熱烈なマニアが存在する分野だが、門外漢には、その面白さは今一つ想像が及ばないかもしれない。かく言う筆者も、化石は好きだが鉱物は別に…という種類の人間であったが、A.E.フェルスマン記念鉱物学博物館を初めて訪れた時、鉱物の魅力とはこういうことか、と成程合点がいったものである。
もちろん、鉱物に興味のある方なら、この博物館は絶対に見ておきたいひとつだろう。所蔵する標本は約14万点、2300種に及ぶ。鉱物の博物館としては、世界最大級である。
建物自体は、旧オルロフ伯爵の調場場。19世紀初頭の由緒正しいロシア建築である。高い天井と華麗な装飾も見事だが、歩くとキシキシと鳴る古びた床も、ストイックな学問世界に踏み込んだ気分にさせてくれる。
この収納がまた良い。
1716年、クンストカメラで鉱物コレクションの展示が始まったのが、この博物館の起源とされる。後に独立した鉱物学博物館となり、現在の建物に移ったのは1934年。名を冠しているA.フェルスマン(1883~1945)は、ソ連時代に地球科学と鉱物学の発展に大きく貢献した人物。
フェルスマンの言葉が掲示されている。
「我々は地球の、自然の、資源の記録者になりたいのではない。我々は研究者として新たな理念を創造し、自然を征服し、これを人間に従属させる闘士でありたいのだ。」
う~ん、1世紀ほど前というのはさすがに、自然に対する人間のスタンスが現在と全然違うのだなぁ、と。
入って最初の展示は、旧ソ連圏に落下した隕石。1947年のシホテアリニ隕石の標本は豊富で、上の写真は中でも最大のもの。重さは1745kg。こんなものが空から降ってくるのだから、つくづく隕石とはおっかないモノだ。
ソ連における、隕石の落下および発見地点を示した図。さすがにアップデートした情報が欲しい。
展示の中核は、膨大な数の鉱物標本。とにかく千差万別、摩訶不思議。前衛芸術さながらの突拍子もない色形。自然の神秘、などとありがちなフレーズについ頼ってしまうが、こういうものは幾ら言葉を羅列しても驚きの一片も伝えられないので、実際に見て頂くのが一番。
この自然銀は、ノルウェーのコングスベルグ銀山産。ピョートル大帝に贈られた物で、のちにピョートルがクンストカメラに寄贈した。「銀の角」の名を持つ。
様々な火山噴出物。
火山噴出物のひとつ。まるでカビが生えたかのような色鮮やかさ。
これは、私が日光に数日間晒したために腐海に呑まれてしまったパン。
カザフスタン産の巨大な石英。
モスクワ州で採掘されたボーキサイト。正確には、ボーキサイトを構成するギブス石。
とにかく膨大な数が展示されている。
一方こちらは、人工的に作られた鉱物各種。
その1つ、人工的に合成されたビスマスの結晶。
人工鉱物はごく一部で、殆どは天然物。藍銅鉱、孔雀石、青金石などは、岩絵具として用いられるのも頷ける鮮やかな色彩。金と間違えられる事も多い黄鉄鉱も、「これはこれで」と思える美しさ。巨大な石英の結晶や、1m近いアメシストの晶洞。ロシアでしか産出しないチャロアイト。方解石や黄鉄鉱に置き換わったアンモナイトは、古生物ファンにも嬉しい逸品。
昇天ペガサス硫黄盛り。
みんな大好きトパーズ。
オパール化した木。米菓の奉天に似ていて美味しそう。
方解石化したアンモナイト。
こちらも、一部が方解石化した小さなアンモナイト。
クリノクロア。写真だと伝わりづらいかもしれないが、落ち着いた緑色が美しい。
方解石の結晶。ポテチそっくり。
金にもちょっと似てる、黄鉄鉱。
黄鉄鉱化した腕足類の化石。貝に似るが、別系統。
ところで、これを見てくれ。こいつをどう思う?
すごく…カルセドニーです…
石英の一種。和名は、玉髄。
玉 髄
コバルトを含んだ苦灰石
菱マンガン鉱。
焼き鮭。じゃなくて石黄。
豆石。火山灰が同心円状に固まったもので、写真のものの成分は方解石。見れば見る程たまごボーロ。
磁鉄鉱に付着した緑簾石。苔むした岩のように見えて、小さいが風情があり、姿がたいへん良い。床の間に飾りたい。
ロシアでのみ産出するチャロアイト。この石塊は、ゴッホの糸杉シリーズを思わせる模様が印象深い。
ロシアで近年発見された鉱物のコーナーも。
私はこの記事を準備しながら、「天空の城ラピュタ」に登場した、ポムじいさんを思い出していた。石ばかり相手にしてきたという老人。名優・常田富士男のあの柔和な声で、石について語るのを聴きたいものだ。
一番奥の展示は、鉱物を使った工芸品の数々。石英、碧玉、玉髄、ネフライト、薔薇輝石、黒曜石、猫目石、青金石、透明石膏、大理石、チャロアイトなど、こちらも目を見張る展示で、工芸品の精緻な細工が見どころだ。
チャロアイトを使った工芸品の数々。
大理石を組み合わせたチェス盤。
7種類の石を用いたペーパーウェイト。果実の弾力を感じられそうな、驚くべき精巧さ。
しかし、自然石のままの美しさも味わい深いもの。素晴らしい工芸品も、材料となる鉱物あってこそ。自然の力は、人智を超えた途方もないものなのだと改めて思い知らされる。
人間がどう足掻いても、自然の創る造形には敵わないのかもしれない。
A.E.フェルスマン記念鉱物学博物館
博物館HP:www.fmm.ru/
場所:Leninskiy prospect 18 - 2