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第105話 自分の歌を歌うということは、自分の存在をかけるということ【夢夢日本二周歌ヒッチ旅 回顧小説】

お店は20~30人ほどのお客さんが入れる広さで満席だった。

トシの妹のゆきちゃんも来てくれた。

ゆきちゃんはトシとはだいぶ離れた小学4年生で、担任の男の先生のことを、

「先生、めっちゃ渋いわ~。」

と、うっとりしながら学校から帰ってくるなり報告してくれるような女の子だ。

そしてもう一人うれしいお客さんが来ていた。

なんと鳥取でお世話になった北崎さんの娘さんのかよこちゃんとその弟が堺から来てくれた。

北崎さんはご主人の転勤で鳥取から大阪に引っ越していたのだ。

ハイテンションなお母さんは一緒に来なかったけど、それにしても高校生が二人で電車ではるばる来てくれたのだ。ありがたい。

鳥取でヒッチハイクしていた通りすがりの歌う歌いのライブに、そこまでして来てくれるとは。

(めっちゃうれしいな。誰も知り合いがおらず、こういうお店も来たことないだろうから心細いだろうなあ。お姉ちゃんしっかりしてるなあ。)

「かよこちゃん元気?はるばる来てくれてありがとう!お母さん元気?」

「はい。元気です。」

「二人で電車で来たの?」

「はい。」

やはり慣れていない場なのだろう。ちょっと恥ずかしそうだ。少しでも安心してもらえるようにしばらくおしゃべりした。

「この後和歌山とか奈良の方に向かうから途中立ち寄ってもいいかな?」

「たぶんいいと思います。」

「お母さんによろしくね。」

「はい。」

ぼくにとってもお客さんはトシとゆきちゃんと北崎兄弟以外は誰も知らないのだった。

それは、緊張もするし、なれ合いの集まりではないといううれしいさもある。

そしてそこにはプレッシャーも加わる。

なにせこれはトシが企画し、トシがお客さんを集めて来てくれたライブだからだ。

ぼくの歌がお客さんたちに響かないのであれば、それはぼくがトシの顔に泥を塗るようなものだ。

きっとトシだってぼくの歌がお客さんに響くかどうか心配に違いない。

なんとしても良いライブにしたい。

ミスはしたくない。

ただ、ミスなくできたとしても歌が響くとは限らない。

でもその場合は、どう頑張ったって今からできることは何もない。

ぼくの歌はぼくの歌なのだ。

それが響かないのならもうすでに勝負は終わっている。

だから一生懸命やって響かないのであればそれは仕方のないこと。

とは言っても、ぼくの歌が響かないということは、ぼく自身が全否定されることとほぼ同じでもある。

だから毎回ライブは心臓のピストンが激しく鳴る。

今回は特にだ。

そして平気な顔をぼくは装う。

でもぼくには自信もあった。

アジアやこの日本二周で歌ってきたこと。沖縄でもライブをいくつか行い、喜納昌吉さんの前座もさせていただいたこと。

ぼくの歌を聴いて、感動してくれた人たちがたくさんいる。CDを買ってくれた人たちがたくさんいる。

この変わった旅をしていること自体もお客さんの聴く耳を立ちやすくしてくれるだろう。

結局はやるしかないのだ。

そして歌うぼくが自信をもって歌うなら、それはお客さんにも伝わるのだ。

歌の質も大事だけど、歌う歌い手の心のありようが、お客さんにも伝わるのだ。

がんばれ。やれ。おれ。

時刻が来た。トシがマイクでアナウンスを始めた。

「今日はみなさん集まっていただいてありがとう。今日はぼくがインドで出会ったSEGEくんがライブをしてくれます。今日本一周、あれ、二周やったっけ?」

「二周中です。まだ一周目ですけど。」

「・・・をしていて、SEGEくんは日本の全都道府県をヒッチハイクで回りながら全国を歌い歩いています。

SEGEくんのライブを開いて大阪の友達に聴いてもらうのがぼくの夢だったので、今日はライブが開催できてうれしいです。

ほんまにすごいええ歌を歌うから最後まで聴いていってください。」

パチパチパチ。

(トシ、ありがとう!がんばるよ。)

ライブが始まった。

小学生のゆきちゃん最前列
堺から北崎兄弟が来てくれた

ワンマンライブ。およそ1時間。

ぼくは一心不乱に歌い切った。

ライブは成功だった。そして楽しかった。

それは、そもそもトシという人物が集めたお客さんだったからというのもあるだろう。

何人もがCDを買ってくれ、以前熊本でライブをしたときの様に、ぼくは次へ旅を続ける資金を得たのだった。

「トシありがとう!」

「SEGEくんよかったで。打ち上げしよ。飲もうや。」

その日は久々に朝まで飲んだ。

ライブを成功させてくれたみんなありがとう。

そして6月16日、ぼくは約2週間の大阪は港区滞在を終え、旅を再開させた。

前回の何倍もの充実した関西だった。


来週へつづく

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