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かえる

とある井戸の中にかえるが住んでいた。
いつからそこにいるのかは誰も分からない。
ただ、ずっと独りでそこにいた。

かえるには夢がある。
海というものをこの目で見てみたかった。
それは何故かは分からないけれども。

ある日、かえるはこの夢を叶えるべく、行動に移した。

遥か頭上にあるあの穴の先を越えてみようと試みてみたのだ。
だが、井戸の壁はあまりにも高く、かえるはいつの日かそこから出ることを諦めた。

それからというもの、かえるは何をするでもなく、ただただ天にある穴を眺め続けていた。
そこから見える色は様々であった。

澄んだような水色をしていることもあったし、焼けるような赤色をしている
こともあった。まっさらな白色をしていることもあった。

かえるが諦めてからどれほどの月日が経ったのだろうか。

やっぱり、この目で海を見てみたい。
かえるはそう思い立つと、再び、壁をよじ登り始めた。
だが、程なくして力が尽きて再び水面に落下した。

やっぱり無理だと諦める気持ちが半分、それでも見てみたいという憧れが半分。
しかし、今更ながら疑問に思う。
でも、どうして、そこまでして海を見てみたいのか……?

その時だ。
記憶の中で名も無き誰かとの会話を唐突に思い出した。
「海は好きだ。広くて青いのが良い」
「なるほど、ですがそれは空も一緒なのでは……?」
「野暮なことを言うなぁ」

白い服装の男性が記憶に蘇った。

かえるは再び登り始めた。
だが、やはり、途中で水面に落ちる。
まだまだ穴の先は遠い。

この胸に秘めた憧れと共に沈んでいく未来が見える。
だがそれでも諦められなかった。

ーーーーーーーーーーーーー

――――数百年前
地球上における陸と海の割合が逆転した世界。
多くの者が母なる星を捨て、別の惑星へと移住してしまった世界で、その男は海を復活させようとしていた。

男は人類が残した研究所に眠っていたアンドロイドを発見した。
そのアンドロイドは全く起動せず、男は電力が足りないのかと思い自前のケーブルで電力を送り込んだが、それでも動かなかった。
万策尽きたと諦める男の顔を伝う一滴の汗がアンドロイドの顔に落ちた時、閉じた瞳が開いた。

このアンドロイドは水を原料にしていると男が知ったのはこれより後のことである。

「おお、動いた! 起きて早々すまないが、在りし日の海を取り戻すために頼むぞ!」
「あなたは誰ですか」
「そうだな、博士と呼んでくれ!」
「承知いたしました。博士と呼称します。わたしの名前はどうなさいますか」
「そうか、名前か! そうだな、名前は大事だ! よし決めた。お前の名前は『かえる』だ!」

それが一人と一機の出会いだった。

ーーーーーーーーーーーーーーーー
「行かなければ……この穴の先に……! 博士の夢に!」
自身が登り続けるこの井戸。
かえるは思い出していた。
これは井戸などではなく、ロケットの発射路であることを。
そして、この先に広がる風景は――――

辺り一面に広がる大海原であることを。

結果として男は海を取り戻すことに成功した。
だが、その光景を目にすることは叶わなかった。
男はその望みをかえるに託したが、かえるは悲しみのあまりに自身の記憶にロックをかけた。

やがて、かえるの手が天の穴に届く。
そこから、見える景色は言わずもがな。
「やっぱり……空と同じじゃないですか。……博士」
狭い井戸の底とは大違い。
果てのない大きな空に。
陽光を反射した波打つ海面がキラキラと反射している。

海風がかえるの髪を揺らした時、頭上から鳥の鳴き声が聞こえた。
見上げると、上方で弧を描くようにして飛ぶ一匹の海鳥がいた。
それは白い海鳥であった。

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