見出し画像

『わたし、○○きらーい!』

「好き嫌いしたらだめでしょ!」
「だって、きらいなんだもん。仕方なくない?」

どこにでもあるようなとある家庭で、母と娘の口論が勃発した。
その原因は食卓に並べられた料理にある。

母の料理がまずいというわけではない。
娘は"ある食材"が嫌いなのだ。
人に好き嫌いはあって然るべき。

 しかし、幼い頃から偏食という習慣を身に付けてしまってはこの先、苦労することは目に見えて分かる。
特定の食物しか食せない生物よりもあらゆる食物を食せる生物の方が生き延びる確率が上がるのは当然の理だ。

 そもそも、偏食は身体に悪い。
若い頃は偏食家であっても問題はないが、歳を取るにつれてそのしわ寄せが身体の至る所に現れる。

 だからこそ、母は口の中に入れまいと固く口を閉ざす娘に対し、心を鬼にする。
「食べなさい!」
「いやだー! いやなものはいやだー!」
この通り、いやの一点張りである。
だが、母には秘策があった。

「分かりました。そんな好き嫌いする子にはアイスはもう食べさせません!」
「それは嫌だー! 分かった。食べる!」
これを食べなければ、アイスが食べられなくなる。
子供にとって、その絶望感は筆舌に尽くしがたい。

娘はそれを一瞥すると、覚悟を決めた。
目を瞑り、片手で鼻を摘み、口をこれでもかというほど大きくかけて、箸で掴んだそれを口の中に放り込んだ。
一切、噛まずにそれを飲み込む。
要は胃袋にさえ入れてしまえばあとは一緒なのだ。
「よく出来ました! アイスは何が良い?」
「んーとね……。クラゲ!!」


人口の増加により食糧難に陥った未来。
既存の食品は供給不足となり、それに代替する食物の考案が世界中で急務とされた。

クラゲもその中の一つであり、娘が嫌いと言っていたその食べ物は"コオロギ"である。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?