自販機の女

深夜、残業を終わらせて帰宅する寒空の下、白い服の長髪の女が自動販売機の横でうずくまっているのを見かけた。

体調が悪いのかと近づいて声をかけるが、女は何も言わない。
不気味に感じつつも、その場を離れたときに不可解な事実に気付いた。
女は薄着だった。
白いワンピースを一枚はおっていただけ。
そして、今は、12月真っ只中。 明らかに普通じゃない。

その事に気付いて、振り向くがそこにはもう女はいなかった。

「嘘だろ……」
そう言った男はそのままの姿勢で硬直した。

あれはきっとこの世のものではない。
見てはいけないモノであった。

そうやって、自分の中からあの存在を、あれを見てしまった記憶を消すために別の物事に思いを巡らせようとするが、記憶にこびりついてしまったアレをこそぎ落とすのは容易ではない。

考えないようにすればするほど、じわりじわりと這い上がってくるうすら寒いものを感じる。

こうなったら、家に帰ってバラエティー番組でも見て大いに笑って気を紛らわせようと正面を向いたその時。

あの女が鼻先がぶつかるほどの目の前にいた。

「……ッッ!!!」
生娘のような悲鳴が出そうになったのを必死でこらえた。

長い前髪に隠されて女の表情は分からない。
ただ、真っ暗な双眸がふたつ、そして――――

ひび割れた唇が動いた。
「チガウ……」
その一言だけを呟き、女は踵を返して、ふらふらと何処かへと去っていった。

ーーーーあれから、数ヶ月が経過した。 あの道は、もう通っていないから分からないが、女は今でもあの自販機の側にいるのだろうか…… 。

それとも――――

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