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招き猫と、招かれた夢(1/7)

私は広島と東京の二拠点生活を送っているのだが、今日は東京にいた。早々と用事を済ませたため、出先のカッフェにて自分のCV(フランス版履歴書)や事業計画書の作成に勤しんだ。世田谷区の作りは私にはとても難解で、帰り道に迷っていたら目の前に豪徳寺が現れた。これが豪徳寺の本物!(偽物の豪徳寺はないと思うが、初めて見た感嘆として)。豪徳寺は祐天寺と同じくらい名前がカッコいい。
友人から「猫だらけらしい」と噂に聞いて勝手に想像していた妖怪風のタッチではなく、わりあいフレンドリーな猫たちがひしめき合っていた。(集合体恐怖症の皆様におかれましては、半眼で早急のスクロール願います)

招き猫に囲まれながら「やれやれ」と言っているような菩薩(如来?)様が風情

最近ではどうしても、被災地のために自分ができることについてとか、東北の大震災の時に被災地にいた人たちが言っていたこと(何が嬉しくて、何はありがた迷惑で、何に傷ついて、何に励まされたか etc…)の記憶を辿ったりとか、気がついたらそのことを考えている。
豪徳寺からの帰り道にふと、今朝見た夢のことを思い出した。

おそらくニュースで何度も見ている映像や写真の影響だろうと思う。
古い日本の民家が並ぶ町を訪ねていたら、そこに住んでいるおばあさんが「あなたもここに住んでいいのよ。うちは部屋貸しもやってるから。」と親しげに話しかけてくれた。家中に沢山のものが溢れ返っていたので、このどこにピアノが置けるだろうかと考えていると、アップライトピアノがそれら沢山のものたちの下敷きになっていることに気づいた。

「おばあさんのお家、ピアノもあるんですね!ちょっと弾いてみても良いですか?上の瓦礫どけます」と言うと、「あら、あなたピアノ弾くの?うちはピアノいっぱいあるから、どれでも好きなのをどうぞ。」と言うのだ。はて、そんなに何台もピアノなんてあったかな?と思ってもう一度周りを見る。次は、よく目を凝らして。すると、箪笥やガラクタ(失礼!(笑))や段ボールや瓦礫で飽和状態だと思っていたその家は、全て鍵盤楽器で出来ていたのだった。ピアノだって色んな大きさのものがある。アップライトよりも小さいグランドピアノ、色々な時代の色んな木を使ったピアノ、真ん中だけハープシコードになっていたり、チェンバロとか大正琴と合体したみたいな個体もあった。「おばあさんは何者なんですか!すごい!私、ここ借りたいです。」そこで目が覚めたのか、そこから先はもう思い出せない。

夢を思い出せることなんて殆どないけれど、生活の中でふと夢の断片が転がり込んできて、そこから記憶の糸を手繰り寄せると鮮明に蘇る特別な夢が稀にある。そういうものは、絵か写真に残せたらいいのにといつも惜しい気持ちになるが、生憎私にはそれを叶える技術がない。
じゃあ音楽にして残そうか。いつでも思い出せるように。

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