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【遊ばれた】ストロングゼロを3本飲んでから読む話【女】

 遊ばれた女の話、と7文字で済むことを約3万字で書いた気狂いピエロ淫乱女子の話をしてみる。

 文章は引き算、削ぎ落として削ぎ落として真髄を語ることこそが正義と声を大にして言いたいのですが、脂肪でブクブクに肥え太らせなければ膣を通過できなかった文章たちです。

 もしあなたが女子で遊ばれたことがあるなら、ストロングゼロ500mlを3本買って酩酊状態で読んでください。

 シンクロナイズド・リーディングできるはず。ポジティブにいって、失恋の話です。お焼香代わりに書きました。南無。


【まずは、ナマもの】


 生まれてはみました。酔っ払ってはみました。あなたに盲いた。この地獄。その地獄。あの地獄。あたしの底。


 刺身が好きです、ナマものが好きです。鮪の赤身やレバ刺しを歯で弄び、そのまま舌で遊びつつ、突然ごくりと喉を通過させるのが正しい所作のような気がする。

 口に入れると、まず、舌が錯覚する。同類異物を触覚して血の生々しさを寿ぐ。ナマものを食べるという行為が何よりも、他の物理より滋に、ひどく変態的なのは生き物の身体の一部を口に入れるということの最たるものであるからでないのか。人体の一部を口に含んだかのようなそんな、儀式に似ているのだ。

 夜中、隣の部屋から聞こえてくるくぐもった静謐な喘ぎ声が憎い。ここ最近始まったので、お隣さん、恋人でも出来たのかと勘ぐる。遂に老婆心、二十八歳誕生日まであとちょうど二百日。アンチ・エイジングより、プロ・エイジング、加齢肯定、アラサー上等。もっと早くあなたの年齢に近づきたいから年取るのは大歓迎。だけど、あなたはもちろん待ってくれない、待つわけもない、待てるわけがない。


 袂をかき合わせて真っ暗闇の中、足を縺れさせて息が出来ぬほど、あなたを追っかけました。どこにも光は見いだせず、それでも未だ駆けて行く。あなたに賭けた私の真心。

 理屈を求めるのが、男。へ理屈を認めるのが、女。

 それでも揉めるのが男と女。グッドバイと太宰のごとく流し眼で言えたら楽なのに。

 一カ月近く前の早朝、私が寝(たふりし)ている間にさっさと帰ってから連絡くれないあなた。でももう大丈夫、心も体も安定期だもん。あなたのためだけのカラダじゃないんだ。


【出会い】

「官能的っていう意味分かる? 口に入れて試す、これが本来の意味なんだよ」

 取材で出会い、こんな安っぽい会話で始まってしまって、無視するつもりだった。タイプなんてなかった。ちやほやされるのなんて、慣れてるよ。色恋沙汰なんて十六歳の制服たちに託しておきたい。

 ビジネスライクに名刺交換をしたら、いつのまにやらパソコンメールでのやり取りが始まり、社交辞令の「今度食事でも」が、社交辞令風マジ返信「是非誘ってください」になり、社交辞令じゃない「じゃあ、また時間が合えば」という文面がお互いのメールにちらつく中、こちらから突然誘ってみる。これテクニック。


 例えば、メール送信午後九時。カジュアルに手練手管な私。「いま、なにしていらっしゃいますか。 いま私仕事終わったんですけど、サクっとご飯付き合っていただけませんか」という『大人の傷つかない誘い方』という本が上梓できそうな常套メールから始まり、仕事終わりのサク飯ってことは夜なわけで、必然的に飲酒上等! なノリになって、お互い呑んだくれていい気分。ふたりの中間地点にあたる表参道にある小さな焼肉屋さんの美しい肉たち。好奇心という赤身肉に恐怖というサシが入った上等の霜降り肉みたいな愛、網に乗せられ火を浴びて、恐怖はじゅくじゅく蕩けてゆく。そのまま好奇心だけになって、最早あなたのペース。サシで焼き肉しても、その日はちゃんと紳士淑女は帰る。でもまた何週間か後には「仕事終わりましたか?」のメール、午後十時。必然的に飲酒アゲイン。

 飲酒必然、今度はお互い結構呑んじゃいましてお互い酔っ払い→もう一軒行こか→ふたりっきりの世界→紳士淑女協定、瓦解→見詰め合って乱暴にキスが始まり勢いづいてセックス、という三流トレンディドラマの法則に則る。伝統芸能かっていうノリ。


 必然的に飲酒が始まると偶発的にセックス上等! な状況になるのね。分かっちゃいるけど、植木等。最初に紳士淑女を演じた男と女、実際はただの獣たち、悶々と余計に欲求不満が溜まっているのです。


 アフロディジアックな催淫剤の赤ワインでいい気分に酔った女は、ペットみたいな気分になっているものなんです。ニャーニャー。ニャニャ。ごろニャン。抱き上げてもらって、あなたの膝の上でグルグルと喉を鳴らしたいの。守って、一緒にいて、抱きしめて、触って、構って、攫って、この恥知らず。恥ずかしいけど、そういうものなんです、酔っ払った女ってものは。
とりあえず、まだ一緒にいたいニャンニャン。終電後の路地裏で、そんな隙を見逃さないあなたの瞳の奥から手が伸びてきて目玉を捕まれ、見つめ合って、一呼吸したら強引にキス。


 そんなキスから始まってセックスしてもなにも変わらないって、ほんと隙即是空。隙見せても、好きは見せない、見えない。どちらにせよ、ふたりは空っぽ。セックスしてもなにも変らないの。なにを期待していたの? 色即是空。私たちには現象は存在するけれど、本質は存在しません。酔っぱらい的羞恥心の基準は、シンプルに性欲に則る。

 まだ待ってる。シラノ・ド・ベルジュラックのように。

「げに某の心は束の間の間も君が御側を離れしことの無きのみか、うつせみのこの世は愚かあの世までも、ひたぶるに君を恋ひ渡る者にて候ぞ、ひたぶるに。」


 ただ抱きしめてくれたらいいのに、傍に居てくれたらいいのに、ただ、一言、「会いたい」って伝えられたらいいのに、それだけ。「ずっとずっと会いたかった。我慢の限界通り越しちゃった」とか、夢に出てきて、続きがみたいから、布団かぶって二度寝して、遅刻してしまうくらい無責任になったよ。ようやくメールが届く。


「二週間後なら会えるかも」
「ほんと? 嬉しい。期待しないで待ってます」
「期待しといて」

 なんてそんなこというから、二週間後。なんの予定も入れずひとりで待ちぼうけ。自分から連絡したくないから、親指から口から膣から言葉が溢れだしそう。「愛している」と「好き」の違いは、ただ「好きで好きで仕方ない」と思えること。会いたいと思えること。愛は責任とか約束とかメールとか、記念日とか、指輪とか、いろいろ付随するものが多すぎる。あたしはなんいもいらないの、ただ、一緒に居たいだけです。ただ、あなたのことが「好き」と思えるのは、ただ本能で抗えないので、何も求められない、ただ食べたい飲みたい入れたい眠たい、それだけ、シンプル。只、ロハ。
 

「今日どんな感じですか?」、待ちきれなくて一発メールする。

「今日? 今日は無理だな。明日なら大丈夫なはず」

 返信できなくて、自転車に乗って街を徘徊する。気づくと銀座八丁目並木通り午前一時。クラブ上がり、打ち捨てられた花たちが道路に横たわって、行き場のない雄蕊の花粉が道路を蹂躙している。

 あなたは私との約束さえ、覚えてなかった。


【日常】


 もう煮ても焼いても食えないなら、敢えてナマで具してやる。それでも放置するなら、そのまま栄養満点の発酵食品になってやるわよ。据え膳食わぬは男の恥。嘘はオンナのはじまり。腹決めて喰らわんかい。「バカ」とか呟くと、カワイイだろ。今日は会えるというから、午後九時から待機。恵比寿、地下のバー、コーヒー待機待機待機ジンリッキー待機待機ジンリッキー待機。濁った大気のなか、煙草の薫りや酒の匂いが、ねっとり肌に吸いつく。連絡来ず。

 あたしなんて、打てば響く女なんだよ。そんなの掃いて棄てるほどいるって? ですね、はい。杯を乾かしたら燃え尽きて灰になり廃棄される、そんなハイな三段活用。


 帰宅しました。今日会社を出る前にコンタクトケースまでもクラッチバッグに忍ばせた功罪。しかし無料デリヘル、営業かけて無料サンプルばかり。
¥¥¥交通費込みの無料デリヘル、本日も開店休業¥¥¥。涙目でイエイ。


 あなたと毎日一緒に居たい、毎朝おはようって言いたい、離れたくないの。結婚したいわけじゃないんだけど、でも結婚して「帰ります。じゃあね、バイバイ」って言わなくてよくなった女友達に、心底嫉妬する。今度いつ会えるか、連絡来るかとか、まだ一緒に居たいのに、タクシーを勝手に止められてひとりで乗って、泣きそうな気分にならなくていいの。恨めしい、羨ましすぎます。売って飼われてバイバイの関係だからしょうがないんですが。


「サヨナラ」だけが人生なの? 

 簡単にできることは、しちゃいけない。心を許すこと、体を拓くこと。やっぱり、こういうヤリマン女子が恋をするなんて憲法違反なのかもね。男女平等条項の第十四条と第二十四条に違反している気がします、なんとなく。生勃えで熱めくこの淫らなカラダを、いつでもあなたのためだけに提供してあげているなんて思わないでよ。ナマだけ定評なあたしじゃないんだ。ただ会いたいだけで、ほかには何もいらない。あなたの首根っこを摑んでしまえない辛さを託つ。動悸しながら待ち続け。


 十代の時から比べたら、もちろん諦めなんて学びましたが、ただ、もうちょっと甘えて遠回りするんです。ただ、あなたの目の中に私を入れたいだけで、すこしでも会って欲しくて。連絡来ないかな。あれほど、うまく、きれいに抱いてくれたのに。あなたがぐにゅって入ってきて、腎臓の後ろのほう、奥の奥が答えた。言葉を発する口よりも雄弁に、カラダが鳴いた。心が堪えた。声が解した。それだけで、よかったのですけど。


 だけどね、生まれて初めて激しく下から腰を振り狂ったあたしは、あなた仕様にカスタマイズされていく悦びを感じた。突然ジムでヨガをしているときにも、いきなり思いだしてしまうから突然子宮が突き上げられて行く感覚が蘇って、震える。痺れる。会いたい。今すぐ、会いたい。ねえ、どんどん女のカラダを開拓していく歓びを、あなたは感じてくれている? そんなの色んな女にしただろうけど、もっと、もっと、もっと奥までヨガって、ゴーウエスト。開拓者精神上等。ヨガする女って、睡眠時間のほうが大切だからセックスしないし、してもつまらない正常位しかしないイメージだったけど(失礼)、いろいろとつかえるポージングが多いことに気付きました。大開脚の大車輪。てへ。お望みならなんでもいたします。でもあなたとはあまりにも良すぎて、シンプルに正常位のままでいい。つまらなくないの、ググっと詰まってくる。


 でも私たちは、ひたすら本能→形而下→モノ→性欲の話。そこにはなんの観念も存在しないのです。脳みその扁桃体(イエス本能、ノー理性)がもつ機能の衝動だから私が「大好き」ってさりげなくやっとの思いで言うのは、性欲を供わない形而上(大脳新皮質→セックスしなくても満足する愛→神に捧げる愛→アガペー)的な愛を求める女に成り下がってしまっているので、レッドカード。形而上的愛を求め始めると、結婚式場へまっさかさま。愛して欲しいなら四の五の言わずに、さっさと退場しましょう。形而下の俗な性欲だけに塗れた男女でいればよろし。


 愛情表現なんてして、へたに「大好き」なんてアホなことを言ってしまったら終わりと肝に銘じましょう。


 ずるい女好きサルトルと、分かったふりしてイイ女を演じ続けたボーヴォワール。完遂することに意義がある、このゲーム。モノとして求められたらモノとしての役割を果たすしかないのです。モノになりきれないなら、さっさと家に帰って化粧落として半身浴してストレッチして造顔マッサージでもして、寝るべきなのです。二十代女子の夜の過ごし方の典型に則るべきです。


 だけど困ったことにあなたのアトリエのある駅、恵比寿にいくと背筋伸ばして歩いたり、必要以上に遠回りしたり、ただもうハムスターのようにカラカラ空回り。そんなかわいい自分が嫌いじゃないのに、かわいい私を知らないあなたをもっと嫌いになってしまって困るんです。会えるかな、もちろん会えないのは分かっているのに、すれ違えるかもとか、まだ私は二十代のかわいい小娘だからそういうところは期待してしまうのです。二十代でも後半のアラサーだけどさ。三十路の手前、手前味噌の淫乱でございます。よろしく。

 セックスしたからって誰も好きにならなかったのに、なんだかここ最近好き過ぎてちょっと甘えてすがりついたら、連絡が少なくなった。それがどうしたという、どこにでもあるお話なのですが。なんて強がりきれなくて、うそ、忙しいだけだよねとか、まだもうちょっと糊代を残したい年頃なので、すみません。


 どうしても会いたくて、酔っ払った勢いで電話しそうになる。会いたいから酔っぱらった勢いを借りるのか、酔っぱらったから会いたくなるのか、私は後者だと思いたい。だから、あなたの電話番号を消しました、酔っ払った勢いで。


 連絡ない人の連絡を待つのはいやなのに、会いたくて待ちまくって仕方ないから酔っ払った勢いで、カ行の小坂さんの電話番号探して「あっ、昨日消したんだ」って気づいてローソンで、たらこクリーム自家製生パスタを買いました。深夜二時、もう誰にも食べて頂けないなら、がっつり食べるよ私。がっつり防衛機制。性欲を食欲に昇華することは可能ってことです。昇華なんて高尚なものではなくて、ただの逃避や置き換えなんだけどさ。しかもこんな深夜ですから、消化さえできないはず。太っちゃう、ダメダメ。乗っかられて足を上げたときに、お腹の肉がみっともない。ていうか、その行為もみっともないんだけど。ていうか、ひとりで深夜、部屋でコンビニ食をがっついている事が一番醜いんだけど。


 今だけ、このたらこパスタは透けて欲しくない。カサカサとプラスチックの容器の中で死んで蠢く鱈の卵たち。


 今月も子宮の中で相手にされずに死んでいった卵が、潤いをなくしてカサカサに乾いた私の穴から、ひたすらドクドクと滑り落ちてゆく。一カ月にひとつの卵、百七十六個目。


 悔しいけど最後にセックスした日を思い出して理会する。私は愛し始めた、愛したから、辛い。誰とでもセックスする女が愛を込めてしまった、たかがセックスに。セックスはスポーツの私のなかで逆転現象。


 ずっとセックスはスポーツだった。でもセックスって『愛を媒体として穴という穴を使って“好きで好きでしょうがない”っていうことを表現するアート』的なモノって、今まで気付かなかった。好きで好きでしょうがなくて、会いたくて会いたくて、ようやく会えたから、体中の穴という穴があなたのためだけに奥底からキュゥウっと縮まって、それでも受け入れて全身が震えてくるのがセックスだったなんて知らなかった。


 だけど大好きなんて絶対に二度と言わないし、言いたくない。この間あなたが私のお腹の上で果てた後「大好き」って言ったら、スルーされた。スルー、こういう便利な言葉があるのね。詳しく説明すると“で?(だから何?)”。

 ご飯に塩を振れば美味しくなるし、保存のきかないフレッシュな野菜に塩に漬けておけばおいしい浅漬けにもなるし、でもナメクジに塩を振れば溶けるし、板ずりすればキュウリはしんなり萎えちゃうし、両刃の剣。あなたにとって、あたしにとって、お互いの塩加減は如何なもの? 萎えさせたくない、美味しくなりたい、あなたへの恋心が募りすぎて、恋して綺麗になってるのか、恋わずらいで窶れてるのか、最早分からぬ。傷口に塩ずり、スルーという名の青菜に塩。


「いま直観で思い浮かぶ四字熟語、ふたつ教えてください」ってゲーム、面白いんだよ。考えてみて。


 私はひとつめが“百花繚乱”、ふたつめが“艱難辛苦”。ちょっと考えてあなたは「ひとつめ、四面楚歌。ふたつめ、我田引水」。


 このゲーム、ひとつめが人生観でふたつめが恋愛観を表しています。あなた……、ぴったりハマりすぎです。誰にも心を許さない、いつも敵だらけなのに、女にはモテるから、女に対して身勝手すぎる。あなたの場合、我田引水っていうより他田我水ね。俺のものは俺のもの、人のものも俺のもの、ジャイアン理論。


 私の人生は百花繚乱だけど、恋愛はカンナンシンク、KEEPのKをNOTHINGのNに変えただけで“なんなん、死ぬ”って関西弁で辛抱堪らんくらいあなたに惚れた私は、寝食忘れてあなたを考えてしまいます。


 他の誰かとセックスしていても、ただあたしをキープしようという姿勢をみせてくれないと、私も頑張れなくなっちゃう。私から連絡しないと、結局ふたりの中にはなにもなかったことになってしまうのが悔しいのです。私から連絡しないと終わっちゃうっていうことを知っている自分が、一番悔しくて悲しい。


 大人になれたらもっと楽なのに。人に期待をしないのが最善策というのを理解しつつある渦中の年齢だと思います。だからどんなに一緒にいたくても「眠い」といわれる前に帰るようにしたり、頻繁に連絡するのを避けたり、「今日無理になった」と言われたら「私も仕事が立て込んでいるので、ちょうどよかったです。また機会があれば」と返信できるようになりました。あなたと会う予定のレストランのウェイティングバーで三十分待って二杯半ジンリッキーを飲んでいる時に。


 こうやって模範回答を習得することで、人は大人になっていくの?

 結構弱かったわ、あたし。百戦錬磨の淫乱だと思っていたし、誰に対してもきちんと万遍なく八方美人だったのに、もう誰にたいしても八方美人になれない。あなた以外から、もう名前を呼ばれたくない。


 ひたすら誰かと鍋つついていても、ほかの男に突かれていても、冷たいくせに優しいあなたが忘れられないの。河豚鍋の後に米じゃなくて牡蠣を入れると出汁が出てまた美味しくて、ほっこり幸せになるから、あなたがいなくても大丈夫って言い聞かせる。恋愛体質のアラサーは、しつこく出来ないの。思い出なんかないほうがいい。そうすれば、あなたのことを考えなくて済む。


 ふざけんじゃないよ。こんな状況にさせといて。責任とって下さい。私の枕から突然あなたの匂いがしてくるから、泣けちゃう、萎えちゃう。あなたからの連絡を待っている自分に気付きたくないし、実際待っているから悔しいし、待っていても連絡は来ないことを知っているから憐れだし、でも一縷の望みを持つ自分が情けなくて、あなたのことを考え始めてしまった後は、是が非でもあなたの残像を打ち消したいから「うちで飲み直さない?」って、誰にでも気軽に据え膳オートメーション化。据え膳食わぬは男の恥、食わすは女の果て。


「そんな女になって欲しくなかった」と、どこからか聞こえる。いいえ、“させ子”じゃなくて“する子”なんです。だからいいの。

 イイ女を気取り続けるなら、いつものようにやることやったら男が目を覚ます前にさっさと帰ろう。私の部屋に五時間以上居座ろうとする男には「そろそろ帰ってくれる?」って帰しましょう。それがルールだろ。都合のいい女で何が悪いの? そっちの勝手に泣く女じゃないから。


 初めて男性にネクタイをプレゼントした。女が男にネクタイをプレゼントするのは、とても意味深だって、なにかで読んだ。ネクタイは男根崇拝の象徴です。

 ただ、なにかあなたの傍に私のあげたものがあれば、私のこと思いだしてくれるかと思って。「これをみたときに、私のこと思いだしてくれる? 」なんて聞いてみたい。「こんなものなくても、いつも思いだしているよ」なーんて、そういうこと言ってくれるわけないよね。「ありがとう」、終了。ああ、泣きそう。


 初めて誰かのものになりたいと想った。心底願った。あなたが私だけのものじゃなくてもいいから、私はあなただけのものだって、お願い、受け入れてください。もうやり切れない、やり通せないイイ女。高校生のころよりも純粋に素直になっているアラサーの自分が、笑える。そんな私自身が愛しくて、抱きしめてあげたくなる。人生で一番純粋に人を好きでいる藤村気分。人恋ひ初めしはじめなり。

 あなたとベッドの上でじゃれあっている時って、二人が蝶になっている気分。あたしの手が羽になってあなたを愛でる、撫でる。小さかった頃を思い出す。誰も邪魔しなかった。小さくて、獰猛だった。いまはあなただけです、欲しいのは。欲しい、だから求める。なんでも、する。面倒くさいことは何もないから、させて。あなたの眼の中に私がいるというだけで泣きそう。必死であなただけを見る。あと何時間か後にはいなくなるのが耐えられないから、どんなにあなたの羽が動いていても、その堪えられない快感にも、目なんかつぶっている暇なんてない。あれほど寂しくて辛くて会いたかったことなんて、絶対に言わない。蝶のセックスって、まだ上げそめし前髪の頃のたはむれ。あなたの上に乗っかって仰け反りながら、前髪をかき上げる戯れ。あなたのためだけに戯けを尽くす。それなのに悪い蝶が跳梁跋扈しているから、ひらひら誘いに乗って毎日飲み潰れてしまう。あたしは、あなたの誘いを待ってる、でも夜ひとりはいや。だから誘われたら断らない。あなたの誘いがあれば、全部ぶっちぎってあなたに向かう。でもあなたは、私が誰と、どれほど飲んだくれていても、平気、誘ってもくれないし。いちばん悪い蝶は、あなた。

 せっかくの週末なのに、あなたのきまぐれに賭けて、なんの予定もいれなかった。今までは同じ日にダブルブッキング、トリプルブッキング、クワトロブッキングなんて粗だったのに、ひとり週末なんて、記念日にしたいくらいエポックメイキングなことなんです。ひとりでシェイクスピアを読みながら、心がクラウチングスタートに入っていて、いつでもあなたの呼び出しがあれば出向こうと、ドレスアップ・メイクアップのフル装備。でもまだ待機してます、日付は変わってしまったけれど。いつも待機。どうしてこんなに泣きそうになるの? ずっと物分りのいいオンナのフリをし続けたほうが、ねえ、好き?

 シェイクスピアの「十二夜」、女の愛は食欲に似ている、口寂しいだけのことだ。

 ちょっと待ってよ、口寂しくて何がいけないの。口寂しいから、喋って、味わって、頬張って、吸って、舐めて、締め付けて、啜って飲みこんで、全部男のためにしか使ってないでしょ。

 ひとりでベッドに倒れ込めなくなってしまった。ひとりで寝ることができなくなったことに驚愕。誰かおねがいだから、傍で寝息を立てて。それだから、また酒を呷って静かに寝ようとするのかしらと思いながら、河島英吾かよ。泣けない女が泣きそうな顔で好かれたいと願いながら、心殺して、心苦しくてもあなたの前では微笑んだ。でももう、いいでしょ。

 般若に変化し、憎しみの眼光であなたを射抜き、それを貫通させて致命傷とし、私は致魂傷で死に続ける。何度も生きてきたこの魂を終わりにさせて。きっと周りでは致命笑。あなたからの連絡を待ち続け、血液の中にあなたが入り込んだかのようにもう無理なんです。お願い、どこかへ消えて。楽にして。部屋を無駄にキレイに掃除してしまう毎日。ただ、気まぐれで構ってくれたのね? そんなの気付かないふりをしてればあたしは天国に居るみたいに、もちろん一緒に居れば尚更だけど、ただ想うだけでずっと天使みたいに微笑んでいられたの。

 異性をイチイチ相手にしていたら身が持たないし、異常に警戒して市井の人々は相手にしませんし、恣意の解釈は慎んでいます。だけどあなたの匂いがするたびに、あなたのことの言葉をふと思い出すたび、近くであなたの車のエンジンに似た音が聞こえるたびに、キョロキョロと猿人のように反応してしまうのです。

 だから携帯電話って罪。発明したの誰? クリスマスツリーの前と後ろでお互い二時間半待っているとかいう、八十年代のトレンディドラマみたいなすれ違いのオシャレさも、期待感もゼロ。携帯電話が鳴らないというのは、あなたの中に私は住んでいないということとイコールです。期待込みの想像力も入り込めないシンプルさが、心を抉る。だから何も考えたくなくて、泣く。

 思考停止させ、ヤルかネル。

 「あなたじゃなきゃダメなの、あなた以外はもう興味ない」とかいっておきながら、昨日も他の男の下になっていたくせに。違うの、あれは違うの。何が違うのよ。あれは、男根を使ったマスターベーションなの。他の異性とセックスしないことが愛だなんて、男の論理。女が誰かれ構わず色んな男とセックスしていたら、自分の遺伝子を残してくれたかどうかが分からなくなるからじゃないの? 絶対そう。だから夜のことは大目に見ていただいて、昼間にずっと想っているほうが愛だと思う。深夜、酔っぱらって会いたいと電話してくるクズは、無視。でもそんなクズは、私。酔っぱらって人恋しくなっちゃって会いたいって誰かに電話する。でもいちばん会いたいあなたには電話できない。

 心が痛くて仕方ないからこの気持ちを聞いて欲しいのに、我儘言えない。言えないことも、聞けないことも多すぎる。腹で腐乱していくこの無垢な気持ちが殉ずる病葉に犯された、熱く湿った情けない糜爛な欲望。

 そういうのを韜晦し続けなければいけないあたしは、何が本質とかそういうくだらないことには興味がなくなったの。自分探しなんて、自分なんて持っていないアホが何を探せるんだろう。カルテジアン、デカルト主義の、資本主義の寵児だから。ただ、シンプルにあなたを幸せにしたくてちょっとでも笑わせたくて、色んなネタを仕込む。時事、ファッション、グルメ、下ネタ、出来ればテクニック、閨房の秘事。あなたが眼鏡美女を好きだって聞いたら、似合いそうな眼鏡を店頭で必死に探す。とても、やりきれない。あなたは遠すぎる。自分が一番好きで、いつまで経っても遠すぎて手の内もみせず手の打ちようもない男に、本気で惚れたら? 


 似合いそうな眼鏡、探すしかないんです。飽きられないように、一キロでも太らないように、ヤリたくなる女でいる努力をするしかないんです。私を見たときに、あなたの目の奥に一瞬だけでも性欲がチラつくだけで十分だから。でも出来れば私といないときに、ちょっとでも思い出してくれたら、泣きそうなくらい嬉しいんだけど。でもそれもどうせ結局あなたにとっては刹那で、私にとっては糠喜びの自滅。一緒に死んで。糠に釘、暖簾に腕押し、むしろ焼け石に水、なお悪い。

 あなたみたいに武骨でサムライスピリットを持つ男、所謂、女なら誰でもいい(語弊)に、惚れたハレたの大騒ぎ、せつない気持ちを隠し続けるのも大変なのよ。ええじゃないか、ええじゃないかと街中を練り歩きたい心持。昔から大義と世直しがかかれば、女はパセリ的役割ですもの。女の為に腹切りを思いとどまったサムライなんていない。そういう男の“菊と刀”を理会しながら乳飲み子を抱えてひとりで踏ん張るのが、女の勤め(語弊、もとい矜持)。

 だけどいま、夜にセックスするだけじゃなくて、あなたと一緒にふたりで晩御飯の買い出しがしたい、そんな夜直しが私の夢。「レタス、高すぎない?」とか「これ美味しそう」、「お前、これ嫌いだろ」ってカートに入れてもらうとかそれだけなの。料理はかなり得意だけど、他言無用、誰にも作らない。男のハツを掴むより、ガツを掴む方が得意。料理を武器にして胃袋だけでも掴みたいくらいだけど、あなたは私に関心をもってくれない。

 今日もようやく会ってはくれたけれど、遽しく目合う。しろいおなかにしろい精子をのっけて砂浜に打ち上げられたクラゲみたいに骨抜きになっているあたしを見下ろして、「俺の右に出るものはいない」なんて勝ち誇ったように言わないでよ。そのままずっとあたしの上で調子こいていていいから、ほかの女の影を見せないで。ほかの女と、こんな風にしていると思うと、気が狂いそう。裏切られないためにちょん切ってやりたい。愛し合った結果にちょん切った阿部定とは違う悲哀、いや、悲愛、愛に非ず、非愛。でも今日はこんな風に気まぐれに会ってくれるのね。だからあたしは気まぐれを愛す。


 液体まみれでびしょびしょの骨抜きクラゲになっているあたしを見下ろしていたあなたは、突然あたしに跨り、あたしの足を一気に自分の背中まで持ち上げてそのまま突っ込んだ。「みせてやる」。視線が泳ぐ。あなたのお尻、お尻の穴、あたしの穴とあなたを繋ぐ橋渡し。「ほら、みろ」。“もう堪忍、堪忍や”的状況のなかで、あなたが子宮に染み渡る。こんなこと誰もしないよ、するわけないか。いいんです、誰もしてくれなかったことをする人は、ノーリーズン優しい人なんです。ノータリンなあたしは世界で一番幸せな女なはず。


 今日も、子宮を気にしながら、歩いています。女はいつも不安なんだよ。オトコは勢いの出しっぱなしでいいけど、女はモーニングアフターピルを飲むべきかとかさ、生理が来るまでは不安で、余計にあなたを考えて赤面しちゃうだけです。世話ないでしょ。


 精子は約三日間子宮で生き続けるって聞いてから、愛の結晶なんて、そんなもんじゃないって分かっている、でもただあたしの愛するあなたの性欲の残滓が子宮に留まってくれるのが嬉しくて、お腹のなかに三日間はあなたがいると思うと寂しくないの。「ひとりじゃないって、ステキなことね」なんて、天地真理の『ひとりじゃないの』を歌いながらスキップしたい。ポール・オースター的に連想ゲームが始まって、あなたとの時間を反芻する。


 「他の女で忙しいわけじゃないんだから安心して欲しい」。店を出てさっさと歩き始めたあなたの後ろ、帰ったほうがいいのか、付いて行ってもいいのか逡巡して三歩下がる私に「おいで」、その一言がどれほど嬉しいか知らないでしょ。いっぱい突いてください。あなたの言葉は全て忘れられないのです。私のことを「腐りかけの桃だな」なんて、どんだけ落としたいの、テンション。賞味期限は切れたってか、怪訝な顔の私にあなたの説明は秀逸、落として上げる頭脳戦。甘そうに見えて、今この瞬間に食わねばという旬を持つ“危さを秘めた美味”。ぐじゅぐじゅした桃に指を突き立て散々凌辱し、徹底的に味わっておいて、愛のないセックスなんだったら、自分のことお金で買われた女だと思いたいから、百九十円だけください。電車動いている時間に帰さないでよ。恵比寿までの交通費、日比谷線。

 でも神さまは味方してくれません、いつも。付いて行って着いて突いたら「じゃあ、帰るね」って強がり、矜持、涙目。この子宮になにがいるっていうのよ。ただの滓じゃないか。


【待ちぼうけ】

 今日、連絡してくれなかったっていうのは、こっちにとってみれば大問題なの。一回でいいから、今日はあなたのほうから連絡をして欲しかったの。十九日前に会った時「今度はあなたから連絡してください」って言って「ん、分かった」と言って別れたから、絶対に連絡してくれると思っていた。今回だけはどうしてもあなたからの連絡に賭けて、二十四時間ひたすら待っていた今日という日。ちょっと甘えて気まぐれに電話してきてくれるかと、いつものように待機。でも、連絡ないってことは、私から連絡しないともう会わないつもりだったってことだよね。自分から連絡しないと終わっちゃうって知っていたけど、一縷の望みを託して、連絡を待っていたの。恋愛中ってひたすらポジティブシンキング。だけど全部シャドーボクシング。それって邪道ボクシング。


 でも、もうしない。絶対しない。してやらない。というより出来ない、あなたの連絡先を消したから。何回消してんだろうって泣きそうになりながら、強制的に強がれるようになりました。自分から連絡できないようにしたから。永遠に待つしかないから。誰かのことをこんな風に待ったことなかった。待つ女は馬鹿だという風潮、昨今。


 曰く、“男は待たれるのを負担に感じます”、“彼といなくてもあなたが活き活きと人生を楽しむ姿に、彼はあなたのことを惚れ直すのです”、“待っている間に自分磨きを頑張りましょう”、“待つ女ではなく、待たせる女になりましょう”などなど。気にしない。ほんとに待っているんだもん。


 だけど毎日会いたい、でも、しつこいと思われたくないからセーブする、きれいな女だったら、だれでもいいんですか? 好きですから、毎日、ううん、毎秒考えてしまって、あなたじゃないといやなの。腹黒い私がここまで思っていること、あなたが知らないことが悔しい。あなたは私のことを電話好き、メール好きだと思っているかもしれないけど、あなたにしか電話しない。メールしない。


 あなたにはこんなに従順でエンターテナーでしょ。笑っていて欲しいから、笑顔が見たいから、なかなか見せない聞かせないその笑顔を、笑い声を、聞きたいのです。私のこと口説いて来といて、連絡してくれないってどういうこと? 惚れた弱みなんて、紀貫之じゃないんだから。


 惚れてしまったから、メールも電話もしたいなと思って、あなたからの連絡を待てないから苦労している、すっごく。あなたの連絡先を消しても、覚えているんだから世話ない。携帯からも心からも、消去不可能。


 だから今日もやっぱり自分から連絡して、会って頂いています。十九日プラス一週間我慢して、もう恋愛の駆け引きはしません、女のプライドゼロ。まいど、おおきに。私は、あなたとあと百七十八時間くらい、ずーーーーーっと一緒に居てみたいのに、帰さないで、こんな深夜に。


 イイ女ぶって、さっさと帰る。身繕いがこんなに早くできちゃうなんて、罪な習慣。


 あなたの家を出たら、雨。身繕い早いけど、パンツもブラもストッキングもバッグの中。体裁整えて、コートだけ着たの。素足に雨が降れそぼる。あたし、容姿も乱れ色気もクソもないけど「春雨じゃ、濡れてまいろう」なんて凛として、言ってみる。コメディ。

 氷雨は百代の過客にして、行かうタクシーも又旅人也、ってか。

 春はもう過ぎ去った。瀟瀟と降りそぼる雨。雨の数と同じくらいのタクシーが行きかって、乗らざるを得ない状況也。私はまだ余韻を楽しんで、雨に打たれていたいのに。こんな月形半平太、泣いていても誰も気づかない。

 バッグに入れている永井荷風の『濹東綺譚』を思い出す。「檀那、そこまで入れてってよ」。傘をさしかけた“わたくし”の傘に突然女が、白い首を突っ込んでくる。真似して口に出してみる。


「じゃ、よくって。すぐ、そこ」。

あたしの底はここ、すぐそこ。


【長すぎ。もうすぐで終わるよ】


 日中、取材に急ぐ青山で一瞬あなたかとおもって、心臓がえぐり取られるような衝撃。他人の空似なんて、ほんとハタ迷惑。空とかほんっといい意味ないじゃん。空似、空振り、空情け、空々しい、空念仏……と漢字にまで八つ当たり。空っぽの私の頭上に広がる空を仰いで、呼吸を整える。なんだこの乙女チックな展開は。

 人は誰でも自分の映画の主人公、人生唯我独尊、おのが主演作。あなたとダブル主演でいたいのに、あなたにとって私はエキストラ。これでもいい仕事するんですけど。せめて日活ロマンポルノ、とりあえず汁男優でもいいから祭り上げられたい。


 ひたすら書き綴る。想い綴る。乞い綴る恋。あなたのことをこんなに愛してしまっていることを隠さなければ続かぬ関係なので、イイ女を気取り続けなければいけません。かなり情けない負け戦。実は毎日会いたい。毎日会って、飲んで食べて話して笑って触って、入れて。だけど、本当に蛇の生殺し。


 表皮全部をあなたでいっぱいにしたい。空気に触れる場所がないくらい表皮を覆ってください、それだけ。そのためだけに高いボディクリーム買ったり、いままで興味なかったペディキュア、気にしたりしてるの。寝転がって足の裏であなたを撫でたりもするから、体中つるつるにして足の裏までボディクリーム塗って、ジムのパウダールームで滑って転んでお尻をしこたま打ったのも、愛。


 これほどあなたの事を考えて想って、連絡を待ってしまって、フェミニズムの授業では四年間Aをとっていた自分が笑えます。授業では教授と同じくらい発言しまくって、丁々発止だった私、あなたのために生きているけど笑止。いつでもどこでもあなたに会いに行きたいの。三歩下がってついていきます。突いてもらいます。泣きそうなくらいあなたからの愛に期待なんて出来ないから、とりあえず、あなたが指定した場所に飛んでいくだけです。
あなたのことばかり考えていると、いつも口がヘの字になって泣きそうになる。だからあなたのこと考えなくていいほど美味しいものを食べさせてくれる誰か、懐具合を気にせず泥酔できる相手のスペアはたくさん作っておく。
有言実行、泥酔して、そして朝。よかった、あなたのことを考え過ぎないでいられた、とりあえず。


 あなたのことを考えないように鍛錬して、自衛隊員のように並々ならぬ努力を重ねて(主に泥酔。被害:携帯電話いくつか、財布ふたつ、iPadひとつ、シャネルのグロス三つ、ボッテガクラッチひとつなど)、あなたのことを考えないようにする。それはそれで寂しくかったので、悲しくて堰を切ったように思い出す。怒涛の思い出溢れ濁流にのまれ溺死。清濁合わせ飲み、泥酔して、匍匐前進で寝床へ潜る。


 「今までずっと恋愛中は駆け引きしかしなかったんですけど、もうやめたので我慢せず“会いたい”って言ってしまうかも、でももう恋の駆け引きはしたくないです。大好きだから」

 なんてあなたに決意表明して、半年。半年前の私が間違ってなかったことを発見する猛夏。恋の駆け引きはしないとダメ、絶対。素直になると、手の内見せちゃうと、男は安心して女を大切にしない。ほっといても、まああいつは俺に惚れているからって思わせちゃう。いつでもセックスできる女は、それがどんなにイイ女でも、誰がヤリたくなる? 古代からの狩猟の喜び、現代のゲーマーの攻略の喜び、世代を超えるミステリアスなものに対しての思慕。それを満たせないなら見せちゃだめ、真心、山口百恵的“女の子の一番大切なもの”。


 会いたいよ、誰が目の前に、隣に、上に居ても、もうあなた以外の人とはダメだな。


 三段階ある快感の場所、クリトリス、Gスポット、ポルチオ性感帯の最後は、痙攣。入れられた瞬間から。この息を潜めて待つ瞬間。あたしはこの一瞬の時のためだけに生きている確信をあなたを入れていないときの私は、思う。


「ちょっと来い」。

 あなたがお風呂場から呼ぶ声がする。「来い」だなんて犬や猫じゃないんだから。今時分、犬さえ来ないよ、猫と女は呼んでも来ない、呼ばないときにやって来るってボードレールも言っていたでしょ。でもあたしは、いい返事で「はい」。なんていうか、「来い」の一言に自分に尻尾ついてたっけって錯覚してしまうくらい、ちぎれんばかりに尻尾を振って、四足歩行並の速さ。人間だもの(みつを?)、二足歩行で飛んでいく。


 脱衣所からお風呂場のドアを開けて覗くと「脱げ」って言われるの知ってる、人前で裸にもなれなかった私が一張羅、ラ・ペルラ(ブラとショーツのセットで七万円)の下着をはずして素っ裸になる。これ、言っときますけど脱がしてもらうための下着ですから。だけど言われる前にやる、これは社会人としての基本です。恐る恐るドアを開けるのですが、恐る恐る入るとお腹の柔らかい脂肪が皺になるから、胸を這って姿勢をまっすぐ、脂肪の皺を正して入っていく。「動くな。立ってろ」と言われ、バリカン片手なあなた。


 こんなに言いなりでいいんですか、あたし。言いなりになりたいあたしと、そんな女はポイ捨てされると知っている私。打てば響くような女が懸けた真心と、吹けば飛ぶような駒に賭けた命と……村田秀雄とあたしは一緒。笑わば笑え。

 心の底から、会いたいと思える相手があなたなんだよ。体が会いたいって思わせてくれるセックスの巧い男はいたけど、朝も会いたい、一緒にお酒じゃなくてコーヒーとか飲みたいって思った。ソフトドリンクでいいんです。水で上等。あなたは私のことなんてただのデリヘルくらいにしか思ってないだろうけど、気持ちよくさせてもらってるのは私。あなたとのセックスが誰よりもいい。色んな男とセックスしてきたこの人生で、あなたとだけ出来たらいいなって。すぐに、すぐ、あった瞬間から入れて欲しいの。濡れてなくていい、ゴリゴリ、パサパサでもいい、すぐ入れて。むりやりでも入れて突いて。

 そういうことばっかりメスは夢想するの。ただ恋しい、身体がなのか、脳みそがなのか、もう分からない。

 あなたに言われたことを、度々反芻する。


「君は神経質だな」。

 こう言ってやればよかった。言いたいことは後になって気付く。

「みんな、私ほど無神経な女見たことないって言うよ、いっつも。あなただから神経を使っているんだよ。あなただけに神経を使って生きてるんです」。


 それで、見てみぬふりが得意になりました。我儘禁止。不利な不倫になりたくなくないのです。既に不離。

 小坂さんはナマものを注文してはくれます。マトウダイにその肝入りジェノバペーストをかけた今宵の一皿。マトウダイの肝ってフォアグラみたいで美味しいんだ。わざわざ個室に案内するお節介なカメリエーレの肝煎りで始まった今宵の晩餐、あなたを飽きさせないようにペラペラ喋る、キャッキャはしゃぐ、ゴクゴク呑む。フォークでひよこ豆たちをシャベルのように掬ってモグモグ。あなたはマナー上、電話がかかってきても出ようとしません。マナーモードだって聞こえるんです。ブーブーブー。その時電話に出ないくせに、三分後には携帯を持って、どこかに行ってしまうのは、マナー違反。フォークをサーベルのように使ってひよこ豆を突き刺す。ブス、ブス、ブス。いま私は不細工な顔をしているだろう。男の愛に満足していない女の顔は不機嫌にむくみはじめる。ようやく帰ってきて、あたしにデザートを頼もうとするのね。甘いものは嫌いだってば。


 二軒目。人通りの多い槍崎交差点の夜カフェにふたり座っていると、スタイルのいい美人が通り過ぎる。きれいな人があなたの目の前を通り過ぎるたびに泣きそうな気分になるの。お願いだから美人たち、今だけはこの界隈から消えて。だから、美人、ほんとあなた美人なんだからミニスカートとかマジで履かないで。美人で美脚、とりあえず、ここを通らないで。通行禁止の関所を作りたくなる、心底。きれいな人が通って、あなたの目が追いかけるのを見たくないの。あなたの追いかけている目を見るのが辛いの。「あたしに会いたかった?」とか、冗談めかして聞きたいけど、聞かない聞けない聞きたくない。男に質問しちゃだめだって経験則。一番聞きたい「私のことちょっとでも好きですか?」、一番聞けない。一緒にいないときに、私の事を考えてくれますか? 私の声を思いだしてくれますか? 

 この宵、久しぶりにあなたと心地よく酔っ払って、舞う霧雨に翳す掌、袖を引っ張る私の親指人差指、唯一の我儘。


 あたしの神通力が降らせたこの遣らずの雨、空、グッジョブ。悪口ばっか言っててごめん。手近なウェスティンホテルのヘブンリーベッドで同衾、遣る。なんで今日はアトリエに連れ込まないのか、そういうのも聞かない。手近、身近、コンビニエンスな女は、受け入れるだけ。いらっしゃいませ、ありがとうございました。またのご利用、お待ちしております。

 いずれにせよ、目の奥の液体は出さないようにする。こんなの武器じゃねえ。なのに、メソメソほろほろシクシクぽろぽろ。しおらしく、鼻をすすってみる。恋をすると女は女優になるのだ。優れた女になるのだ。

 なあんちゃって。そういうことじゃなく、優しい女と書いて、女優。あなたの為に、ただ受け入れるだけの優しい入れ物で、居たい。

 絶対泣かねえ。あなたの為に泣くのは慣れ過ぎた。“人の為の善”で偽善なら、人を憂うのが優しいわけで、ただ心が鳴いてしょうがないの、一緒にいるからこそ。明日午後あたり、電話入れるくらいのことはして。いつも連絡してくれないから、ほかの男の下で目を瞑ってあなたのことを考えていたのを気づかれているのかと不安になります。乱歩じゃないんだし、なんで、闇に蠢いてんの。もしくは、たらこスパ?


 起きているのか寝返りなのか、息を潜めてあたしは待つ。あなたが無意識にでもこちらに向き直して、抱きしめて、とりあえず耳朶に触れるか触れないかのキスをしてくれないかと。待てど潜めど、待ちキス来たらず、従容として床に着く。

 そういうわけで(どういうわけだ)、私はあなたに気を遣って、朝六時に揺さぶり起してチェックアウトを急かしました。いつものように私だけ消えようと思ったのだけれど、九センチのヒールを履いて、後ろを振り向いたら、帰宅第一。今日は寝過ごしちゃだめな日でしょ、小坂さん。寝顔がかわいいって罪。

 昨夜ふと丑三つ時に起きて素っ裸でおしっこしてきたら、あなたは目を覚まして「見ただけで立ってきた」っていきなり後ろ手に押し倒して、差し込んでくるもんだから、もうそこはダメなの、どうして直球でソコを突いてくるの、もう。やだけどやじゃない幸福な降伏。ずっと我慢してたの、あなたのこれじゃないとダメなの。とってもよかったので、ちゃんと起こしてあげる。

 あなたの奉仕に対して、優しさのまっとうな行使。

 二人で外に出る。ホテルのドアを開けてもらって出るなんて、死ぬほどこっ恥ずかしい。みんなどうやってこなしているのかしら。まだ雨がちらほら。「檀那、そこまで入れてってよ」、あなたの目を見て言ってみる。雨は地上から悪いものを蘇らせてしまう。


アカシアの雨にうたれてこのまま死んでしまいたい
夜が明ける日が昇る 
朝の光りのその中で
冷たくなった私を見つけて
あのひとは
涙を流してくれるでしょうか

 『アカシアの雨がやむとき』なんかを口ずさむあたし。小坂さんは、気にもせずタクシーに私を押し込む。タクシー、二台かよ。身体交感したのに、心胎交歓ならず。精神性の高いキスも有り得ず。十秒くらいで終わるチンパンジーのセックスみたいな愛。チンパンジーになれたら楽なのに。タクシーで泣かなくて済むのに。チンパンジープレイ出来るように精進します。

 『キス・kiss』ってね、『至福・bliss』の韻を踏むべくして二百年前の英詩人バイロンが考え出した言葉って習ったのに、こう等閑にされちゃあね。あれ、おざなりだっけ?


 しょうがないから、とりあえず帰って朝っぱらから山口百恵を聞きながら、昨日のことを書き殴る。


 あなたの心が欲しいわけでもなく、あなたが欲しいわけでも、あなたを子宮に残して置きたいわけでもなく、きっとなく、是非ともなく、ただ単に毎日あたたかいごはんを、おいしいねって一緒に食べたいだけです。そういうこと、誰にいえばいいの、お母さん。


 でも、また会ってくれるのね。愛情ではないとしたら情なのか、憐憫なのか、穏便に済ませたいのか、ただちょっと素直すぎます。こんなワガママいわない私をヘビーユースですか、再び。今はただ、あなたの慰みモノです。ただのロハの慰みモノです。ロハです、負担になら“ぬ”よう、ただのロハスです。“ぬ”がテーマ。それが慰みモノの役目だもん。上目遣いで見て、じっとあなたを見て、ふふふ、とかわいく微笑む。ふふふ、不ばかりが並ぶ。不不不、「ず」ばかり並んで、ずるいずるいずるい。どうしてこんなになったのか。ただの慰みモノ。これも、偶然に必然、使命です。イイ女といわれても、ただの慰みモノですから。ただのおもちゃになりました。そんなに私のおでこにテイクフリーってかいてあるの? 


 女は男にお金を使わせないとダメだと、先輩が言っていました。使ったお金と男からの愛情は比例するんだって。お金を使えば使うほど、男は女に執着する。それなのに私はタクシー代さえも固辞して、それが愛や礼儀だと思っていたけれど、相手には通じません。



 質より量が、量より質に変質したところで、二十代後半の加齢を感じました。いままではなんでも気持ちよかったの。いくら男が自分にお金使ったかで愛を測る二十代前半の女の子。いくら使ったかでオンナは男を評価する。連絡する。大切にする。「会いたい」って言う。化粧品や靴の減価償却をしたいからね。ほんと、男にお金を使わせないと、女は絶対に大切にされないわ。男は女に使った金額が大きければ大きいほど、執着度合いも増す。いや、執着する女にこそ使うのかな、再び鶏卵理論。


 でも、もういくら使っていただいても心は動かない、笑顔も出ない。ただ、あなたといっしょに居たいだけで、これほど痛い女に成り下がる。奉仕、行使、投資の三段活用。優秀なデリヘル、無料配布、プライスレス。
せっかくの土曜日、四時間くらい寝て目が覚める。しょうがなく朝六時に、ひとりでおにぎりを握って食べてまた寝ました。ちゃんと鰹節を削って天然かけ醤油をかけておかかを作って、おばあちゃんの梅干し。天気が良すぎるのに、エリック・クラプトンを聞きながら。太陽がもったいない、ロハスじゃない。ロハなのに。同類の泰然とした太陽を敬いながら、ベッドの中でモグモグ食べて睡魔降臨。でも素っ裸で毛布が気持ちよくて外気に負けないようにくるまって、あなたのカラダを思い出しながら、カラダをくねらす。腰骨は自慢。今日もはみがき、ムシっちゃう?


 十時間半寝ました。もう西日。体中が焦燥に駆られ、シャワーを浴び始めました。そっと陰毛を触ってみる。


 バリカン片手のあなたに、お風呂場に呼んで剃られた、この毛。ハート形。嬉しくておかしくて笑っちゃう。ハート形陰毛。


 オマーンの香水、アムアージュを部屋中ににシュシュシュシュシュシュとすると、おでこの生毛がそのこまかいこまかい滴を、受け止めてしまって、しかも西日まで受け止めてしまうので、きらきらしてしまうので、あたしはそれを、見せびらかしたくてしょうがない。すごく、美しい。


 今日は排卵している気がする。排卵日、私は一日中眠くて、寝てしまう。排卵しても、相手にされないことに目をつぶって無視しようとする防衛本能なのか。ただ、寝る。


 今日もやっぱり連絡は、こない。毛が伸びてきているの、はやく剃ってよね。


 他の男から、飲もうよ、という連絡。男の人の愛情を感じると気持ち悪くなる。むき出しの性欲を愛情という薄い薄い糖衣でくるんでメールで差し出してくるもんだから、食べるふりして飲みこまずに吐く。


 化粧を落として、心も素っ裸にさせて頂きたいよ、そろそろ。何も考えず、走ってあなたに抱きつかせてください。何もなくていい、お金も愛も何もなくていいから、着衣のままで本気のキスがしたい。嘘じゃないキスがしたい。なのにどうして、また脱いでるの。どうしてって、そうすれば誰かは傍に居てくれる。


 気にしてないから、連絡して。考えないから会って。会いたくて会いたくて会いたくて死にそうなの。愛してしまったの、心から。いつか、いつか、なんて考えるから追い込まれて苦しいんだね。ただ、悔しいから小坂さんには本当に自分から連絡したくないの。一カ月も連絡してこない男っている? 


 サマセット・モームがいいます、最も長く続く愛はそれが決して愛し返されぬことである、と。愛し返されないから、あたしはこんなにあの人を想い続けて、そしてそのために、誰かを同じように泣かしている。でも愛し返されないから続く愛って愛なの? それってただ相手を美化してるだけの恋、いや、執着じゃないんですか。


 知っているから、考える必要はないの。考えたら、いやになってしまうかもしれないから。いやにならないって、それも知っているから。そんな弱い自分がいやだから。酸模坊。なんだか昨日から吐き気がおさまらない。もしかして死ぬのかしら。アカシアの雨じゃないけど、泣いても探してもくれない男に効果はない。


 一緒にシアワセになりたいのです。誰かに挑むような恋愛はしたくない。愛が行き過ぎると信仰になり、いつどこにいてもいつも話しかけてしまうのです。


【終わり】

 ほんとうにただ、悪い夢をみたのは、ただ、私ひとりでした。今日もまた天気予報を見てなくて、午後から大雨。頬に挑む雨粒だけだ、あたしのこと相手してくれるのは。

 悔しい女としてでしか生きることができず、仕舞いのない狂った舞を踊るしかなかった。なけなしの愛を与えてみたら、逃げてしまうことしか学べなかった。それでも、追いすがるこんな女の気持ちは、そのまま、この強風と雨に解けて亡くなってしまえばいいのに。お互いが、いえ、あなたがなんの気持ちもなく、欲だけでセックスしてしまったというのは分かっています。でも、相当良すぎて、体が「会いたい会いたい」というので手におえなくて。脳みそは、怒っています。みんな怒っています。おい、カラダ! お前は私のカラダなんだから、言うこと聞いてよ。会いたいなんて、反応してんじゃないよ。瞳縁取る悲しみの影、脳みそに指摘されてカラダは逆切れしてしまう。浜田省吾じゃないんだから。


 きちんと愛してくれる人を探そう。もういやだな、こんな気分は。じぶんをいつはり、あいてをいつはり、いつ果てるともしれない嘘の吐寫ごっこ。“ごっこ”をつけると何でも楽しくなるというみうらじゅん流は確かに、仕事中怒られている時に「おしんごっこ」と偽るのには通ずる気がしたけど、「恋人ごっこ」に於いてはただの苦痛だ。どんなに誰かに苛められても、私はおしんと思えば耐えられた。「恋人ごっこ」なんて、笑って女友達に話している自分を豆腐のカドにぶつけてやりたい。誰かを焦がれているということで、ひとりがこれほどまで、歩けないほど耐え難くなるとは。ここで一発、俵万智プレイ「一人は寂しい二人は苦しい」。


 深夜、残業からの帰宅後、ひとりで安いジンのソーダ割りを飲みながら真夜中にどうしようもなく野菜のみじん切りをする。無抵抗非暴力な彼らを切り刻み続ける。


 エリック・クラプトンのワンダフル・トゥナイトを聞きつつ、同時に鼻の奥をキリキリて大蒜と玉葱から刻み始める。無塩のエシレバターをひいて、手順なんて無視、両者を否がおうでもぶちこんで、おなべの底からほの暗く青白く立ち昇る湯気をくちびるに感じながら、そういえば女にも手鏡で曇る部所があるのにと思いつつ、ゆらゆらうごめく炎を見つめていた。無塩だから、あなたと無縁とか、オヤジギャグです。イタい。


 焦げつき茶色に変色したテフロンの鍋に液体を注ぎこんでやると、古ぼけた切り株のような飴色にすぐ変わった。現金にも。


 現金も頂かないこの関係、二十代の小娘が本気で純愛したあなた。十円でもいいから金銭授与必要、そうすればあなたに買われた女として生きていける、十円でもね。愛とか関係なく。


 映画みたいに「私を、お金で、買ってください」と呟く。お願い、十円ください。


 バラバラに崩され、みじん切りにされ、焦がされて飴色の野菜たち。差し込まれ、ぐちゃぐちゃに掻き回され、汚されて手鏡で曇るこの部分。山田詠美ごっこ。


 本当にセックスを現金で換算すれば気持ちよくなるかな、とふと思った。性愛的考察、A・売春、B・セックスのあと、予想外にお金をもらってしまうセックス(タクシー代含む)、C・愛情のないセックス。A=B、A=C、B=C+現金。金銭が介在しない愛情のないセックス(C)なら、お金をもらったほうが自分は買われたんだと愛情を封印できる。だけどそれはおいしい飴色になってくれるのか。


 いえ、なりません。こちらのほうは、液体を注ぎこまれていても、ただ黒褐色に焦げ荒んでいくだけだった。炒めすぎちゃったみたいです。痛め過ぎ。開き直ってオヤジギャグ。


 荒み、荒まれ、それでもおいしくなっていくはずだと信じ、熱を与えられ続けていても、ただ干物どころか練炭になっていただけの勘違い。

「ちょっとでも、あたしのことを好きですか」などと閨房で囁くあたしという黒焦げの練炭に、液体を注ぐあなたの奇特な人生。受け入れる無抵抗な鍋の中の黒焦げはどちらが不幸なのでしょうか。


♪AND SHE ASKS ME DO I LOOK ALL RIGHT

 誰かオノヨーコがジョン・レノンを惚れさせた「イエス」に代わる言葉、教えてくれませんか。Definitely, NOT FEELING ALL RIGHT. どれほど想ってるか知らないでしょ。ジンのボトルは、ほぼ五分の一になり、私はようやく火を止めた。


 ただ、問題が。私の子孫が泣いてしまう。



 安全日に中出しするあなたの精子が、三日間は自分の子宮に留まってくれることが嬉しくて、電車に乗っていても突然幸福になって、お腹に手を当ててしまう。


 ここにまだ残留する性欲の残滓。愛情の残滓と思うほど、おこがましくないけど、でも幸せな気分になっていました、あたし。残滓が懺悔に変わるって知らなかったから。


 残滓、何ミリリットルかの話。それだけ。でも、出来ちゃったものですから、私の中に。ミリリットル以下の愛情で出来ちゃってしまったものですから。あなたは知らないし、迷惑かけないように生むか生まないか。有無。うむむ。医務。膿む。度胸ないので、こういう無責任なことをしたのは初めてで、あなたは知らない。生モノいれたの初めてで、ミリリットル以下の愛情のその中から抽出された、何十ミリリットル程度かの液体で、十ヶ月後に三千グラムが出てくるのは愛おしくて申し訳ないです。

 液体を注いでくれた奇特なあなたに対して、少しでも見苦しくない死に顔を見せるために私は成人式で締めた帯紐で足首を絞めた。そうして、私は真っ白な洗い立てのシーツの間に体を埋め、余計に強請り貯めておいた薬を呑みました。現金を貯めることはとうとうできなかったのに、こういうことはできたのね、あたし……と脳髄の端っこで考えながら。時世の句なんぞ、ここいらへんで。西行を拝借してしまおう。


「ねがはくば 花の下にて 春死なん その如月のもち月のころ」

 あたしは、モチ肌のころ死にたい。あなたが、忌憚なく嬲ったこの美しいからだ。テフロンだって何だって、結局栄養分は蒸発するのでしょうか。

 「俺が愛したこの少女」少なからず女と書いてみても、少なからず男はないけれど、青くさい年はあるわけで、少ない年もあるわけで、それはそれで泣くに足りようと思います。寺山修二もやるねえ。咳をすれば顔を背けられ、足を踏んで謝れど言葉も届かぬ人々の中で、私に液体を注入したあなたに私の言葉が届かないのは自明の理なのです。


 咳をしても一人な尾崎放哉プレイ。解痴無関心。鰭も無く、浮き袋も無いのに、必死で泳いでみた、ただそれだけの女でした。私は嘘を吐き通し、結局それに殺された。

 なあんちゃって。死ねるわけがない。チョコラBB、過剰摂取。はいはい。死体ごっこ、して、起き上がって、おしっこをする。よくでるなあ、なんて思いつつ、ほんとうに死んでしまえばいいのに。忘れて忘れ去られて、こんなに死ぬ気で愛してるのに。あなたに忘れられるなんて、悔しすぎるよ。カラメルな野菜たちを横目に、第二品目。豆腐のカドを崩して、我流ふんわり卵のいり豆腐。ぐちゃぐちゃに豆腐を崩して、煮汁がなくなるまで炒めます。最後に搔き出した黄身だけをねっとりからめて、卵ふんわり。


 なんにも考えず新宿の産婦人科に予約を入れた。その瞬間から、思考と五感を停止させました。ただの入れ物としての存在。その入れ物からねっとり搔き出されてしまえば、ごくシンプル、至極簡単、三分クッキングのノリ。


 確かに、人格をなくせば簡易に進む事柄がいくらでもあった。人格はいつもなくしていた。どうして、どうしていても、どうしていたとしても。たとえば、B.C.な紀元前、Before Created? すでに創造したものに対して、他人事みたいにビフォアなんて、使わないでください。形見にこの部分をさらしつつ、男の数を数えるに、何も誓わず、何も与えず、与えられず、何も起こらなかった吾身をただ、けものだったと簡潔に締めくくり、足を開く。ただしあなたの前じゃなく、冷たい椅子の上で蛙のようになって。


 先をなめないと穴に入らない。指をぬらさないと玉にならない。今、糸に手古摺り、縫い物の話ですけど。ほつれたスカートやボタンのとれたブラウスを直しながら、針の穴に糸を入れるのが難しくて。舐めて入れると簡単。


 会いたいと連絡して約束して会って同禽みたいな流れが普通の男女。ベルトコンベアーに乗って、途中でドキドキとか性欲だとかを捨てていって、契約とか受精卵とか保険とかローンとかペットとか自家用車なんかを獲得して、男と女はそうやって進んでいくものです。


 大脳新皮質で恋をするというのは、相手の職業、年収、家柄、車、住んでいる場所、時計などのスペックを色々と客体化して数値化し、より高得点の男を選ぶということです。計算高くショッピング中毒みたいな女が思い浮かぶ。理性を研ぎ澄まして落ちる恋。


 でも逆に大脳辺縁系の扁桃体で恋をしてしまうと、抗えない。匂いで落ちる。肌が触れ合うだけで、本能がもう、ひとり歩きしています。こうなると、もう従うしか方法はないのです。どんなに抵抗しても無駄。鉄砲水を食い止めようとする沢蟹以上に無力。


 独占欲から出た愛はエゴイズムです。これは愛とはいえません。愛するものを手放しなさい。もし、その人が戻ってこなければ、初めからあなたのものではなかったのです。しかし、戻ってくれば初めからあなたのものだったのです。


 バレンタイン・デ・スーザの本を読んでいたら、こんな言葉に諭された。たぶんこういうこと? 


 曰く、会いたくて仕方なくて死にそうになったら、連絡せず放置プレーに徹しなさい。連絡が来たら彼はあなたのことを憎からず想ってくれている(か、セックスを最近していないか)。後者だろ、後者。


 玉葱の皮を一枚余計に剥く。厚く、白く、目を刺す純粋な玉ねぎ。


 ずっとずっと待ち続けて、今日こそは今日こそは今日こそはと、日々を乗り切ることが癖になってしまいました。きょうこそはきょうこそはきょうこそは。ひたすら発信できない待機待機待機待機。期待しないように心を殺して深呼吸。傷つけて再生して、また傷つけて心の筋肉は発達してムキムキ。心は無機質、泰然自若。


“彼はあなたに興味がないだけ。連絡が来ない理由はそれだけ”、そんな映画のキャッチコピーを有楽町の映画館で見た。

 遅く生まれすぎたことが情けない。あなたが早く生まれすぎたことが憎い。主菜にはなれないことなんて出会ったころから分かっているよ。ただの箸休め。箸は休んだらまた次に行くだけだから、どれほど箸休めが箸を引き留めたくて仕方ないか知らないでしょ。都合良く休みやがって、箸のバカ。できれば最後の最後の留め椀になれたら、とかバカな考えは箸休み。


 どうしても休んでくれない箸ならば“小鉢の心意気”を見せてやろうじゃないか。同名の料理本を今日発見して、ちょっと笑った。二号さんの本? 二号さんでもない私の立ち位置はどこにあるのでしょうか。父が泣くわ。若さの特権で愛してもらえているのなら、オコガマシイ前言撤回、会ってもらえているのなら、いや、セックスしてもらえているのなら、どんどん後ろから若くてきれいな子が出てきて押し出される、いわばトコロテン。トコロテンは太い心で心太と書くのに、超心細いんですけど。“小鉢、お前だけだ。お前だけで腹いっぱいだ”とか嘘でもいいから言って欲しい。

 プレイはプレイのままで終わる。

 あたしはどうしても蛙プレイは達せなかった。冷たい椅子に乗って、脚を開く。でも産婦人科の冷たい椅子の上、プレイの最中でお腹の中のものを「やっぱりこれはあたしのものだから」って思ったら、可哀想でごめんねごめんねって謝りながら、逃げ帰った。あなたにとって残滓でも、あたしにとっては結晶なんだ。誰にも守られないんだったら、あたしは責任もって私を守りきらなくちゃいけないんだ。もう大丈夫だよ、安心して。ほんとごめんね。


そんな中、気まぐれにあなたから、連絡がありました。女は声がよければいいんです。


「もしもし?」


 でも、まだ愛を待ってる、シラノように。ひたぶるに、ひたぶるに。


 夜の帳が落ちていくなか、萱草色のニットを着ました。平安時代の喪の色だと言います。今日もひたすら相槌・微笑・空笑い。カラカラカラ。抜け殻で生きています。日曜日だけど、十七時から打ち合わせのあった銀座から勝どきまで歩けば三十分。タクシーに乗って千三八〇円を払うより、ヒールからつっかけに履き換えて歩く。熱っぽいカラダに気持ちいい夜風がつるりとおくれ毛を撫でる、そんな朧月夜。


 今宵は、誰も家に連れ込みませんでした。というかここ最近、純愛月間。ただ貪るだけの相手はもういらない。お昼にはおいしい大好きなアサヒビールと旬の鰹を貪って、シアワセに生きていたのです。脂の乗った秋の戻りガツオは嫌い。女房を質に入れても初鰹。もちろんあなたが鰹を食べたいならちゃんと質に入って、体操座りして待つよ。いつも通り、あなたの笑顔を心に見ながら、あたし、良い値ついたでしょ? 自生して自制して自省して、あなたを不幸にしないように気を使います。


 次の日。昨夜から折角頑張って意識の中から飛ばそうとしているのに、今朝メールを送っちゃったもんだから、ひたすら返信を待ち続けて、不必要に新着メール問い合わせしてばっかりで、仕事中なのに、会議中なのに、スーツ着て、パソコンをカタカタ叩いているのに、頭の中はただ「受信メール:一件」を待っている。だって昨日はあなたの誕生日だったから、お祝いしたいけど当日に誘う勇気はありませんでした。あなたが生まれて昨日で二万千九百十五日目。私は今日でようやく一万日目なのに。今年でとうとう二十八歳です。


 はやくあなたの前でこのスーツを脱いでしまいたい。クライアント訪問の日だから黒のスーツを着てきたけど、裏地は真っ赤なの。襟の下と、スカートの裏側には、ちいさな蝶の刺繍がしてある。このポール・スミスのスーツは、あなたのために買ったの、こういうの好きかと思って。脱がしたときに真価が見えるもの。恋をするとお金がかかってしょうがない。今月なんて、靴を五足も買っちゃったし。プレゼンなんて、どうでもいいいし。ほんっとどうでもいいし。大衆を消費行動に走らせるために頭を使うより、あなたが私を消費してくれるように広告打って、営業頑張っちゃいたい。メールを打ってみたけど、まだ返事は来ない。この間電話がかかってきた時、気取らず約束を取り付けておけばよかった。

 こういう邪念だらけの邪淫な社員が三割くらいいると会社は潰れますね。それでもどうでもいいし。恋愛中って、どうしてこうも無責任になれるんだろう。スーイスイスイダラダッタ。あなたの連絡を、全身全霊で待ち構える。


 ようやく「終わり次第、お前の部屋行く」ってメール。もうノータリンな私はホワイトボードに“NR”(ノー・リターン)って書いて急いで帰宅。午後七時に退社するって、どんなに大変なことか知らないでしょ。背中にちくちく突き刺さる視線を感じながら、でもいいの、気にしない。恋に落ちた無責任オンナ。


 あたしはあなたが愛してさえくれたら、一銭も求めないし、一戦も交えたくないし、一線を引かれたくない。あなたが、ただ、ちょっとでもこちらを向いて、例えばね、なんでもないとき、一度でも私を思い出して会いたいなって思ってくれたらそれだけで、もういいの。あたしも一度しかあなたを思ってないから。際限なく二十四時間ずっと。


 言葉を逡巡している。

 でも私がもう一滴もお酒を飲まないことに対しても、腰に伸びてきたあなたの手を優しく握ってそのまま触らせないことに対しても。休肝日なんて何年もなかった私がカルピスしか飲んでないのに。あなたを拒んだことなんて一度もなかったのに。無関心なのね。そのまま「疲れた。寝る」とそのまま寝てしまう。ベッドがクイーンサイズでよかった。ちょっと離れて私は背中を向けて息を潜めた、恋は終わった。それともこれが愛の始まりなのか。手に負えない、だけど歯を食いしばってでも全うしてやる。


 早朝六時に、寝(たふりし)ている私を残して部屋のドアを開けたとしても。あたしはお腹に手を当てる。愛の始まり。私もお前も、もう大丈夫だ。誇らしい、愛の結晶だから。あなたはドアを閉める。パタン。

〈了〉


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