見出し画像

空港で朝食を

母がおにぎりを握る。

「2個でいいの?」

「うん。ありがとう」

母が銀色のホイルに包んだおにぎりをハンカチに包み
私のバックの上に置く。まるで小さなかわいい風呂敷。

「ちゃんと食べてよ」と母が言う。
「うん」


実家から東京に戻る朝はいつもこうだ。

「お父さんが起きないうちにね」

「またすぐ来るからね」
私は分かり易い嘘をつく。

さっきまでおにぎりを握っていた、母の小さな手を握る。
「またね・・」

父が寝ているうちに朝早くに実家を出るようになって何年目になるだろう。

以前は東京に戻る日は羽田空港に16時過ぎに着く午後の便を予約し、朝食は両親と一緒に食べていた。

が、或る日の朝、朝食の途中で父が突然泣き崩れた。

「おまえ、今日帰るのか・・」
自分の感情をあまり表に出さない父が、
声を出して泣いた。

母と私はおののき、子どものように泣く父を慰めた。
年を重ねるとこんなにも変わってしまうものだろうか。

あの時から、東京に戻る日は、父がまだ寝ている朝早い時間に
そっと家を出ることにした。

「じゃあ、お母さん、行ってくるね」


外に出て振り返ると窓から顔をだして母が手を振っている。紅い顔をしてやっぱり母も泣いている。

こんなふうに泣く母を置いて、私は何をしているのだろう?
答えのない問いを独り繰り返す。

空港までは急行の電車で40分。

この地域では汽車と呼ぶ空港快速に乗る。

空港の出発ロビーにもまだ人は少ない。

椅子に座り、バックのなかのおにぎりを探す。

銀色のホイルに包まれたおにぎりを握りしめながら、独り、涙をこらえるのもいつもの事だ。「睦ぶふたりにまた会えますように」

おにぎりの朝食を食べ終え、寂しい気持ちを閉じ込めるように、早くから開いているお店を探し、あちこち見て回る。これもいつも通り。


空港で、銀紙に包まれたおにぎりを食べている妙齢の女性が居たら、
それは私かもしれません。

#旅する日本語

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?