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《反ポリコレたる護憲派》は《左派たる自民党》に勝てない

安倍氏の死に伴い、彼の政策についての回顧などがまま見られるようになったが、安倍政権は、かなり左派的であったのが特徴であったと思う。「何を」と言われそうだが、実際そうなのである。

安倍政権の左派的性格は政治評論では常識

安倍政権がかなり左派的であるというのは、政権が運営された時期から言われていた。例えば退陣に当たって歴史社会学者の石原俊氏が寄稿した文には、以下のような一節がある。

安倍氏は、一般的な基準では右派政治家に分類されるだろう。しかし、世の右派や左派が考えるほどには、一貫した「思想」がないように思える。アベノミクスのモデルが欧州急進左派の経済政策なのは、周知の事実だ。第2次政権は、障害者差別解消法、ヘイトスピーチ対策法、部落差別解消推進法、アイヌ文化振興法等々のリベラルなマイノリティー支援法を次々と成立させた。

石原俊 毎日新聞(2020/9/4)「論点」

護憲派は、自民党や旧安倍政権の左派的性質を無視し、全てにおいて極右であるかのように扱う言動が正直目についたが、それは現実を見ることができていないし、正直に言って護憲派の敗因の一つですらあると思う。

経済面での急進左派的政策

「アベノミクスのモデルが欧州急進左派の経済政策」というのは、政権初頭では特に明白で、欧州の急進左派も顔負けの財政拡張・賃上げによるデマンドプル型の経済政策を志向していた。左派の経済学者クルーグマンも、歴史認識問題では右翼だったとしつつも、経済面では彼の納得する方法で運営していたことを話している。

安倍政権は2015年には『最低賃金の「年3%引き上げ」を指示』し、岸田政権に至るまで最低賃金の上昇が続いている(下図、ただし2006年頃からの長期トレンドであることに注意)。また平均賃金向上を目指した政権による賃上げ要請は「官製春闘」と呼ばれ経済団体が苦言を呈すほどで、当時左派政党の立つ瀬がないと言われ、労働団体の連合が自民党に接近するという結果さえ招いたほどであった。

時事通信 最低賃金、大幅上げ復活 菅政権「圧力」、中小は反発―コロナ禍2年目 2021年07月14日

また、下図の通り格差も実際に縮小した。それまで当初所得ジニ係数は一貫して増加していたにも関わらず、第二次安倍政権(2012.12~)では2014年の0.570から2017には0.560となり、今までのトレンドを断ち切って降下させることに成功している。再分配後のジニ係数も、2014の0.376から2017には0.372となって低下している。

令和2年版 厚生労働白書-令和時代の社会保障と働き方を考える- 図表1-8-9 所得再分配によるジニ係数の改善の推移
当初所得ジニ係数:ピンクの棒、再分配後ジニ係数:青の棒

筆者は2016年、トランプが予備選のダークホースだったころ、彼や対抗馬のサンダース、欧州のコービンやポデモス、デンマーク国民党など左右のポピュリストに共通して文化右派(急進左派の場合は反グローバリズム)と経済左派の傾向を兼ね備えていることを指摘し、政治の対立軸が変わって彼らが政権を取る可能性を予見する記事を書いたことがあった。安倍政権が急進左派的経済政策をとることは、その点あまり不思議ではなかった。

文化面での左派的政策

ところが、石原俊氏が指摘するように、様々なマイノリティ支援法を成立させるなど、安倍政権は文化面でも案外左派的な政策をとっている。その一つが、ヒラリー・クリントンが弔辞の中で紹介した、安倍氏が「女性を取り残していては日本の潜在的実力は発揮できない信じていた」というエピソードであろう。

彼女の言っていることは、少なくとも政策として実行され、結果に表れているという点で正しい。第二次安倍政権になって以降、女性の就業率推移の曲線が明瞭に屈曲するほど上昇しており、また、一部上場企業の役員に占める女性の割合は第二次安倍政権以前(2012年)の1.5%前後から、2018年には4.1%まで上昇している。

具体的には、「官製春闘」と同じ要領で企業に女性の管理職の数値目標達成を働きかけつつ、2018年に「働き方改革関連法案」を成立させるなど、立法面でもサポートしている。行政面でも、男性の育休取得を推奨する政策を取っているのが特徴で、男性は所得が上がるほど配偶者が主婦になりやすい(下図左)のに対し、キャリア女性の配偶者は所得が自身と同等以上のさらなるエリート男性であることが多く(下図右)、キャリア女性が寿退社してしまうの防ぐのに、エリート男性であろうと強制的に育休を取らせる間接的アプローチをとったのは、理にかなった方法であったと私は評価する。

統計情報リサーチ 夫と妻の就業状態・年収の関係を示す棒グラフ

結局、クルーグマンが言う通り、安倍政権は歴史認識のみを「譲れないポイント」として右派的に御した以外、経済面では「官製春闘」は極左的ともいわれるし、現代のマイノリティ政策についてもリベラルなものが多く取り入れられている。石原は「韓国に冷たかった」としているが、インバウンド観光客はウェルカムという姿勢を取っていたわけで、排斥などとは程遠い。総じていえば中道であり、特に経済政策では左派のお株を奪っていた。

なぜ自民党が勝ち、護憲派は負けるのか?

しかし、いくら自民党が左派のお株を奪ったと言っても、本家である左派が負け続ける道理はないはずである――いや、あるのである。左派を自認する政党にとって「譲れないポイント」と言える護憲・反安保が、有権者の支持を得ているとは言い難いからである。

「譲れないポイント」が有権者の支持を得られない護憲派

護憲、反安保は、現在の野党の核と言える理念である。例えば前回衆院選で野党共闘のハブとなった市民連合は安保法制、すなわち集団的自衛権の行使を容認することに反対するための組織――言い換えればベトナム戦争等以来の日米同盟反対を組織の存立理由としている。

しかし、日米同盟への反対となると支持率は低い。日米同盟への態度は、例えば内閣府の2014年の調査では同盟維持が84.6%、同盟破棄と自衛隊維持が6.6%、軍備の全解消が2.6%であった。NHKの2020年の調査では、同盟強化が18%、現状維持が55%、協力減少が22%、解消となると3%であり、改憲への域調査では、参院選直前で賛成37%、どちらともいえない32%、反対23%となっている。端的に言えば日米同盟を維持し集団的自衛権を行使することを是とする考え方は安定して75~85%程度ある、ということになる。直近の参院選でも「共闘」組のうち護憲に距離を置く国民民主党を除いた4党の比例票の合計は26.33%で、うち立民は労組の組織票が一定割合あることを考えれば、概ね整合的だろう。

この後論証するが、日米同盟維持は、あまり表立って語られはしないが、意外と75~85%の有権者にとっても興味がないというよりは「譲れないポイント」であるように思われる。実際、政権交代を達成し国民の期待感が非常に高かった鳩山政権でさえ、辺野古基地移設問題で決定的に国民の支持を失い退陣することになった。

「護憲は反ポリコレ」

近年、西欧や米国の進歩的な倫理観を範とする「政治的な正しさ」「ポリティカル・コレクトネス」が新しい倫理観として持ち上げられ、それに合わせて価値観をアップデートすることが推奨されてきた。左派の側が、西欧や米国を「倫理的に正しい」と位置付けてきたわけである。

その倫理的フレームワークにおいて、「西側同盟かそれ以外か、どちらの同盟に所属するか」という判断をするならば、西側同盟に所属する一択であろう。最近ロシアは「複数の価値観が並立する多極世界」を主張してロシア正教を「国教」化しLGBTへの迫害を強めているが、これとの同盟などはありえないし、これと西欧の間で「中立」を気取ることさえ「政治的に正しくない」とみなされてもおかしくないだろう。実際ハンガリーのオルバン政権などは欧州の裏切り者として目を付けられているし、ドイツさえ最初ウクライナ支援に消極的だったころにさんざん批判を食った。

あまつさえロシアは偽旗作戦から国際法違反の侵略を行い、住民の虐殺や拉致、強制徴兵からの肉盾戦法と、前世紀のソ連軍と[日本旧軍の]関東軍の悪い所を足しっぱなしにしたカリカチュアを、この価値観のアップデートされた世界で見せつけてくれる始末である。

「旧軍みたいなことをやってはいけません」「西欧型の価値観にアップデートしましょう」と教育を受けてきた日本人のうち75~85%が《自由と民主主義と人権主義を奉じる西側同盟》に属することを望むのは当たり前だろう。

すなわち、反米感情に基づく反安保・反日米同盟という構図は「政治的に正しくない」のであり、反安保は反ポリコレ、護憲は反ポリコレ、という状況になってきている。あまつさえ、ロシアによる軍事侵攻以来、護憲派の中から反米意識を優先させロシアを擁護し、世論から「国際法無視の戦争・虐殺への擁護」とみなされボコボコに叩かれるような醜態を晒すものが多く出ている状況であり、「反安保は反ポリコレ」は決して言葉の綾では済まされない状況になりつつある。

「民主主義の擁護者、安倍自民党」

プーチンの暴走により《自由と民主主義と人権主義を奉じる西側同盟》の価値が上がった結果、上記記事のように、西側同盟を強化した安倍は「ポリコレ」側に位置付けられ得る立場となった。その死に際し多くの西側諸国から「民主主義の擁護者」という賛辞を含む弔辞が送られたのは、その反映である。

例えばオーストラリア元首相のケヴィン・ラッドの安倍評では、トランプ期にアメリカが内向きになる中で国際的な自由民主主義同盟を維持・拡大したことを評価し、安保法制に対してもそれに実効性を持たせたという肯定的評価が下されている。このような西側首脳が共有する世界観は、日米同盟は悪、安保法制は悪とする価値観と真っ向から反するので、そういった価値観を持つ人は、世界の安倍に対する評価は理解できないだろう。

有権者が西欧を範とするリベラル的価値観にアップデートしたことで、どんどん安倍はポリコレ的存在になっていき、反安保が反ポリコレとみなされ、75~85%の有権者にとっては日米同盟堅持は「譲れないポイント」であり反安保法制を掲げる政党を支持し難くなっている、というのが私の見立てである。

いわゆる「改憲勢力」が支持を伸ばし、今回維新が全国比例で立民を上回るに至ったのは、「護憲」が暗に持つ反ポリコレとしての性質がもはや自民批判票からも嫌われ、維新が受け皿がになってしまっている側面もあるように思う。「護憲」こそが野党共闘を妨害し自民を一強たらしめているという見解は、実は数年前からあるほどである(野党共闘のハブになっている市民連合というのは、もはや質の悪いジョークですらある)。上記記事に書いたが、私個人としては今の状況を憂えており、{9条に限定した護憲のための改憲}が必要と考えている。

エコーチェンバーという殻に閉じこもる人々

SNSが発展して以降、人々は自分と似た意見の集団だけの意見を聞き、その集団内でウケる意見だけが生き残ってしまい多角的な検討が困難になるという問題を認識し、それにエコーチェンバーという名を付けた。

そういった心地よい閉鎖環境の中で、護憲勢力は、自らの持つ矛盾を省みることなく、ただひたすらに安倍政権・自民党を「全てが自分たちの逆の"悪"なのだ」という姿を捏ねくりあげて自らを慰めていたように見える。例えばジニ係数について触れた記事では、「『アベノミクスで格差拡大』という誤った認識が流布した」とタイトルに持ってきているが、こうなるのは、事実を統計から検証するより「アベは格差を拡大させた」「ネオリベ(新自由主義)の極右」と考えるほうを好む人たちがいるのだと想像する。

直近でも、ヒラリーが安倍は女性の社会進出を是としていたという追悼文を出した直後から、日本の左派エコーチェンバーでは急速に「安倍政権時代に日本の女性は虐げられた」というストーリーが出来上がっていった。その中に、統計を見る程度の批評センスを持つ人は残念ながらいなかったように思う。ヒラリーは米民主党の女性高位政治家であるため"ポリコレランク"的にも高い人物であり、その人が安倍の女性政策を評価したのがショックが大きかったのか、名の知れた人が直接ヒラリーのツイートに強い口調でリプライしている一幕さえあった。

ロシアのウクライナ侵攻と、安倍の死に寄せられた弔辞で初めてチェンバーの外の様子——安倍が《自由と民主主義と人権主義を奉じる西側同盟》を推進した「民主主義の擁護者」であり女性の社会進出を支援した「リベラルな」面を評価され、逆に安保法案と日米同盟を憎む人々が眉を顰められる世界観を――を強制的に突き付けられた状態なのではないか、と考える。


私は正直、エコーチェンバーの殻に閉じこもった人々が、今護憲と反安保法制の置かれた状況を客観視して政策を考えるとは期待していないし、彼らが寿命を迎えるまでずっとこのグダグダした選挙情勢が続くのではないかと思っている。

また、自民党とそれ以外は自党支持層のエコーチェンバーのハンドリングも違っておりそれも興味深いのだが、それは日を改めて書くことにしよう。

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