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佐分利史子・カリグラフィ作品|気高きは、小さきもの、[55]

 ここはカリグラファ佐分利史子の写字室。主に英米文学とフランス文学を題材にして制作したカリグラフィ作品を展示する小部屋です。
 モーヴ街3番地の図書館「モーヴ・アブサン・ブック・クラブ」とも連携し、ふたりの司書が題材となる文学作品の新訳と解説などを担当。文字で遺されてきた過去の文学に敬愛を込めて、カリグラフィと新訳で新しい息吹きを注いだ一篇をどうぞゆっくりご高覧下さい。

佐分利史子 Fumiko Saburi | カリグラファ →HP
伝統的なカリグラフィ文字を基調とした作品を制作している。文字そのものが持つなんらかの力を、題材(詩や文章)が持つ情景や感情に変えられればと考えています。
しばらく作品の制作発表からやや離れていましたが、今回のお誘いを機に、気持ちを新たに再開しました。霧とリボン様の企画にも久しぶりの参加です。皆様どうぞよろしくお願いいたします。

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Emily Dickinson

エミリー・ディキンソン|詩
維月 楓|訳


By Chivalries as tiny,
A Blossom, or a Book,
The seeds of smiles are planted---
Which blossom in the dark.

気高きは、小さきもの、
一本の花、一冊の本も、
ほほえみの種は宿され―――
暗闇において花開く。

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エミリー・ディキンソン解説|維月 楓
 アメリカを代表する19世紀の詩人エミリー・ディキンソンは、自己の内面に一歩ずつ降りていくような詩の語りによって、小さくとも硬質に輝く詩を生み出しました。ディキンソンは1830年に厳格なピューリタニズムの伝統が残るニュー・イングランドの田舎町に生まれ、生涯をそこで暮らしました。その独特の詩法から、生前発表された詩はわずか11編、どれも編集者によって手が加えられたものでした。死後、妹が箪笥の引き出しの中に小冊子としてまとめられた詩稿を発見し出版されたことで、今のような高い名声を得ることとなりました。
 ディキンソンの詩の魅力は、制限された中での無限性にあるといえます。彼女の人生自体が小さな世界で完結していたこと、そして詩の言葉遣いにおいても制限を設けることによって、逆にその作品の中に詩人独自の世界が広がっているのが感じられます。(抜粋)

詩に寄せて——|維月 楓


 エミリー・ディキンソンの詩の魅力は、手のひらに乗るほどの小さな詩の中に、大きな世界が豊かに花開いているところにあります。それは、制限されることによって逆説的に生まれる無限性とも言い換えられるでしょう。
 今回取りあげる詩も、言葉少なに語る小さくまとまった作品であることが見て取れます。この詩は、小さなものへの賛歌であるとともに、ディキンソンの人生や詩に対する宣言として見ることができます。

 一行目から、騎士道精神(Chivalries)に代表される、勇気、高潔さ、信念という通常であれば「大きさ」と結びつけられそうな要素を、小さいもの(Tiny)として表しているところに逆説的なおもしろさがあります。
 二行目では、ディキンソンに特徴的な表現である大文字を使うことで、ふたつのBから始まるBlossom(花)とBook(本)を浮かび上がらせています。花は、そのあとの行でも「ほほえみの種」を宿して暗闇の中で咲く(Blossom)ものとして描かれ、ひっそりと佇むように咲く気高さと美しさが讃えられています。(抜粋)

 「エミリー・ディキンソン解説」と「詩に寄せて——」の全文は以下をご高覧下さい。

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SABURI’S ESSAY——
 霧とリボン主宰のミストレス・ノールさんが大切にされている詩だということを以前から伺い知っているため、この題材をいただいた時は「私が描いてよいのです?」と驚きました。
 尊敬するかたの道標のような存在を別の形にしてしまうのですから責任重大です。え、好きじゃない、という形だったらどうしようという気持ちと、奮起する気持ちと。

 仰々しくなく、かつ凛とした、ノールさんに重なる書体はどれかなあ・・・と、いろいろな書体で書いては悩み、書いては悩み、ふと思い出したのが「リンディスファーンの福音書(The Lindisfarne Gospel)」のことでした。こちらもノールさんが敬愛されていることを何度となく伺ってきた、中世イギリスの装飾写本です。

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 書体が決まりそうな予感にそわそわしつつ「リンディスファーンの福音書」の本文書体で書いてみました。
 「Insular Half-Uncials(インシュラー・ハーフアンシャル)」と呼ばれるこの書体は、一文字一文字の形にも、文字と文字のつなぎ方にも強い特徴がありますが、きりっと並ぶとその特徴たちが悪目立ちせず凛として美しい。これだ。この一枚は我らが「ミストレス・ノールさんのイメージ+リンディスファーン・オマージュ」にしよう。と、書体と構想が同時に大決定。

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 本文書体以外も、装飾パターンや文字のアレンジ(一つの文字の内側にあるスペースに次の文字を入れ込んで行の長さを調節する)など、リンディスファーンに出てくる中から「菫色」の空気に合うものを選んで真似をしました。

 あとは・・・行間はどうしよう・・・と、あれこれ考えていたら・・・紙の上にたくさんの菫たちが集まって来てしまいました。汗

 えっとこの中に入りたい?・・・そっか、そうだよね、ノールさんの心はあなたたちの居場所だものね・・・わかった、本文の背景に入っていいよ。
 本家オレンジ色の点々模様は、よく見るとわりとゆるいので、きみたちもそんなにきっちり並ばなくていいよ。

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 ・・・描いても描いてもどんどん菫たちがやって来るので・・・来る菫は拒まない方針で、全員に入ってもらいました。やりきった感。
小さな菫のみんなたち、私の手を離れても幸せでね。楽しい時間をありがとう。
 そして、新訳の静かな空気と“暗闇”のキーワードが、額装のマット色になりました。

00_通販対象作品

作品名|気高きは、小さきもの、[55]
アルシュ紙・ガッシュ・透明水彩
作品サイズ|24cm×26cm
額込みサイズ|29.5cm×32.0cm×3.4cm
制作年|2020年(新作)

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Text: Mistress Noohl
 折々の霧とリボン企画展にて美しいカリグラフィ作品をお寄せ下さった佐分利さまから、約3年ぶり届いた「MAUVE NOUVEAU|新しい菫色」馨しい新作です。

 エミリー・ディキンソンの詩「気高きは、小さきもの、[55]」を題材に、詩と共に押し花を遺したエミリーへのオードに満ちた、内に秘めていた気高き思いがあふれでているかのような一作です。

 佐分利さまは本作で、エミリーの「余白」に種を蒔いてくれました。行間に描かれたスミレ花が、「花々(Blossoms)」というまとまりではなく、「A Blossom|一本の花」がそれぞれに佇んでいる風景に思えるのは、佐分利さまのカリグラフィに「臨書」の哲学を感じるから。

 臨書とは、決してお手本をなぞることではなく、言葉と文字そのものに、誠実に向き合う行為——紙片を擦過するエミリーの筆跡と、佐分利さまのカリグラフィがまっさらな白の紙の上で出会い、蒔いた種が育ち、佐分利さまご自身が手がけたフランス額装のシルバーの細ラインが凛と通った深い菫色(暗闇)から、花開いています。

 エミリーの詩作する呼吸に寄り添うように訳出された、維月 楓さまの静謐な新訳と共に、ゆっくりと味わい尽くして頂けましたら幸いです。

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