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あいこさんの相続人 #3「ライス」

あらすじ

田舎の古い家で同居してたあいこさんとおれは、恋人同士だった。多分。

あいこさんはちょっと前に突然倒れて、何にも言わずに死んでった。
あいこさん名義のこの家で、おれはまだ、あいこさんが居た時のような、誰も羨ましがらない雑な田舎暮らしを続けてる。

 今朝の朝刊を、おれは「万感の思い」で読んでいる。万感の思い、なんて人生で使ったことなくて、現代文の授業中「まんかんの思い」って読んで失笑されたことあるけど、使うならきっと、こういう時なんだろう。


「“LOVE&※”オリコン5位
苦節8年で初のオリコンTOP5入り」


 あいこさんとおれが住んでた、そして今はおれだけが住んでるS県のローカルアイドル「LOVE&※ ラブ アンド ライス」。
 S県民とローカルアイドル好きなら誰もが知る、裏を返せばそれ以外の人は知らない、この3人組を、おれとあいこさんは熱烈に推していた。

 LOVE&※は元々、県産米PRのための期間限定アイドルだった。そこから、地元に固定ファンがついたり、奇跡的にファンの中にDTMに明るい人が居て曲提供やプロデュースをするなんていう、嘘みたいに都合いい経緯で、なんやかんやで結成8年を迎えた。

 嘘みたいなことはほかにもあって、LOVE&※は「物販」、ライブ後のグッズ販売で、米を売っている。米1㎏で、チェキ1枚撮影できる。
 アイドルのチェキ商法なんて批判されがちだけど、物理的に抱えて帰られるのは頑張りに頑張って10㎏だと思うと、まぁ良心的だとは思う。そして米が、すごくおいしい。ランクが高い、ちゃんとしたお米が買える。

ゴリ田 @gorita_ricericeclub 
オタクやってるだけなのに、推しから年貢米収められてる俺らis 何

おせきはん @shokishokishoki_123
@gorita_ricericeclub 時代が違えば庄屋くらいにはなってる

 これが、あいこさんとおれの初めての会話。ゴリ田さんの中の人が、あいこさん。
おせきはんが、おれ。

 ゴリ田さんはLOVE&※のお膝元S県在住で、おれよりももっと力入れて推してたし、歴も長かったので、Twitter上の狭い界隈ではちょっとした有名人だった。
おれは、LOVE&※が「渋谷系」と言われるJ-POPの重鎮から曲提供を受け始めたあたりからの「楽曲派」なので、割と新参者。
 それでも、何度かやり取りするうちに、ネタツイの感じとか曲の解釈とか、感覚が合うとお互い感じていたのか、おれは「ゴリ田さんと仲いい垢」として認識されていた。

 そうなると、現場(ライブ)で会おうという話になるのは自然な流れで。ゴリ田さんが、新宿のライブハウスに参戦する時に会いましょうかとなった。

 当日、ゴリ田さんから
「早く着いたから中で待ってるわ。ツアーTにジーパン着。」
とDMがあった。
 おれは、LOVE&※ファンと個人的に会うのは初めてで、ちょっと手がひやっとするくらい緊張した。

 ライブハウスの中に入って、おれらのとんでもない失敗に気づいた。
 参戦してるやつらの半数はツアーTにジーパン、そして残りの半分はチノパンだった。そうだよな、現場ファッションってそうだよな。おれだってツアーTにジーンズだったし。

「ゴリ田さんのクローンがいっぱいいる…」
とDMすると、
「後ろでO.D.A打つから見てて!!」
と返ってきた。
 会場後方を見ると、ぎこちなくオタ芸を打っている、小柄の女性がいた。オタ芸、下手。ライブ中オタ芸打つちゃんとしたオタク、いると言えば居るけど、さすがに開演前から一人で打ってる人はいない。あれがゴリ田さんなのは確定だ。

「あの、おれ、おせきはん…」
「ぇ…えっ?」
 近くで見るゴリ田さんは、ゴリ要素皆無の、どちらかというとリスみたいな、つるっとしたショートボブの、ちっこい女の人だった。

 おれはかなりびっくりしてるけど、ゴリ田さんもたぶんびっくりしてた。
「あー…なんかこう……意外な感じかも…。」
 おれは、ちょっと仲良くなった人にはもれなく「いかにも“タラシ”顔」って言われるような見た目で。なんだか、オフ会というよりは、マッチングアプリで初めて会った人たち(ツアーT着用両手にペンライト装備)みたいだった。

 それでも、同じ現場で熱くなったらそれはもうオタ友。ライブ後はマッチングアプリ感もなくなっていた。
 それ以降、ゴリ田とおせきはんとして現場で会ったり、その後は居酒屋で感想戦したりした。居酒屋では、買い込んだ米が場所を取るので、二人ともちょっと体を窄めて飲んでいたのが懐かしい。

 S県での何度目かの現場の時、ゴリ田さんは右腕にギブスをはめて参戦してきた。
 しかもその状態で、米をいつもの感じで買おうとしていた。さすがに物販スタッフも戸惑っていたし、おれも、同行者じゃないけど同じ現場にいるオタ友として看過できず、結局米の買い込みはおれが持ってあげられる範囲内で諦めてもらった。

 バス停につくとゴリ田さんは当然のような顔で
「じゃ、ありがとねー。次は東京で」
と言い出した。
 いやいや待ってくれ。あなたは片手骨折片手に米5㎏で、バス乗り降りして、暗い夜道を家まで歩くのかと。何かあったらおれの寝覚めも悪すぎる。固辞するゴリ田さんを説き伏せて、丁重にお送りさせていただくことになった。

 バスの中で、なんで骨折しちゃったの、と聞いてみた。ゴリ田さんはたぶん色々端折って、教えてくれた。

 ひどい頭痛持ちでMRI検査を受けたら、先天的に脳の疾患があると分かったこと。患部がだいぶ大きいから出血したら「たぶん終わる」こと。S県の、治療実績が多い病院に通うために、あとオタ活のために、仕事辞めて移住したこと。でも治療も正直ダメ元なこと。今回の骨折は、治療の影響で一時的に意識を失いやすくなっていて、転倒した拍子に「ポッキリいっちゃった」こと。

 米より断然重たい話が展開されて、おれは「そっかぁ」としか言えなかった。こんな時、自分の底の浅さがほんとに嫌になる。

 ゴリ田さんの家は、おもむきと不便の中間って感じで、おれはそこがすごくいいなと思った。隠そうとしない生活感の中に、小じゃれてないけど快適に暮らす姿が見える。自分の生活に変に高望みしてない、そんな雰囲気があった。
テレビ台や小引き出しの上にアクスタがあったり、台所の隅に米がいっぱい積んであって、間違いなくゴリ田さんの家だとも思った。

 お腹すいてるでしょ、米、炊く?とゴリ田さんは言ったが、客とはいえ両手使える者として、おれが米を研いで文化鍋を火にかけた。
 ゴリ田さんは
「推しから賜った米に真摯に向き合いたい」
ということで、コストと旨さと利便性を追求した結果文化鍋に行き着いたらしい。
確かに、土鍋だと小柄なゴリ田さんは持て余すかも。

 これはLOVE&※ファンあるあるだと思うけど、いかしたご飯のお供が数種類常備されている。ゴリ田さんは利き手が使えないから、おれはイカの塩辛と、農家のお母さんが本気出して漬けたっぽい梅干しでおにぎりを作った。
 終演後何も食べないで、米担いできてもう22時。おにぎりはめちゃくちゃうまかった。

「やっぱおこめちゃん達から賜った米はおいしいわぁー」
 あ、あと握り手さんもお上手で。と付け加えてくれた。

 いい家だね、と言うと、ゴリ田さんは
「まぁでもさ、ここで死んだらやばいよね。隣遠いから誰も気づかなくて、どんな状態で発見されるんだか。」
 確かに、ここに一人暮らしは孤独死のリスク高いかも。それに、死ぬ以前に防犯上どうなの?3日ツイート無かったらおれが見に来るとか出来るけど、それでも孤独だよね。

 ゴリ田さんは、食べかけのおにぎりを置いてしばらく黙ってた。
 虫の声が耳鳴りみたいでうるさい。またしても米より重い。

「うち住む?」

 ゴリ田さんは斜め上の提案で、沈黙をぶち破ってきた。

 オタ活しやすいよ。
 フリーターだし、身軽でしょ?
 賃貸じゃないから、家賃とかも入れなくていいよ。
 その代わり、看取って後始末つけてよ。

 何を言ってるんだろうこの人は。今度はおれが沈黙する番だった。
でも、地方だとかオタ友だとか病気だとか、その辺を取っ払ったら、これはおれの人生でよくある局面だ、と思った。
 お姉さんから要請を受けて一緒に暮らし、徐々に相手方が「養う構え」になる、そしておれもそれに抗わず、色んなことが飽和して、解消する。

 そう考えたら、話も合うし、田舎暮らしとか憧れてたし、お金かかんないってことだし、アリかもしれない。おれの軽薄さがポジティブな方に働いた。

「でも、なんでおれなの。他に友達いるでしょ」
「まー話合うし、私の年代で、いきなり田舎に移住するやつたぶんいないし。
 それに、こういうのノッて来そう。」
 おれの軽薄はちゃんと把握されてて安心した。

「それに…最期に見るなら、好みの顔の方がいいでしょ」
 と言って、ゴリ田さんはニヤッと笑った。この、ルッキズムが糾弾される時代に、正直な人だ…いや、冗談なのかな?でも、褒められるのは悪くなかった。
 とりあえず、試しにやってみるかぁと、軽薄な男と、死を少し近くに感じて色々おおらかになってる女は、軽率に同居を決めた。

 ゴリ田さんの家の中を、所謂「ルームツアー」しながら、ここ空けて君のベッド置こうか、カーテンも大概傷んでるし、新調した方がいいかも。採寸していきなよ。等々、その日は酒も入っていなかったので、それなりにちゃんと打ち合わせした。

「名前、教えてよ」
とおれは言った。もし本当に看取ることになったとして、「ゴリ田さん!ゴリ田さん!!」と呼びかけるのは違うだろう。
 おにぎりをまた食べ始めていたゴリ田さんは、もごもごしながら
「あいこ。わたせ、あいこ」と言った。その拍子に口の端からぽろっとご飯粒が落ちて、あいこさんはきまり悪そうに眼を伏せた。それが、なんだかものすごくかわいく見えて、おれは、“漫画だったらたぶんここにご飯粒が付いているだろうな”、というところに、キスをした。

 あいこさんは、ちょっとびっくりした後、ほぉ、と言って、テレビを点けた。おれは猛烈に恥ずかしくなり、本気で酸っぱい梅干しおにぎりを麦茶で流し込んだ。


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