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映画『ヒトラーのための虐殺会議』と柳原先生トークイベント

先週1月21日に『ヒトラーのための虐殺会議』を見に行ってきました。映画の字幕も監修された柳原伸洋先生のトークイベント付きということもあり、会場は満席でした。この映画はヨコハマフットボール映画祭のnote(【YFFFスタッフに訊いたBEST MOVIE 2022】そして23年の期待の作品は!?〜前編〜)でも、2023年に注目する映画としてピックアップしました。

(以下、映画の内容に触れています)

映画のあらすじ

1942年1月20日、ベルリン郊外のヴァンゼー(ヴァン湖)の邸宅に親衛隊の上層部や各官庁の次官などが集まり、ヨーロッパ全土にいるユダヤ人問題の『最終解決』について協議します。映画は現存する議事録を元に、会議を再現していきます。全編を通して会議のみの映画で、脚色はあると思うのですが、まるでドキュメンタリーを見ているような緊迫感があります。出演者それぞれの演技も素晴らしく、キャラクターが際立っているので、この脚本で舞台劇があればぜひ見てみたいとも思いました。

ヴァンゼー会議として知られるこの会議は、ナチが政権を執り、戦争もかなり進行した1942年に開催されたものでした。会議の開催から80年を記念して、昨年2022年にドイツで制作され、日本では1年遅れの1月20日公開となりました。この会議以前にも、ナチ政権下ではすでにユダヤ人に対する迫害が多数起きています。市民レベルでも11月ポグロム(帝国水晶の夜)で多くのユダヤ人が襲撃されました。さらに過酷な労働を通してユダヤ人を死に至らしめるための収容所が作られ、1941年にはバビ・ヤールでの大虐殺もありました。ですから、ヴァンゼー会議でユダヤ人への迫害が初めて決定したわけではないのですが、この日の決定はその後のアウシュヴィッツなど収容所内ガス室での大量虐殺を、『優雅』(映画内での発言)で効率よく行うための道を開き、さらにハイドリヒと親衛隊がこれらの虐殺を指揮するための権力掌握をもたらしました。

前提を疑うということ

柳原先生のトークでも詳しく説明がありましたが、ナチ政党内の一組織である親衛隊と、政府組織である内務省、法務省、首相官邸からの次官が、この先の実権を巡って互いに綱を引き合います。また東部戦線やポーランドで、すでに虐殺を手掛けている親衛隊の将校たちも参加。軍を掌る側と官僚との対立構造も見受けられます。そのあたりの背景を知っていると、より深く映画を理解することができそうです。

会議の参加者のうち、この人だけはユダヤ系ドイツ人を守ることに関心があるようだと思っていると、後に彼の提案する代替案に凍りつきそうになったり、この人は良心の呵責を感じているのかと思ったら、その予想を裏切られたり。ユダヤ人は害をなす存在であり、根絶しなければならないという前提は論じられることすらなく、会議がどんどん進行していくことに恐怖を感じました。この『前提を疑わない』というのは、そもそも差別を差別だと思っていないということだと思います。自分の考えは間違っているかもしれないという視点の欠落は、今の日常を生きる自分にも当てはまる部分があるのではないかと感じました。

一方で粛々と進む会議の様子は、有能な会議参加者が手際よく進めていく場面を見るような小気味よさがあり、議題さえ違えば達成感すら味わえそうに思えました。だから論じられている内容との落差が余計に恐ろしい。殺される人々(あるいは苦しんでいる人々)の存在が見えていないというのは、今現在も起きていることでもあります。映画はそのことを私達に思い出せてくれます。パンフレットの柳原先生の言葉、『個々人の命が消えゆく様を現場で見ない者』のひとりに、私たちも簡単になりうるのだと思いました。

若者を引き付ける組織とその落とし穴

前提を疑わないという点では、親衛隊に入隊する若者たちもまた同様だと思います。柳原先生の説明にありましたが、ハイドリヒのように大学を出てなくても、実力次第で抜擢されていく親衛隊という組織に、この時代の若者は大きな可能性を見出します。会議を主催するハイドリヒはこのとき37歳。彼の有能な実務官として会議をサポートし、親衛隊の利益にとってベストな結果を導き出したアイヒマンは35歳。若くても組織内で登用され、権力を与えられるというのは魅力的なことです。しかしその組織が向かっている方向はどこでしょう。一見すると華々しく見える組織の前提を、まず疑うということからスタートするのは、現代の日本でも重要なことではないかと思います。

多彩な出演者たち

出演者についても少し触れてみます。ラインハルト・ハイドリヒ親衛隊大将というと、私の勝手な印象は、ローラン・ビネの『HHhH』で語られる『金髪の野獣』でした。この映画でのハイドリヒはその印象を覆しました。悪いやつは見た目も悪いやつというのもある種の思い込みに違いありません。ハイドリヒを演じるフィリップ・ホフマイヤーは終始穏やかな表情で会議を進めていきます。見ようによっては感じが良いと思えるほどです。ハイドリヒが穏やかに見える分、彼の右に座るゲシュタポ局長ハインリヒ・ミュラーと、左に座る親衛隊人種・植民本部のオットー・ホーフマンの存在は暴力的に思えるほどに恐ろしく感じます。その怖いミュラーを演じるのはジェイコブ・ディールという俳優。彼が気になっていろいろ検索をしてみたところ、作曲家としての活動がメインのようでした。今年のオスカーで作品賞を含む9部門にノミネートされている『西部戦線異状なし』や、『ダーク』などにも出演しているようです。下は彼が参加しているtaumelの曲。

最後に、吉川美奈子さんの素晴らしい字幕にもお礼を言いたいです。これだけの会話量と難しい背景、わかりにくい肩書や組織での地位などを、制限のある文字数の中に工夫されているのは素晴らしいと思います。映画を見る人の邪魔にならないようにと腐心された字幕を、ぜひ映画館で見てほしいと思いました。

『ヒトラーのための虐殺会議』公式サイト


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