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レバノンで今おきていること(0)民衆によるデモのはじまり

私は今、中東の小国レバノンに滞在しています。

この文章を書いているのは2019年10月24日。

10月16日、政府がまとめた2020年の予算案が発表され、翌17日夜に首都ベイルートで市民によるデモがはじまりました。デモはすぐに南部、北部、全土に拡大し、連日数百人の市民がデモに参加しています。各地で道路が封鎖され、18日以降、国は機能不全に。学校、銀行、主だった会社は閉まっています。

ここ数日で徐々に欧米のメディアで取り上げられてきていますが、日本ではほとんど報道されていません。

宗派、支持政党、出身地にかかわらず、すべての市民が参加するデモがはじまって1週間。初日は軍と市民が衝突し、軍が発砲した催涙弾やデモ隊の放火で、シリア人2人が火事に巻き込まれ死亡しました。またデモ隊の多くが負傷しました。ただ、それ以降はおおむね平和的なデモが続いています。

「この時をずっと夢見ていた」

このデモについて、たくさんのレバノン人がこう言います。「人生で一度もレバノン人であることを誇りに感じたことはなかった。ひとつの国であると感じたことはなかった。宗教、出身地を超えてひとつになるこの時を夢見ていた」

まだ1週間ですが、起きていることに毎日驚かされたり、考えさせられています。将来どうなるのか全く予想できませんがーー最悪の場合、考えたくありませんが、暴力で鎮圧されるケースもあるかもしれません。。でも、レバノン人にとって新しい歴史の始まりになるかもしれないこの時、起きたこと、考えたことを記してみたいと思います。

なぜこのタイミングでデモに発展したか

このビデオは、デモ2日目の10月18日に取られたもの。首相府前広場に人々がつめかけています(人々は「革命!(Thawra)」と叫んでいます)。

発表された来年の予算案は、緊縮財政策として付加価値税(VAT)を現在の11%から数年後には15%まで引き上げること、ガソリンやたばこの増税、WhatsAppなどスマホの通信・会話ソフト利用に課税する新しい税金の導入が含まれていました(デモを受けて21日に政府は新たな税金の取りやめを発表しています)。

市民の反発はWhatsAppをはじめとする増税案への反発なのですが、背景には経済の停滞、政治の腐敗・汚職、機能不全に陥る政府、行きとどかない公共サービス、所得の著しい格差など、長年にわたる根深い政府への不信が背景にあります。

現在レバノンは経済危機に直面しています。公的債務は155%に上昇するとみられており(日本は236%…)GDPに対する実際の歳入は20%しかありません(日本は30%)。

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なかでも歳出に占める公務員の人件費は46%と突出していますが(世界平均は26%)これは政治家とのつながりのある親戚・支持基盤の人々を大量に公務員として公式・非公式に雇っているからです。実際に「だれがどこの省庁・機関で働いているのかわからない」状態になっています。また、昨年治安セクターで働く公務員の年金を4倍にする法案が可決され、一気に歳出が増えました。

こうして政治家は好き放題してきたのですが、シリア内戦の影響もあって不景気がつづき、いよいよ財政がやばい状況になったため、国際社会からの財政援助を求めました。

そのひとつが、2018年4月に開かれた「レバノン経済復興支援会議」です。

不安定な政治情勢が続くレバノンの経済支援を話し合う「レバノン経済復興支援会議」が6日、パリで開かれた。欧州や世界銀行などは電気や水道といったインフラ近代化など向けに計110億ドル(約1兆2000億円)の支援を決めた。レバノン情勢を放置すれば欧州に向かう難民の増加や、中東全体の不安定化につながるとの危機感が背景にある。110億ドルのうち102億ドルが貸し付けで、内訳は世界銀行が約40億ドル、フランスが約6億7千万ドルなど。

この「110億ドル(1兆2000億円)」にアクセスするための条件が、緊縮財政で、電力料金の値上げや汚職の撤廃などです。要は支出を減らして収入を増やさないといけないのですが、政府は国民に負担を強いる増税を決めたのです。

腐敗・汚職まみれの政府がまねいた経済危機なのに、特権階級には痛みを与えず、国民に一方的に負担をしいる政治家に対して、国民の不満が爆発しました。

市民の不満が表面化するきっかけになった出来事がもうひとつあります。山火事への政府の対応です。

山火事に対応できない政府

予算案発表から数日前の10月13日、レバノン国内100ヶ所以上で山火事が起きました。レバノンには聖書の時代からつづく原生林のスギ林があり、国土の13%ほどが森林です。

毎年、夏から秋にかけては乾燥した風が吹き、山火事が起こりやすくなります。13日に気温が35度以上に上昇し、一気に火事が広がりました。

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レバノンの消防隊はボランティアで、数年前から正規の公務員として勤務できるよう政府に要請していたようですが認められてこなかったことが判明しました。さらに、消防車がメンテ不足で稼動できなかったというのです。

結局、国中から数百人のボランティアが駆けつけ支援にあたったほか、奇跡的に雨が降り山火事はおさまりました。

一方、政府は周辺国のキプロス・ヨルダンなどに援軍を頼んで切り抜けようとしていました。また、外務大臣が「山火事の原因は自然発火ではなく、(レバノンに100万人以上いると推定される)シリア難民による放火かもしれない」と発言し、捜査をはじめると発表しました。シリア難民が山火事を起こし、火事の合間に家にはいって金品を盗もうとしているという疑いをかけたのです。

こうした政府の対応・発言に対して、市民は「いつも自国で対応しようとせず他国に頼ってばかり」「政府の機能不全が原因でおきたことなのに難民に責任を押しつけて。本当に馬鹿げた考え」と批判しました。

報道の自由

レバノンの教育水準は高く、多くの人々がアラビア語・英語・フランス語の3ヶ国語を話します。中東有数の大学も多数あり、海外で高等教育を受けたリベラルな研究者が、大学やシンクタンクで教えています。

大手メディアはほとんど「汚職にまみれた」政治家が所有しています。一方、そうしたメディアでも比較的報道の自由がみとめられています。

新聞もアラビア語、フランス語、英語の各紙があります。独立したジャーナリストも多く、メディアが排除された南部のデモ現場でも、常に多くの情報が撮影され、拡散されています。

海外からの注目が大きく影響することが国民もよくわかっているため、母国語のアラビア語のみならず、積極的に英語やフランス語で発信されています。

さて、以上がざっくりとした背景ですが、次回はレバノンという国の基本情報を書きたいと思います。






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