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【イノベーションのうまれたところ】Vol.03アレクサンダー・フレミング / 細菌学者

アレクサンダー・フレミング。
世界初の抗生物質「ペニシリン」を発見した、近代医学の変革者だ。1881年8月6日にスコットランドで生まれた彼は、二度の世界大戦を経験した73年の生涯の中で、いったいどのようにしてイノベーションを生み出したのだろうか。彼のストーリーを学ぶことは、現代を生きる研究者である我々にも、きっと大きな気づきを与えてくれるはずだ。



第一次世界大戦の衝撃

1914年、第一次世界大戦勃発。人類史上初の国境を越えた大規模戦争は、世界各地で多くの犠牲者をもたらした。フレミングは、戦地で負傷した兵士たちを治療するための病院で勤務していた。傷ついた兵士たちが連日のように運び込まれてくるその病床にて、フレミングは、衝撃的な光景を目にする。数日前までは勇ましい出で立ちで戦地に立っていた男たちが、見るに堪えない姿で亡くなっていくのだ。彼らの肉体は、傷口から侵入してきた細菌に冒され、感染症に蝕まれていたのである。


戦地の病院で目の当たりにしたこの衝撃的な光景から、フレミングは、より効果的な感染症の治療法を研究したいと考えるようになった。


フレミングがもたらした新発見

感染症予防の研究に打ち込んだフレミングは、1920年代に2つの物質を発見した。「リゾチーム」と「ペニシリン」だ。前者は食品添加物や医薬品に用いられる酵素、後者は世界最初の抗生物質として知られている。


これら2つのイノベーションが生まれた背景には、彼の熱心な研究はもちろん、「偶然」の存在があった。ここからは、彼に訪れた2つの「偶然」を紹介しよう。


1つ目の「偶然」が起こったのは、第一次世界大戦が終結して3年が経った1921年のある日のこと。戦場の病院勤務からラボでの研究生活に戻っていたフレミングは、研究中にふと鼻にむずがゆさを感じた。そしてあろうことか、研究用に細菌を塗抹したペトリ皿に、くしゃみの飛沫を付着させてしまったのだ。


このペトリ皿は実験には使えないから、洗浄するしかない・・・と思ったそのとき、飛沫が付着した部分だけ、細菌のコロニーが破壊されているのを発見した。
これが、ヒトの鼻汁や血清などに含まれる「リゾチーム」が発見された瞬間だ。


2つ目の「偶然」、すなわちペニシリンの発見は、それから7年後の1928年に起こった。
研究所の片隅に放置していたペトリ皿にアオカビが発生してしまい、実験に使えなくなってしまった。さすがにカビの映えたペトリ皿は廃棄するしかない・・・と思ったが、カビの周囲だけ細菌が育っていないのを発見。


これが、世界初の抗生物質「ペニシリン」発見の瞬間だ。
フレミングは後に、ペニシリンの実用化に成功した2名の研究者とともに、ノーベル医学生理学賞を共同受賞している。

発見を引き寄せる「セレンディピティ」

先ほど紹介した「偶然」はいずれも、一見、歴史的な大発見とは縁遠いもののように思える。

「通常ならば見過ごしてしまいそうなほどに些細な偶然が、大きな意味を持つ」

こうした貴重な偶然を引き寄せる力のことを、「セレンディピティ」と呼ぶ。何かスピリチュアルな能力というよりもむしろ、何気ない偶然に「気づく」力のことを指すのだと考えるとわかりやすいだろう。


身の回りで起こる取るに足らない「偶然」をイノベーションにつなげるには、些細な物事にも目を向けられる感性が必要だ。そのために現代の研究者である我々は、研究以外のことにも興味を持ち、さまざまな物事に関心を寄せられるようでありたい。


セレンディピティをもたらした、フレミングの課外活動

事実、フレミングも、研究以外の活動に精を出していたという。彼は長年、「Chelsea Arts Club」という、あらゆるジャンルのアーティストが集まるクラブに参加していた。


引用元:SMITHSONIAN MAGAZINE

とくに絵画に没頭する中で彼は、絵具と筆の代わりに細菌と細菌塗抹用具を使って絵を描く「germ paintings」という手法を生み出したとされる。もしかしたら、色調の差や筆致の違いといった繊細な変化を楽しむ絵画に熱心に取り組むフレミングだったからこそ、鼻汁やカビによる「偶然」がもたらしたイノベーションに気づけたのかもしれない。


我々もぜひ、さまざまな物事に興味関心をもって日々を過ごしていきたいものだ。


[参考文献]

ペニシリン開発秘話 | ジョン シーハン, Sheehan,John C., 俊雄, 往田

フレミング先生とペニシリン

ペニシリンの発見者・フレミングとはどんな人物?現役講師がわかりやすく解説

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