#1.「月世界旅行」(ジュール・ヴェルヌ)
21世紀になって月への注目が集まっており、2023年にはインドも4番目の国として月面着陸を実現しました。
ただ、今でもあくまで無人での着陸であり、有人に絞ると1972年のアポロ12号までさかのぼります。
そしてアポロの後継にあたる「アルテミス計画」で改めて有人月面着陸を目指しています。(ちなみに、アルテミスはギリシア神話に出てくる月の女神で、太陽神アポロンの双子です)
そんな21世紀の現代をあざ笑うかのようなSF小説が、1865年に発刊された「月世界旅行」です。
今の宇宙論は、20世紀初頭にアインシュタインが提唱した一般相対性理論が中心となって組み立てられていますが、それよりもさらに半世紀前です。
日本ではまだ幕末で(大政奉還が1867年)、これから世界に開かれていこうとする時代です。
そう書くと、いかに時代を先取りしていたのかが分かります。
この作者のジュール・ヴェルヌは、ジョージ・ウェルズと共に「SFの父」「SFの巨人」とも呼ばれます。
あらすじ
南北戦争直後(1860年代の設定)のアメリカで、ガン・クラブ協会の会長が(平和を迎え不要になりつある)大砲を使って、人類を月面へ送り届けるという野心的な企画をぶち上げます。
弾道学・金属学・天文学・気象学などを駆使してついに3名が搭乗した大砲(今でいうロケット)が月に発射されるが、コースからそれて月面の軌道を周回してしまう。
みどころ
SFの父と呼ばれるだけあって、そこそこ月へ到達できるロジックを紡いでいきます。そこが現代科学で見ても一笑に付せないほどよく出来ています。
まず、月へ到達できる最短経路をガリレオ時代からの歴史も紐解きながら、起動計算を行います。(月と日本は楕円軌道で遠近があるので最も近い距離を目指す)
経路もですが、そもそもロケットのない時代に一体どうやって大砲を改造するのか、気になると思います。
そもそも大砲なので、宇宙船というより「空洞砲弾」に近いです。直径2.7m、9,000kgの重さで、砲弾の中に3名が入る仕様です。
それを初速度1.1万km/秒で発射させるため、270mという超ロング砲身を作り上げます。(重さは約6万8千t)
火薬はガス圧を使用し、そこから逆算して耐久出来る金属に軽くて丈夫な「アルミニウム」を外壁に採用します。(鉄だけだと重すぎます。。。)
実は、これは現代の主要ロケットでも多くで採用されており、例えば日本で一番実績のあるH-ⅡAでは、外壁にアルミニウムと他の金属を合わせた合金を採用しています。(以下参考サイト)
次に、大砲を発射する場所ですが、物語ではアメリカの「フロリダ州」を選定します。
現代では、NASAが運営する「ケネディ宇宙センター」が中核で、この場所もフロリダ州にあります。
1968年から運用を開始しているので、ちょうど作品の100年後です。
地球の引力圏から抜け出す最短経路は地表に対して垂直に打ちあがることで、その針路に(地球よりはるかに小さな)月が含まれる領域は、緯度0度から28度に限定されます。下記に北緯28度線の世界地図を載せておきます。
アメリカの国境を見るとギリギリで、含まれているテキスト州とフロリダ州が、本編でも誘致合戦を繰り広げます。(最終的にはテキストの中でも複数候補がありもめるだろうから1つの場所しかないフロリダに決定)
月だけではなく、一般的には宇宙への発射場は緯度が低い場所が多く、それは自転による遠心力(ハンマー投げのイメージ)のおかげで省エネ出来るからです。
余談ですが、民間で宇宙事業を営むSpaceXのロケットも、初期(ファルコン1)はマーシャル諸島の元空軍基地を選びましたが、今のメインロケットはフロリダ州にある発射場から打ち上げています。
そして月・火星を目指す次世代宇宙船starshipはテキスト州の発射場で打ちあがる予定です。(投稿時点では軌道テストのみ)
つっこみどころ
1.加速度の問題
なかなか奇想天外なストーリーですが、砲弾を月に打ち上げる計画の過程で、その方角や素材などをリアリティたっぷりに演出しています。
ただ、実際に砲弾(現代のロケット)が砲身から飛び出る初速度は半端なく、加速度によって発生する力がおそらくは搭乗者(宇宙飛行士)が耐えられない可能性が高いと思います。
2022年に流行った映画に、トップガンの続編があります。
冒頭にトム・クルーズ演じる主役が9Gまで耐えるシーンがありますが、代替このあたりが人類の限界のようです。(さすがに人道上耐久実験した内容はしりませんが・・・)
で、砲弾による加速度ですが、今回のような特注でなくても通常数千G(!)がかかってきます。
ということで、このGをなんとかキャンセルする仕組みがないと、現実的ではありません。
2.月に空気は存在しない
ストーリーでは、月に空気があると信じて突き進みます。
その根拠として本文では、1860年7月18日に起こった日食で太陽の両弦が丸く欠けていることから、月面大気による屈折によるものだ、としています。
残念ながらこの日食時欠損が事実かどうかは裏付けが取れませんでした。
ただ、残念ながら大気は月には存在していません。本文でも反論する人がいますが、なんとなく勢いでしのいでしまいます。
しかも、肯定派は月の裏側には水などの資源も残っていると主張します。
その根拠として、月は卵型で裏側のほうが重力が強く宇宙に飛散していないのだ、という説です。
月が楕円型なのは事実で、これはいろんな天体から引っ張られている(主には地球と太陽)のでなんとなく得心が行くと思います。
ただ、だからといって水が残っているというのはやや飛躍です。
ちなみに現時点での調査では、月面ではなく地下に水が残っているという説が濃厚です。
ということで、1週回って今は資源があるため月に行く意義は改めて高くなっています。
そんなレトロなようで最新のSF書籍、ぜひ一読してみてください。
ちなみに、続編もあり、今回の顛末を宇宙飛行士目線での痛快冒険活劇となっています。
とんでもない生存確率の低い無謀ともいえる行為なので、全体としては明るい文体で、読んでいて痛快です☺
こちらの作品では、現代では否定された「エーテル」という光を産む原子についての言及があります。
そしてこの作品の10数年後にアインシュタインが誕生して、エーテルの存在を否定して光速度不変の原理などを基にした「相対性理論」を発表することになります。
当時の社会全体での科学リテラシーを知る上でも興味深い作品です☺