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梅干し

一人暮らしになってやっとひと月だと、「実家」と呼ぶのはなんだか背伸びをしている気がしてむずむずする。その実の家に帰省しないことを告げると先日、両親が物資を車に積み1時間半かけてやってきた。

引っ越しの日以来初めての来訪なので、小言を言われないよう念入りに部屋を片付け、シンクを磨き、時に少し押入れに隠したりした。

車から降りてきた母の第一声は、「痩せこけたなぁ!!」だった。そういう母も、運転席の父も、外出していないからかツヤツヤ丸くなっている。あくまで私は痩せたのではなく、体型をギリギリ維持しているだけである。

部屋に足を踏み入れた母の第一声は「思ったよりきれいやん」だった。そして私が家に取りに帰ろうと思っていたモノたちを次々に取り出し始めた。

「...でこれは梅干しで、みかんで、野菜ジュースな!あと○○のパンも買ってきたで」

気がつくと予定になかったモノたちが並んでいた。こちらに来てからパンの消費量だけが半端ないことに危機感を抱いていたのだが、どの駅にも当たり前のようにあったそのパン屋の袋を見ると邪念は消えた。

じゃ、いくわと言って、両親はあっさり車を飛ばして帰った。滞在時間5分。とくに世間話もなく、トイレのドアノブしか触らなかった。電話口では帰ってくればいいのにと不思議そうに言っていたわりに、すごく気を遣ってくれたのだと思う。

部屋に戻ると、梅干しがちんまりと座っている。そういえば母は最後まで「顔色が悪い」「絶対痩せた」と言っていたが、「もっとちゃんと食べろ」とか「もっとしっかりやれ」とは言わなかった。父も一言、「がんばれ」と言っただけだった。

やはり実の家だから実家なのだ。梅干しをありがたく口の中で転がしつつ、こちらで過ごす初めてのゴールデンウィークの計画を立てる。

#エッセイ #物書き #帰省 #おうち

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