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【卒業式】大学4年間、僕は結局のところ何をしていたのか

先日卒業式を迎えた僕は、大学生活の締めとして、この文章を投稿します。

大学4年間、フラフラとしていましたが、結局僕は何をしていたのやら。

この文章の目的の1つは、この問いに対する仮説を立て、過去の自分自身にメッセージを伝えることです。



【1】 大学4年間、僕は結局のところ何をしていたのか


僕はこの4年間、次の言葉(keyword)に無意識的に反応していました。

愛、醜さ、驕り、他者、国際、不完全さ、人間味、専門性、対話(ダイアログ)、人事(human resources)、組織開発、アイドル、など…

実際、僕の過去の投稿を見返していただくと、上記の言葉、またはそれに近い言葉を多用していると思います。

また、僕は大学4年間の過ごし方について、特に計画は立てず、その時々で興味関心のある事柄に取り組んできました。

しかし、各意思決定・選択の深層心理には、何か関連性があるのではないか。

その共通点(大学4年間、僕は結局のところ何をしていたのか)を、僕は長い間ずっと探していました。

そして、ついに1つの仮説に辿り着いたので、備忘録的に残しておきます。

お付き合いいただけますと幸いです。


【2】 相補性とは


仮説の1つとして、「相補性」があります。

「相補性」とは、

量子力学的現象を記述するために、ボーアが提唱した概念。電子の位置と速さ、光の粒子性と波動性のように、不確定性原理から二つの量が同時に測定できない関係にある現象を互いに相補的であるといい、このような性質をいう。

goo国語辞書(小学館提供の『デジタル大辞泉』を搭載)


僕は物理学に詳しくなく、正直細かいことは分かりませんが、「相補」の意味は端的に、

互いに不足を補うこと。

goo国語辞書(小学館提供の『デジタル大辞泉』を搭載)


であり、wikipediaでは「2つの構造が互いに鍵と鍵穴の関係にあるような関係性」を意味すると書いてあります。

要は、「相補性」は「互いに不足を補う性質」を指すと考えることができます。

僕は従来、「相互扶助」という言葉を頻繁に使っていました。

しかし、その言葉のニュアンスは、<能動的な言動>を通して、自他を補完し合う関係性を築くこと、を意味すると思います。

一方、<自然の(ありのままの)状態>を通して、自他を補完し合う文脈としては、「相補性」の方が適切だと感じます。


【3】 相補性の構造


相補性は、定義に「二つの」とあることから、「対の関係性」の上に成り立ちます。

現代はインターネットが普及し、(SNSが1つの例ですが)1対多の関係、多対多の関係が、当前の時代になりました。

しかし、多対多・一対多の関係は同時に、対の関係を内包しています。

つまり、人間関係は、無数の「対の関係」の合計だと言うことができます。

僕は、マクロの人間関係を構成する、このミクロの「対の関係性」に、大学4年間ずっと執着した可能性が高いです。


【4】 僕は2年前、既に同じ結論に辿り着く


遡ること2年前、当時大学2年生の僕は「人間の凹は、他者の<供給>を生み出す<需要>そのものである」という概念(アイデア)を思い付きます。

シンプルに言えば、「人間の短所は、他者の長所を生み出す」ことを表します。

例えば、器用なAと、ガサツなBの2人組を仮定します。

その際、Aの器用という特徴は、Bのガサツという特徴があることで、相対的に発生します。

また、Aより更に器用なCが登場する際、Aがガサツ、Cが器用の関係性に変化する可能性もあります。

つまり、人間は他者の「鍵」であると同時に、誰かの「鍵穴」であることにより、相補性が成り立つのです。

この関係性は、1対の関係の上に成り立つ場合(AとB)と、数多くの対の関係を合計した時、全体の均衡として成り立つ場合(AとB、AとC…)があります。


【5】 相補性が僕の大学4年間に横串を刺す


以上を踏まえて、この「相補性」の概念が、僕の大学4年間に1本の横串を刺すことについて、順に説明していきます。


(1) 専門性、キャリアなど


はじめに、「専門性」の多くは、上記にある様に相対的なものだと思います。つまり、環境に依存するのです。

僕は大学4年間、自分の労働市場価値を上げることを目的に、「専門性」を身に付けるために踠きました。

しかし、1つの能力レーンの中には常に自分の上位互換がいて、常に上に上がるための縦移動をする毎日に、僕は疲弊しました。

今感じることは、何の専門性をどう身に付けるかも大切ですが、重要なことはむしろ、自分の能力(鍵)がどの環境(鍵穴)において、相対的に専門性になるかを模索することである、と考えています。

このことは、僕が何度も引用している「3つのキャリア論」と通ずる部分があると思います。


(2) 人事、対話、組織開発、リーダーシップなど


次に、「人事(human resources)」は、組織内に存在する無数の「鍵」と「鍵穴」を、適切なマッチング(組み合わせ)に導くことが、仕事の核だと思います。

そのために、採用や育成、人事異動の発令、評価制度企画等の業務があります。

しかし、人間は本来、お互いを分かり合うことができない存在であり、その鍵のマッチングは簡単なことではありません。

そのため、その課題を解決するために存在する手段が、「対話」や「組織開発」に当たります。


(3) 不完全さ、人間味、驕りなど


更に、「不完全さ」や「人間味」についても考察します。

僕は普段この言葉を、特に映画等表現に関する投稿をする際に用いています。

僕は、人間は「完全性」を追求すればするほど、「孤独」に近付いていくと思うのです。

なぜなら、完全性の追求は、相補性の逸脱を目指すことを直接的に意味するためです。

不完全でいいのではないでしょうか。

その短所は、誰かの鍵穴となり、鍵を活かします。

地上に人間が2人以上存在する理由は、ここにあるのではないかとさえ思います。

また、「傲慢さ」や「驕り」などの感情は、他者の存在により自分が成り立つことを忘れ、完全性を追求するが故の感情だと思います。


(4) アイドル、乃木坂46など


そして、アイドルの魅力については、以前の記事で要点を整理しました。

要点の1つとして、アイドルにとって重要な要素は、成長する過程をファンと共有することにあります。

成長する=スタートとゴールにギャップが存在する、このことは欠陥があることと同義です。

様々な鍵と鍵穴を持つ個人が相補性の中で前進する姿は、実社会の写しであり、だからこそ人間はアイドルに共感するのだと思います。


【6】 最後に


まとめます。

僕の意味する「相補性」は、なにも「個人が社会の駒になる」ことを表すものではなく、同時に一方通行の「依存」にも該当しません。

むしろ、あなたがいて、他者が成り立つ。そして、他者がいて、あなたが成り立つ。

だからこそ、「個」が尊い(respectful)のです。

あなたが、尊いのです。

僕はこの22年間、顔も名前も知らないあなたの存在に、幾度となく励まされ、助けられてきたのではないかと思います。

本当にありがとうございます。

だから、自分に何ができるか分からない、なんて言わないでください。

誰にも頼らず1人で生きていく、なんて言わないでください。


【7】 Epilogue


この文章は、他の誰でもない、僕自身に向けたメッセージになります。

僕は、この22年間必死に踠いてきました。

何者かになりたい、他者に承認して欲しい、何も失いたくない、完璧でなければいけない…。

自己肯定感の低さが故に、常に完全・完璧を追求することを選択し、それでいて驕りに満ちていて、自分の弱さを人に開示することができず、他者との対話を避けて孤独の空間に身を置く存在、それは僕自身の生写しです。

そうか、僕はこの4年間、色々なアプローチを通して、自分の内側に向き合い続けていたのか。

この気付きは、映画『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』で「相補性」という言葉を初めて聞き、その後一人でゆっくり意味調べて考えたり、散歩をしたり、他者と話す過程で、時間をかけて形になって行きました。

社会空間に溶け込んで、どこをほっつき歩いていたのか分からない、自分をやっと見つけることができたような気がしています。


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