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SDGsと先住民族の権利③〜コロナ禍の「健康に生きる権利」と「情報へのアクセス権」〜

[レポート解説]#先住民族 #新型コロナ #情報へのアクセス権 #SDGs #leavingnoonebehind

新型コロナ流行の最中、先住民族に対する権利侵害が多数報告されています。最も脅かされているのは「健康に生きる権利」「知る権利」です。2020年6月にリリースされた国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)のレポートをもとに、解説します。

世界の4億7600万人以上の先住民族に深刻な影響

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(出典:DESA

8 月 9 日の「世界先住民族の国際デー」に先駆け、アントニオ・グテーレス国連事務総長は、以下のような先住民族の置かれた状況を危惧するメッセージを発表しています。

"新型コロナウイルスは、世界の4億7600万人以上の先住民族に深刻なな影響を与えています。(中略)先住民族のニーズに対応するため、必要なリソースを確保し、彼らの貢献を称え、彼らの権利を尊重することが、各国にとって非常に重要です。新型コロナ流行の前から、先住民族は、構造的な不平等、汚名を着せられ、差別に直面してきました保健医療、清潔な水、衛生設備へのアクセスが不十分であるため、新型コロナに対する感染リスクを高め、脆弱性が増しています。(中略)
先住民族は、自分たちの土地、領土、資源を管理する自治権を持ち、伝統的な作物や伝統的な医療により、食料安全保障と医療ケアを確保してきました。(中略)
先住民の権利を実現するということは、新型コロナウイルス対策と復興戦略への議論への参加を認めることです。"
(出典:事務総長プレスリリース(SG/SM/20194, 2020年8月3日付)

課題1: 医療アクセスに乏しい生活環境

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1つ目の課題は、SDGs(国連持続可能な開発目標)のゴール3「あらゆる年齢のすべての人々の健康的な生活を確保し、福祉を促進する」に掲げられているような、先住民族「健康に生きる権利」が脅かされていることです。

新型コロナウイルスの発生により、先住民族以外の脆弱な立場にある人びとは、特に影響を受けています。特に、先住民族の多くは、医療設備の乏しい遠隔地に暮らし、電気や清潔な水へのアクセスがない地域も多いからです。

また、政府が先住民族の権利を尊重し整えるべき、先住民族のニーズや言語に合わせた医療サービスが限定的であることも、理由だと言われています。

経済状況も一気に悪化したことで、栄養不足も懸念されます。特に、先住民族の障がい者は、情報伝達方法で障がい者への配慮が無く、医療情報へも医療サービスへもアクセスができないような、差別につながっています。そして、先住民族の女性たちは、普段から食料調達の担い手、疾患者の介護者としての役割を担っているケースが多く、感染リスクが男性より高いそうです。

高齢者や基礎疾患を持つ先住民族は症状が悪化した場合、人工呼吸器が必要ですが、そのような適切な医療サービスを受けることができない場合も多く、他地域に比べて先住民族のコミュニティの死亡率が著しく高いことも指摘されています。(ブラジルでは先住民族の死亡率が通常の2倍

常に集団で生活している先住民族が多いため、コミュニティで感染が発覚した場合、適切な医療サービスを受けるために、感染者は、慣れ親しんだ土地を離れ、緊急的なシェルターや医療支援施設で暮らすようなケースも発生しています。

一方、都市に住む先住民族は、土地の奪取、貧困、軍事化(例えば、国家プロジェクトの施設管理を政府軍が担うことで、住民が追い出されてしまうケース)、伝統的な生計の悪化のために都市部に移住してきた人が多いため、日雇い労働でインフォーマル部門で働く人が多いため、医療サービスへのアクセスが都市に住む他の人びとと比較し、非常に限定的であることも感染リスク・死亡リスクを高めています。

課題2: 最新情報の収集・発信には、言語の壁がある

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2つ目の大きな課題は、先住民族の「情報へのアクセス権(知る権利)」です。SDGsのターゲット16.10 では「国内法規及び国際協定に従い、情報への公共アクセスを確保し、基本的自由を保障する」ことが求められていますが、新型コロナウイルスの症状や感染対策に関する「知る権利」が侵害されています。

先住民族のニーズや多様な言語に合わせて、新型コロナウイルスの脅威や感染リスク、必要な対策についての情報発信が不足しているのです。

先住民族の感染状況に関して、十分に情報収集が行われておらず、先住民族特有の感染状況などの統計データも、政策に反映させる上で不十分であることも、大きな課題になっています。

先住民族独自の解決策: 伝統的な医療と独自モニタリング策

人権侵害を受けているコミュニティは、命を守るために、自主隔離によって感染リスクを軽減していますが、それに加えて、先住民族は長い年月をかけて培った伝統的な医学の知識を生かし、あらゆる対策を取り、自ら乗り越えようとしています。

【伝統的な医療を活用した感染症対策】
●カナダのケベック州の先住民族は、感染リスク軽減に効果的な、杉の葉で作ったハーブティーなど伝統的な薬を使用
●ネパールでは、先住民族団体が主導で、森から摘んだハーブや野生のスパイスを使い、感染症への免疫力を高める薬を開発
●インドネシアの先住民族は、地元で調達した原材料を使用し、消毒剤や石鹸、その他の衛生製品の製造に、伝統的な知識を活用
●モロッコでは、アマズィー族にによって消毒・浄化プラントを開発
●コンゴ民主共和国では、先住民コミュニティが、新型コロナウイルスの症状緩和に効果がある伝統的な植物を活用
●コロンビアでは、宗教的指導者や先住民・ナサ族の女性たちが、伝統医学の強化を目的としたトレーニングプログラムを実施し自主学習
<出典:OHCHRレポートより抜粋。筆者が仮訳>

自らの感染状況を把握することで、さらなる対策を図るため、自主的なモニタリングを実施する先住民族コミュニティも登場しています。

【自主モニタリング対策】
●カナダのケベック州の9つのコミュニティの先住民族リーダーたちは、感染リスク軽減を目的とした戦略的なユニットを設立し、慢性疾患や過密住宅の割合の高さが感染原因と特定
●コロンビアでは、国立先住民機関(ONIC )主導で、先住民地域における 新型コロナウイルスの影響を情報収集・モニタリングの結果を集約するシステムを開発
●メキシコのマヤ族は、危機に直面したコミュニティのプロトコルとして、1) コミュニティの基本的なニーズ確認、2) 緊急時対応計画のモニタリング、3) 危険にさらされている人々の保護、4) 感染の兆候のモニタリング、の4つの軸を設定<<出典:OHCHRレポートより抜粋。筆者が仮訳>

政府による解決策: 多言語での情報発信と法改正

オーストラリア、ボリビア、ブラジル、カナダ、チリ、コロンビア、デンマーク、エクアドル、フィンランド、グアテマラ、メキシコ、ニュージーランド、ノルウェー、ペルーを含む多くの国では、先住民族の言語で新型コロナウイルスに関する情報を発信を実施しています。

しかし、先住民族のリーダーや国際人権NGOが各国政府に対し、「先住民族を新型コロナ対策の意思決定者として認識すること」、「先住民族を脆弱層として認識し優先的な支援を行うこと」など根本的な対策の重要性を訴えているものの、先住民族の権利を尊重する方針を打ち出した政府は、ごく一部に留まります。

●ニュージーランド保健省は、先住民族の健康上の不公平を考慮し、マオリ族の健康に特化した行動を特定した「マオリ族のための新型コロナウイルス行動計画」を策定した。本計画では、「マオリ族は、健康と障害者サービスの設計、提供、モニタリング、および新型コロナウイルス対応における重要な意思決定者である」と強調
●オーストラリア政府は、アボリジニおよびトレス海峡諸島の先住民族に対し、文化的に適切な証拠に基づいた新型コロナウイルス対策を開発し実施。本計画は、政府と先住民族間の双方向の情報連携を保証するため、保健省と国立アボリジニ地域管理保健機関が共同議長を務める諮問グループによって作成
<出典:OHCHRレポートより抜粋。筆者が仮訳>

いま、私たちにできること

皆さんの生産する商品のサプライチェーン上に、先住民族のコミュニティが含まれている場合、新型コロナウイルスの発生後に、彼らの生活状況や感染リスクなどを調査していますか。

パンデミックのような緊急事態には、先住民族のような脆弱層の人権リスクが高まるため、定期的な調査時期ではなくとも、状況を確認することが必要です。

また、「誰一人取り残さない」という観点でSDGsに貢献するようなビジネスを検討している方は、こうした先住民族の基本的人権を守るために、テクノロジーを用いたイノベーションや多言語対応等に必要な知見を活用する、ということも検討してみてはいかがでしょうか。なかなか国内の支援はもとより、国際的な支援も行き届かない状況であり、こうした厳しい状況こそ、ビジネスの力が求められていると思います。

<先住民族側のニーズ>
●可能な限り、多くの先住民族の言語、かつ、子どもにもわかりやすい方法、障がい者にもわかりやすい方法で、先祖代々受け継ぐ地域に住む先住民族にも、都市部に住む先住民族にも、情報が行き渡る仕組みが必要。
テクノロジーの開発には、先住民族の子どもや若者も参加し、彼らの意見を反映させ、継続的に利用できるものが必要。
家庭内暴力の予防措置、被害者への支援サービスに関する情報へのアクセスを確保することが必要。
<出典:OHCHRレポートより抜粋。筆者が仮訳>

最後に、これまでに開発された国連機関、現地政府、企業などの連携で生まれたプログラムを紹介します。

<オンライン教育プラットフォーム:ウルグアイ>

●南米ウルグアイでは、10の先住民族グループが、オンライン教育プラットフォームを活用し、免疫力を高める薬草の利用について先祖代々の知識を交換
<出典:OHCHRレポートより抜粋。筆者が仮訳>

<メディア会社との連携:メキシコ>

●メキシコでは、差別防止全国協議会(CONAPRED)が、パンデミックのニュース報道が正確でタイムリーに先住民族に伝わるように、メキシコ州の公共放送システムとメキシコ教育ラジオ・テレビ放送ネットワークにコンテンツ作成を要請
<出典:OHCHRレポートより抜粋。筆者が仮訳>

<SNSを活用した情報連携:ベリーズ>

● ベリーズでは、先住民族団体が、WhatsAppのテキストメッセージングを利用して、マヤ語に翻訳された最新情報を、随時、39箇所のマヤ族の村に提供
<出典:OHCHRレポートより抜粋。筆者が仮訳>

<国連との連携による:コロンビア>

●コロンビアでは、全国コロンビア先住民族組織(ONIC)および国連広報センター(UNIC)との協力で、新型コロナウイルスの予防、ケアを注意に関するメッセージが、コロンビア陸軍の放送システムを通じて発信
<出典:OHCHRレポートより抜粋。筆者が仮訳>

こうして見てみると、まだ先住民族のニーズを満たすための仕組みに関して、ビジネスが画期的なイノベーションを起こしている事例があまり存在していません。

SDGsビジネス、ソーシャルビジネス、課題解決型ビジネスなど、様々なビジネスモデルの可能性が議論されていますが、先住民族のニーズの視点を入れたマーケティング手法もお勧めしたいです。

そして、「人権侵害が発生している状況=企業にとってのリスク」だけと捉えるのではなく、企業が持つイノベーションを起こすノウハウや思考、そして、テクノロジーをリソースとして、「人権侵害をなくすようなビジネスモデルの開発」に取り組んでみるのは、いかがでしょうか。これも、「ビジネスと人権に関する指導原則」で企業の社会への貢献として求めている役割です。

Social Connection for Human Rights/ 鈴木 真代

<参考情報>
「世界の先住民族の国際デー」オンラインイベント:
2020年8月10日(月)午前9:00-11:00 *米国東海岸(EST)
今年のテーマは「COVID-19と先住民族のレジリエンス」。先住民族がパンデミックの脅威に直面しながらも、その生存を脅かす重大な脅威に立ち向かい、レジリエンスと強さを発揮し続けている革新的な方法に関するパネルディスカッションが行われます。目的は、先住民族の伝統的な知識と実践の保存と促進が、このパンデミックの間にいかに活用され、レジリエンスを発揮するか明らかにすることです。先住民族団体、政府関係者、国連機関、市民社会、一般の方々も参加でき、パネリストたちは、レジリエンスに焦点を当てたインタラクティブなバーチャルイベントをリードし、優れた好事例を紹介します。(ウェブサイト掲載文を筆者が仮訳)

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