または帰れ

ゆふをなづむ紅蓮の窓に降る花のさざんか受難を暫し留めつ

青春の胸傷むるなかれ心臓の早鐘打てる白樺の森に

みづの殉教満ちてきたりぬ肺臓にまざまざと泛ぶ柘榴の花は

観念の窓枠をこゆる木霊あり 聖霊の死をみとめたる部屋に

出口なきこゑわれありと叫ぶなり 密室に解き放たるる一翅の蝶

聖痕のてのひらを見咎めよ壁は 密事進みぬ眞昼の町に

性愛のにがき名残に緩み落つる葯花夥しく卓をうづめて

飾釦縁に鏤む蔓草の花の印章 鋳抜かば均しく

実存のふかきを揺蕩ふみづ燈もて明かさば一滴の血へと 

戴冠に嘲罵飛び交ふゴルゴダへの道いたりつきはてぬ俗信も

聖性とは 万物の檻なす世界にて事実のみつぐひとの知性は

報はるもあらなく 地平に燃ゆるかひやぐら旧都ソドムのなごり差しつつ

存在普く記号に代入さる 純粋経験の定義は机上純水壜に充ちて

観念の拍車打つ馬の脇腹 佳く駈くるかな人為の及べる丘に 

想念に綺羅なせる花模様の壁一処に掠り疵あり そこのみが実

瞬間の窓を昇れる枯葉かな 到る所に印画紙を散らし

街灯の遠近 緋と白の廻廊にはためく布は無音を孕み

干乾びたる薔薇と写本在る 形而上美術のたはかれときに

純粋主体 線描画輪郭のみを残しモナドなき即物へ近づきぬ

想像の林檎の実そのものを一般化せる平均的形容も 画一ならず

感傷の花は廂に降り積みて何思ふなき羽蟻一匹

闌の春憂ひせるひともとの葦薄緑なすわかきこころへ

残照に額をむけて無残にも終はりてゆきぬけふの菖蒲圃

春は夢かあまねく若葉榮えても老朽邸宅へ盛りぬ 焚火は

亡命の偽証の爲に 相貌を取りかへる怪人二十面相

薔薇の花解れてみづの底へしづむ 帰郷叶はざるか胸板よ

思想敗れて立ち尽くす夕つかたに死せ 今際の際を引く潮騒に

全的なる自由ゆゑに窒息すあをぞらを牽く巨躯の歯車

哀悼に水滴をただ艱難を耐えて傷つき斃れたるもの

埋葬は静やかに 天窓に鳩かへりくる日を迎ふ そのとき

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