廻廊遠近法

  
カナンへつづく一週間の燔祭を醒めて組せず兵士の主へ

やがて絶えなむ旧約へ宣誓す青年きさまこそわが敵

蜂窩蘂青く天使へ棚引きぬ夜には夜の自由律の箱

蜜蜂の屍受く手世界の質量は加へられたり一瞬に死す

戦争眞后テレヴィ写る防衛兵の頬打ちて蘭科植物

滅亡す民族へ清からず聖絶の根絶命令くだせる神に

神に惑ふひとり依代神霊の託宣のもと殺めたまふ隣人

隣家喪家へユダヤびと棄民の果に無花果のごと潰し 畜

戦争経過つなぐ受話器の音信の途絶ゑたり投下さる原子爆弾 

カナンには虐殺を 主神齎すいしずゑに平和ありて乳の匂の兵

  
  
薔薇水栓洗面台に刻線継目蛇口管の緩び螺条旋・痕

ひとあやめたるここちにてみづの洗面器泛ぶ驕れる相貌に ゆび

神無月蕗の肉噛むうろうろと青年の咽喉笛にああ浅黄色の洞

南蛮楽人図へ弓引くなかれ爽少年笛吹く天人草・雨夜

降服の平和つづきて戦争の平和つれだち来、いづれも収奪

翼廊眠る衣手に百合の鱗の根剥き百のまぶたへ降る展翅集

鐡条錯綜の垣ゆ夕菅燃ゆる金管のかたち呼ばふは 誰

揺籃歌死を思ふ春の西風に葡萄園・喜ばしき収穫者

掌握に溢るる病精神医統計実験ゆ淘汰そののちの 桐の花

銑鉄に幼時時計の大広間極楽鳥絵図目の外に立ちて

  
  
鏖殺の千の夕闇しばたたき蝉の釣鐘時報せ打て

書を捨てむ旧約の神から御旨抗ひてみづひかる馬盥

目には目を頬には頬を釘製錬場に洗礼受く赤熱の痣

割礼に剥かれたる百合球根の鱗葉の果残る霊とは

種蒔時 秋にはみなかられゆきぬこと白露たたへて死ね蛍、蛍

ここより聖霊の領涙滴の鏑鳴り囀る頬白尾羽

エルサレム平和の火灯るガザの心臓殺めり・収容病院

イスラエル思ふ日本思ふ同胞群 供犠嫡男を愛すも

報復満つる児は精霊飛蝗の直翅・脚捥ぎて捥がる 韻律

韻文の核なせるものへ背きみづからの五体五官疑はば見ゆ

  
  
齧歯類記憶骨の智慧透きとほる耳翼の細やけき血管

花ばかり架かれる降誕祭の画 苗市に噛合はず柘榴二振り

死の後も死なり 涅槃仰臥図へ累たり椿花・落つる間をかなしみ

非‐佛・耶蘇足石歌つくらめこころみに死しき最たる神の箱出でて

劣性遺伝つまり被淘汰対象に櫻花の白き肉叢ひしめき 

実験塔優生化学の六弁花反応図へとプルート・物質

しらじらに幹の肉裂かば護謨の木ゆ滴る樹脂・葉その他

死者の名前読み上ぐる人工知能に問はむ汝が死はいつ来

無人機へ機銃を附け人間を無機的殺害せり、神の心算に

ヒロシマ・ナガサキ型投下炸裂式弾頭の静か工廠に后の兵隊

  
  
理智地上へと陽をもたらすも呪ひの焔呼ぶ、冥府庁長

希望の箱・死の灰散らしつつ落ちぬ座標は敵 呪はれりアメリカ

東京空襲・ガザ空襲の死者誰もしらず敵味方関係の折節

系譜系統図きざす未草・苦艾へ変ずまで曝心より四里塚

幽霊列車行方不明の鐡路黒灼けて写真に映りぬは 何

みづぶくれ垂らしかの日のかの時の時計鳴る鐘ひびく遅蝉

終末時計刻むひとの手天文室炙られ崩れずに立て壁

カナン血肉の供犠過越になほ死の天使・万軍を斥すも書

書の雹雨・言葉のほかをしらずありひかりひとつぶ時雨れゆくかな

霞零る辞書に目の見ゆ見ゆるもの・見えざるものもろとも夏蝶

  
  

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