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「喪失感をどうしたらいい?」 児玉朋己 著 を読んで

感想文集ー統合失調症をもつ人の著作を中心にー no.5


「喪失感をどうしたらいい?」
 私が体験した、統合失調症回復のためのステップ7+1 児玉朋己著


あなたは、「自分には青春がなかった」「自分には20代30代がなかった」という喪失感に圧倒されていませんか?   (本文より)

こんな問いかけで始まるこのエッセイには、喪失感に向き合ってきた著者自身のこれまでの道のりと対処が静かな筆致でつづられています。

著者の30代は統合失調症の消耗期だったそうです。
陰性症状のため身体も頭も動かないまま時間ばかりがすぎ、「自分には30代がなかった」という喪失感を抱えるようになったそうです。


喪失感を強く感じ、嘆く時間は必要かと思います。
悲しみを無理に感じないようにするのは、かえってあとあとダメージが残ると思います。 (本文より)

その後いくつかの段階を経て「意味づけを変える」作業に至る経過が、道しるべを示すように分かりやすくまとめられています。
どんな段階を経るのか、意味づけを変えるとはどういうことか、その肝心の点は、ぜひ本文を読んでください。


これは地味な作業ですが、過去の不本意な時期に囚われたまま現在をも不本意なものにするのを避けるために、とても大切な作業だと思います。(本文より)

地味と述べておられるように、何か目に見える仕事を成し遂げて喪失感を吹き飛ばすといった華々しいことではないのです。

私には、小さなスイッチを押して明かりを灯すような静かなイメージが浮かびます。
そのスイッチは、すぐには手の届かないところにあります。
喪失を嘆いたり、喪失感をなんとか飼いならして過ごす月日をくぐりぬけて手が届く。
それでも生きてさえいればやがてたどり着く、それまでの過ごし方、考え方を著者は優しく伝えてくれます。


「過去の不本意な時期に囚われたまま現在をも不本意なものにするのを避ける」という一節はとりわけ印象的です。

喪失感とは、怒りや悲しみなどの分かりやすい感情とはちがい、自分でもとらえどころがないままに心に大きな穴が空いているもの。
取返しがつかない、もう決して手に入らないという無念が引力になり、その穴へ私たちを吸い込みます。
そんなブラックホールに捉えられてうずくまっているあいだは、現在もまた不本意なものになっているのかもしれません。


なおこの文章は「私が体験した、統合失調症回復のためのステップ7+1 」のステップ6にあります。
50才前後に書かれたものでしょうか。
喪失感に向き合った各段階の記述を読むと、年月を歩んでこられたからこそ分かること、見える景色があるのだろうと感じます。

今、強い喪失感のただ中にいる人たちに読んでもらいたい文章です。


(追記)
著者がこの感想文についてツイートしてくださいました。
ありがとうございます。


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