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世界映画市場分析⑤〜映画館の供給は足りているのか?〜

前項「世界映画市場分析④〜最適なチケット料金とは?〜」では、各国のチケット料金事情を確認のうえ、最適なチケット料金とはなにか?について検証しました。簡単には答えの出ない問いで、これが正解ですという明快な解答は出せずじまいでしたが、何かのヒントになっていれば幸いです。

さて、その項のなかで、安価なチケット料金設定にしている国でも、国民1人あたりの平均動員数には大きな差が出ている、そしてそこには明確な理由があると書きました。まずは、その理由について論じるべく、各国の上映設備の供給量について確認していきたいと思います。

動員を最大化できる最適なスクリーン数とは?

主要マーケットの「スクリーン数」についてのデータをまとめました。計3,000スクリーン以上を確保している国は全部で13。中でも中国とアメリカが圧倒的なシェアを誇っています。

主要マーケットのスクリーン数と供給率

緑の点線で示したのは、各国における「スクリーン供給率」です。人口に対してスクリーン数の割合がどうなのかを示しています。0.01%を超える国は全部で3つしかありませんので、アメリカの0.0117%という数字はかなり高い水準になります。全体の平均値は0.0047%です。日本は0.0029%ですから、平均よりもだいぶ低い水準ということになります。

実は、この「スクリーン供給率」こそが、国民ひとりあたりの平均動員数に大きく関与しています。スクリーンが多ければ多いほど動員数も増える…という当たり前の話ではあるのですが、チケット料金設定とスクリーン供給率がうまく噛み合わないと、動員を最適化することはできません。

前項でも触れた「購買力平価GDPにおけるチケット料金の割合=お財布インパクトが低い国々」の数字をもう一度振り返ってみましょう。今度はスクリーン数とスクリーン供給率の数字も並べて入れています。

お財布インパクトが低いチケット料金設定の国々の動員数とスクリーン供給率

例外はありますが、「人口あたりの平均動員数」が多い国々は、「人口あたりのスクリーン供給率」も高いことがわかります。逆に言うと、スクリーン供給率が低い国では、安価なチケット料金を動員数につなげることができていません。もしかしたらそれらの国々では、スクリーン数さえ多ければ、もっと多くの観客を動員できているのかもしれません。大きな機会損失ですね。

では、スクリーン数の最適な数とはどのくらいなのでしょうか。人口あたりどのくらいの供給率があれば、機会損失せずに動員を最大化できるのでしょうか。まずは各国の「スクリーンあたりの平均動員数」を調べてみます。

日本はもっとスクリーン数を増やすべき?

調査対象68カ国の平均値は24,659人でした。最大値94,662人を誇るのが世界一の動員数を誇るインド、以下、53,585人の香港、51,838人のインドネシア、45,098人のペルーと続きます。実は「スクリーンあたりの平均動員数」上位に名を連ねる国々のほとんどが、「人口あたりのスクリーン供給率」下位に名を連ねています。これらの国々は、まだ十分なスクリーン数を供給できていない、と言えるかもしれません。

実は日本も「スクリーンあたりの平均動員数」上位(5位)&「人口あたりのスクリーン供給率」下位(45位)な国のひとつで、すなわちスクリーン数が足りていません。現時点では、日本はもっともっとスクリーン数を増やしてもいい国のひとつで、実際、このコロナ禍にも10以上のシネコンがオープンしてスクリーン数はコロナ前の2019年と比べて100以上も増えています。

とはいえ日本もどこまでスクリーン数を増やすべきなのか判断が難しいところです。その最適解を検証すべく、世界の2強市場のひとつである中国の例を参照してみましょう。

中国のスクリーン数と平均動員数の推移

中国は「スクリーンあたりの平均動員数」が調査対象68カ国中下から2番目の8,657人という低水準です。「人口あたりのスクリーン供給率」は平均値よりも高い0.0058%ですから、現時点でやや供給過剰のように見えます。

この10年ほどで急成長した中国の映画市場ですので、変化のスピードが急速すぎて、最適なサイズをいつの間にか追い越してしまった…というのが実情かもしれません。下は過去10年の「スクリーン数」と「スクリーンあたり興収」の推移グラフです。

赤の折れ線グラフが「スクリーンあたり興収」の推移です。ご覧の通り、2014年をピークにその数字は下降線を辿っています。結果的に、もっとも効率よく動員できたのは2014年時点の26,034館だったことになります。「人口あたりのスクリーン供給率」に換算すると、約0.0018%とかなり低い数値です。この時点では、需要が供給を大きく上回っていた状態だったと思われます。

そうした背景のもと、中国では今もってなおスクリーン数が増え続けているわけですが、「スクリーンあたりの興収」の推移をみるかぎり、そろそろ施設の供給は頭打ちになりそうな気配です。

コロナによる打撃を受ける前の2019年までの推移を見れば、中国市場ではスクリーン数の増加に伴い、動員数および興行収入も右肩上がりに増えていましたので、この時点までは順調な設備投資計画だったと言えそうです。ということで、2019年時点の中国市場=「スクリーンあたりの平均動員数」25,277人、「人口あたりのスクリーン供給率」0.0048%(どちらの数字もほぼ世界平均値)がひとつのベンチマークと捉えていいかもしれません。

日本市場の最適なスクリーン数とは

ふたたび日本市場に戻りましょう。まずは2000年以降の日本市場におけるスクリーン数推移をあらためて確認してみます。

日本市場におけるスクリーン数と動員数の推移(2000-2022)

まずは、コロナ前の2019年までの推移を見てみましょう。
2000年には2,524だったスクリーン数が、2019年には3,583まで増えています。約20年のあいだに1,059スクリーン増えている計算ですね。動員数をみると、2000年は1億3500万人だったものが、1億9400万人まで増えました。スクリーンあたりの平均動員数は2000年の53,641人に対して2019年が54,399人ですので、施設の数が増えても平均動員数は落ちないという、まさに理想的な投資ができていました

2000年と2019年の比較
スクリーン数 :2,524 → 3,583 (+1,059)
動員数    :1.35億人 → 1.94億人 (+5,900万人)
平均動員数  :53,641人 → 54,399人 (+758人)

これらの数字は世界標準からみても非常に優秀で、日本でいかに映画文化が浸透しているかがわかります。日本における映画館興行は落ち目でも頭打ちでもなく、むしろ成長途上にあった、というのが実際のところです。

そこにコロナが直撃し、日本の映画市場は大きく変化しました。それでも、「世界映画市場分析②〜明暗分ける「コロナからの回復」〜」で示したように、日本市場は世界の他市場に比べてその回復がとても早く、今後にも大きな期待が持てます。

2022年には2019年対比77.9%だった動員数が今後どこまで回復するかはもう少し注視が必要ですが、その回復具合を差し引いたとしても、日本ではまだまだスクリーン数を増やす余地があると言えそうです。

先ほどベンチマークで示した2019年時点の中国市場=「人口あたりのスクリーン供給率」0.0048%に換算すると、現時点で人口約1.25億人の日本においては、6,000スクリーンくらいまで増やすべきということになります。現在のスクリーン数が3,634ですから、実に165%もの拡大です。

もちろん、年齢や地域における人口分布も加味する必要がありますが、スクリーン数を増やすことで日本は映画人口をさらに増やすポテンシャルがあるのは間違いなさそうです。

コロナ禍以降、多くの単館系映画館といくつかのシネコンが閉館を余儀なくされましたが、実はその裏で新たなシネコンが数多くオープンしています。当然ながら、それらはコロナ以前の好景気の最中に計画されたもので、今後、各シネコンがその拡大路線を継続するのかどうかはわかりません。ただ、世界的に見ても順調なコロナからの回復、およびもともとのポテンシャルの高さを考えれば、これから先さらに映画館の開設ラッシュがあっても驚きません。前項「世界映画市場分析④〜最適なチケット料金とは?〜」でも述べましたが、直近行われているチケット料金の値上げは未来に向けた原資の確保、すなわち新たな映画館開設のための策であると推測します。

今回、5回に分けて世界の映画市場を分析してきましたが、あらためて日本の映画市場が高いポテンシャルを秘めていることがわかっていただけたかと思います。この先、さらなる発展を遂げるため、日本の映画市場がどんな手を打つべきなのか。そのヒントを探るため、引き続き世界の映画市場の動向にも注目したいと思います。(了)


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