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水星と木星/必要と偶然


必要は発明の母

必要は発明の母という言葉を耳にしたことはあるだろうか。

水星と木星について考えるとき、いつもこの言葉が頭をよぎる。

水星は双子座と乙女座の支配星。水星は論理を示し、数学の証明のように厳密でなければならない。

双子座は学習(学ぶ側)を象徴し、小中学生のような初心者、小手先の技術を示す。乙女座は管理人のような存在で、認識とモノの定義の正確性を重視する。

日本は太陽が乙女座で、管理がとても得意。
ただ、物を維持させる能力に長けているものの、月は射手座でいささか組織の柔軟性には欠ける国のようだ。

まあ、出生図では月が射手座が完全に欠損ているようにも見えるが、実は太陽分割図上では太陽射手座の国である。

つまり、射手座的な歪んだ行為....例えば、自分は正しい教育者で、絶対的な存在だと思い込んだり、思考停止して宗教を妄信したり…に惑わされず、
自分の心の原理(4ハウス)を乙女座的な視点からしっかり見つめ直している限り、日本が決して柔軟性がない馬鹿の国じゃないことを証明できるはずだ。

私はこの水星が、「必要は発明の母」という部分に当てはまると思う。

水星は、流動的で判別しにくい世界を分類し、まとめ上げ、他者に理解できる形で提示する役割を担っている。

この技術は土星とも関連があって、水星は技術を身に着けることで社会貢献のすべを身に着ける。

そして、土星は常に水星に対して論理を求め続ける。

それはまるで、頭の固い上司をどうやって動かすか、動かすための論理を考えるのにも似ていて、結構シビアだ。身の程知らずな水星なら、土星によって爆!されること待ったなし。

しかしこの水星と土星の意思が揃うとき、新たな発想を生み出す土壌が完成する。言ってみれば、下品な言い方にはなるけれども、子宮の妊娠準備が整いました!みたいな感じだ。土星はユダヤ教のカバラによると、ビナーと呼ばれこれは子宮を象徴している。

そして恐らく、日本の誇れる大企業が扱う技術の大半は、この水星と土星のプロセスによって生み出されている。

水星障害と克服のための工夫

個人的な話にはなるが、私は右回り12ハウス射手座水星という配置を持つ。

伝統占星術的には、射手座の支配星である木星が双子座にあるため、ミューチュアルレセプションという配置になり、水星と木星はお互いに強化されるので悪いというわけではないものの…やはりデトリメント惑星はそのままだとかなり使いにくい。

理由は簡単で、人工知能のような処理を担う水星ではあるが、射手座のようなオールラウンダー領域では情報過多でパニックを引き起こしたり、データが溜まり過ぎたPCのように動きが鈍ったりするのだ。

うお座の場合も同じようなものだが、射手座とはまた少し違っていて、情報パニックは起こらない。それよりもさらに根本的にまずい問題があって、

そもそもうお座にとって、認識的に分かつことが前提の「情報」とか「知識」だとかは、「本当の世界を知覚する」際には何の意味も為さないことを、あまりにも本質的に知りすぎている。うお座水星を持つ人で有名なのは松村潔(占星術のすごい人)とか。

認識とは時間のようなもので、移ろいゆく破片に過ぎない、意味がない、という感じだろう。外界よりも自分の内側に視点が存在している。しかしこのままでは他人とコミュニケーションも取れない(笑)。「内なる言語」は外側にそのまま向けても伝わらないのだ。

出生図で射手座水星やうお座水星がある人は、やはり水星の使い方を自分で常に意識したほうがいい。大丈夫、頭が悪いと絶望する必要はない。才媛キュリー夫人だって右回り12ハウス水星は射手座初期度数だった。( ´∀` )

そもそも出生図は月の物質を示している。出生図上の惑星と配置は、「この分野で使ってください」ということは示していても、「このように使ってください」という意味ではない。当たり前だが、支配星が決まっている以上はそれぞれの惑星には正しい使い方が存在する。

キュリー夫人の場合は太陽分割図で水星9ハウス乙女座だったから、乙女座的に水星を使っていたことがうかがえる。そう、彼女は水星の使い方を射手座で腐ることなく…分析的な脳の使い方を学び、自分なりに工夫していたはずだ!多分!

偶然は発明の父

それでは、「偶然は発明の父」の部分は何に当てはまるかを考えてみよう。

まあタイトル通り、私はこの偶然は木星のことだと思う。

この根拠は実に簡単で、木星はタロットにおける10:運命の輪を示していて、この運命の輪は太陽のシンボルでもあることだ。

偶然、と書いてはあるものの、木星や土星といった社会天体は、一見そこで起こることのすべてが偶発的なことに見えて、実は偶然は存在しないという矛盾を持っている。

木星は個人無意識を象徴する月の嘆きを癒し、太陽へ導く重要な役割を担っていて、これはユダヤのカバラにおいて哲学を象徴する射手座が太陽と月を結び付けていることからも十分に読み取れる。

ドラゴンヘッドが木星のような存在だと表現されるのも、木星にこのような性質があるためだ。

木星は蟹座で高揚するが、月の示す個人無意識に対して唯一栄養を与えることができる天体でもある。

木星の幸運を偶発的ではないと言えるのは、幸運が起こるのは、どんな状況下にあっても心腐ることなく月を癒し、勇気をもって太陽であり続けること…

つまり自分の人生を生きることで、無意識にしかし能動的に、望む状況を引き寄せ続ける努力が必要だから。

逆に言えばこの努力を怠る人間は木星の車輪が逆回りして、大不幸が起こるのだがその原因がどうしてもわからない、といった土星の試練に出会うことになる。

射手座人間の幸運とは、与えられた偶然ではない。それは常に思考と体と感情を制御し、人生のバランスをとる努力の結晶である。

また、運命の輪は太陽のシンボルでもあるが、これは成果に対する喜びの太陽(19番)というよりも子供のような遊び心、創造性を象徴する解釈がより近い。

「偶然を装う木星によって、自分の人生を生き続ける努力の対価として幸福や創造性を手に入れる。」

「偶然は発明の父」を占星術的に翻訳するとそうなるだろうか。

このままでは良く分からないかもしれないから、具体例を考えてみる。

例えば、リンゴが木から落ちるのを見て万有引力を見つけたり。

光を追いかける夢を見て、時間の相対性に気が付いたり。

海岸線で夕日を見ているときに、細菌を発見したり。

私の場合なら、風呂に入っていると突然占星術の発想が頭に浮かぶ。(いや、突然スケールが小さくなった( ´∀` ))

これらはすべて、精神が月から解放され、脳みそがリラックスして無に還り、太陽的な創造性の情動によって世界観に変化が生じるダイナミクスが引き起こしている。

射手座は運動感覚を象徴する。この運動は木星によって引き起こされているということで、木星はその意味で太陽を最大に援助する惑星かもしれない。

先に述べたとおり、このような木星のギフトを受け取るには自分のコンディションを最良に保ち、腐らずに勇気をもって自分の人生を生きることが前提だ。そしてそれは並大抵の努力ではない。

最近の日本では、(精神科医の樺沢しおん先生によると、)父性が欠如しているそうだが、このような勇気のある努力こそが父性であり、今の日本…或いはリーダーシップの欠如なども鑑みると、世界にとって必要な態度、生き方なのかもしれないと思う。




最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

またフラフラーと長文を書いてしまったけど、良く分からない部分もあったかもしれません、そして多分私も良く分かってません
(^w^)(*^-^*)

思いつくままにポンポン書いているので。。。。

最後はきれいな絵を見て癒されて、終わることにしましょう。

アカシックレコードってあるじゃないですか。

この世の叡智、宇宙の真理、太古から伝わる遺伝性の記憶、みたいな。

上の写真みたいな感じかなって、そしたら素敵だなって思います。
(о´∀`о)





























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