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白くなった

いまの時期、中高生は宿題に追われたりしているのだろうか。まだもう少し猶予があるか。

高校三年生の夏は夏休みが無かった。
そういう学校は結構多いと思うが、私の通っていた高校でも、三年生は受験本番に向けて夏も毎日授業を受けるのが通例となっていた。
だから、終業式のあとHRで担任が夏休みの宿題が配りはじめたときにはかなり驚いた。明日からも普通に学校来るのに!?
私は、せめて「夏休みの宿題」という呼称でなく、「夏の宿題」に改めてくれと抗議した。不誠実でしょ、と。
別に聞き入れてはもらえなかった。いま考えても、結構大切なことを言っていると思うのだけど。
高校では宿題提出率が細かく算出されていて、私は所属する特進コースの中でも屈指の低率を誇っていたから、聞き入れてもらえなかったのかもしれない。「いやでもお前、宿題やらんから関係ないやん……」と思われていた可能性はある。

宿題はやってよし、やらなくてもよし。ちょっとやってもいいし、逆にちょっとだけやり残してもいい。ちょうど半分だけやるのもまたよい。自在流である。
担任からは普通に「宿題出せ!」と怒られていた。担任に自在流は通用しない。
宿題について怒られる一方で、模試の結果で褒められることもあり、ちょうどプラマイゼロだった。実質褒められても叱られてもいない。

そんな中で、高三の秋に滑り止めの大学を受験して、落ちてしまうということがあった。
自分が一番ビックリして落ち込んだのだけど、その日のうちに職員室に呼び出され、関わりのある主要な先生全員から代わる代わるお説教された。ゼロが一瞬でマイナスになり、どのくらい時間が経ったか分からないが、解放された。
不合格とお説教のダブルパンチでボロボロになりながら学校を出ようとしていたら、たまたまクラスメイト2人とタイミングが重なった。
名前を呼ばれて振り向くと、その私の顔を見た2人が「あれ?……なんか白くなった!?」と言い、私はそのとき初めて自分の顔色が悪くなっていることを知った。「お説教されたからやと思う」と答えると、冗談だと思った2人は笑っていた。笑い事ではないよ。

いちおう書いておくと、説教によって顔色を変えられてしまった一方で、私もやられっぱなしだったかと問われるとそうではなく、説教の終盤ある先生から「もうこれで受験が終わってしまったとか思うなよ。おまえの受験なんてまだ始まってもないからな」と言われたときには、(なんかキッズリターンみたいですね……)と思いつつも、それを口にすれば説教が延長されると判断して沈黙を貫くなど、冷静さに基づく好プレーもあるにはあった。


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