書くことと書きたいものの距離、その旅程
ノルウェイのタイムマシン研究所のすぐそばには、大きな湖がある。木こりはそのほとりに暮らしていた。
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最近、これは書いておきたいぞ、文章にまとめておきたいぞ。と思うことが増えた。
なんとなく書きたいこと=〈何か〉があって、それについて書きたいのだ。
もう少し言うと、書きたいものが何かがわからないから、書くことを通してそれが何かを知りたい。
ちなみに、この〈何か〉は割と賞味期限が短いことが知られている。
ただ、書いたからといって、書きたいものが一体何だったのかがはっきりとわかるということはほとんどない。
なんとなくの手触りが掴めたくらいで終わることの方が多い。
箱の中身はなんだろなクイズみたいな感じである。
やったことないけど。
🏃♂️
頭の中でなんとなく思っていることと実際に書けること・書いたものに表れるものはだいぶ違う。そこには距離がある。
早くゴールできるようにできるだけ早く走る。距離を最短最速で詰めてやろうと頑張る。
でも、いい記録は中々でない。記録も出ないし、ゴールしている感じがしない時もある。そんな時もあるというか、そんなのばかりな気もする。
なんとなくうまくいかなったことは卵に包んでオムレツにするに限る。
そのときの味は覚えておく。同じオムレツは作らないように。
そんなことを繰り返す。やけくそみたいになって、記録とかゴールを一旦忘れちゃう。
記録とかゴールとかはそんなに気にせずに、そこで見えるものや感じるものの方を大事にしてみる。すると意外とそれが楽しかったりする。
大事なものは卵に包んでオムレツにするに限る。美味しかったレシピは取っておくことにする。また作るときには見ないかもしれないけど。
🥚
考えることと書くことには距離があって、その距離を旅するのが結構楽しい。
それは近所のコンビニまでの軽い散歩な時もあるし、日帰り温泉旅行の時もある。思い切って海外旅行しちゃう時だってある。
フォン・ブラウン号に乗って木星往還をする日もやってくるかもしれない。
どんな旅にせよ、その途中で一喜一憂したり、試行錯誤してみたりする。
「うお!」「あ!」「すげぇ!」「おい、木刀あるぞ!」「シャワーのお湯全然出ないんだけど!」「何だ、こんなとこにいたのか!」「バナナはおやつに入りますか?」「この生野菜は食べれますか?」「西に行きたいです!」とかやる。
憂はない方がいいかもしれないけど、大抵の場合、憂もある。
安室奈美恵さんの「CAN YOU CELEBRATE?」を聴いた。懐かしい。
Youがつく曲で1番有名な曲は一体なんだろうか。
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どのくらいの距離があるかわからない。その道中でどんなものを目にできるかはわからない。
〈何か〉は遠い時もあるし、近い時もある。距離がどのくらいなのか結局わからないこともある。
〈何か〉が何なのかわからなくても、美味しくなかったオムレツの味や美味しかったオムレツ、そのレシピが手元には残っている。修学旅行で買った木刀もある。
部屋を掃除していたらヒッチハイクで使ったスケッチブックなんかも見つけちゃう。
道に迷うことは、道を知ることだ。
というアフリカのことわざがある。
好きなことわざの多くがアフリカのことわざ。アフリカのことわざは最高。
アフリカにはこの世の全てがある。多分、ONE PIECEもアフリカにある。
〈了〉