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「俺たち何者になるんだろうね」から15年

朝起きると大学時代の親友から、10数年前のメールの写メが「懐かしい」と一言添えてメッセージが届いてた。もう書いたことすら忘れていた僕が新卒時代に彼に送ったメールだった。イギリス留学をしていた彼は1年遅れで就活していた時期だ。落ち込んでいたからなのかすら思い出せないが少しだけ先に社会に出た僕からのメールというか手紙だった。

お調子者でムードメーカー、それでいて繊細で落ち込むとドブのように深くおちるやつ。思い出すだけで色々楽しかった日々が浮かび上がってくる。時折会うけど、二人とも大学の頃と変わっていないなってクスクスしながら、遅れてきたもう一人の仲間がマジで1mmも変化してないので腹筋壊れそうなほど笑ったなぁ。大学の頃から、みんな老けていたし、それに合わせて、この友人ら二人は時期同じくドレッドにするし、女の子誰も寄り付かなくなったのは良い思い出だよ。もう本当迷惑だ。

手紙の中身は伏せておくとして、送った僕自身も彼のことを思って書いた言葉だなと思うし、それをコピーしてノートに貼ってある写真が送られてきたのにはグッときた。むっちゃ親友やんって。でも、大学での僕の財産は彼らとの出会いだったと思う。懐かしいな。みんな元気かな。元気だろうな。

俺たち何者になるんだろうね。って何者でもないときによく話した。
それの怖さとか期待とか色々混ざり合っていたな。「お前らしくないな」って普通にいってくれる仲間たちだ。当時、僕自身も自分で気づかぬうちに良くない方に変わりつつあった。そんな時、彼らが「おはよう」くらいの感じで「らしくないね、よくないわ」って言ってくれたのを覚えてる。

まだあの頃も(今もだけど)人としてまだまだ未熟で、未熟ながらも必死に何かになろうとして、自分を知ろうとして、背伸びをしていたのだろう。それをお互いにしっかり横目でみていて、違うときには違うと言葉にしてくれていたのだと思う。

大学での初めての一人暮らしがスタートするとき。
実家の両親が引越しの手伝いにきてくれた。その帰り際、おやじが「友達だけは絶対大切にしろよ」って、しっかり目を見て伝えてきたのを覚えている。たぶん、うちのおやじにも同じような時間があったんだろうと今思い返せば思う。それは一生の財産なんだと思う。

今、僕もメールの写メをくれた親友も父親だ。
俺らの子が巣立っていくときにこういってやろうぜ。
「友達だけは絶対大切にしろよ」って。
目を見て、しっかり、未来のその子に届くように深く深く。

いただいたお金は子どもに本でも買おうかと思ってます。