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ここだけの言葉

習慣化したものを止めるとリズムが崩れる。
先日終えたラジオ200回チャレンジ。
そのまんま普通に生きていると吐き出し先がないまま停滞する感情があることに気づく。
うなく出力を支えていたのだなと思う。

諸々の仕事がピークなのかピークじゃないのかわからないまま社員との面談を終え、体調を崩す。
油断禁物。横たわりながらぼうっと考えていた。誰かと話すことは面倒だと思う性格なのに誰かどこかには伝えたい。俺が面倒な性格ではないか。

特定の誰かに伝えることを目的とするのではなく、伝えることで整理できていくメリットを取っているのだなと感じる。その点、インターネットありがとサンクスな媒体だ。ここでも30名ほどの方々が目を傾けてくれている。いつも見守ってくれてありがとう。

ドライブでの会話が好きだ。
運転席と助席。このエリアだけの会話。
想像つくと思うけど後部座席は前の会話に入りにくい。なぜなら言葉は前方で交わされるだけではなく前方に座る奴らがさらに前に放つから。言葉は誰かに向けているようで誰にも向いてないような不思議なニュアンスになり聞きやすい。前の席は。

昨日も8人くらいの想像力をぐわんと捻り出し渦を巻き眺める仕事をしていた。言葉は方々に飛んで壁に当たり反射をして思わぬ誰かの思考の断片に照射される。8人くらいで横一列にドライブし会話のような投げ合いをしているようだ。素晴らしい着地を終え、飯屋に移動し、解散して今に至る。

言葉は誰かに投げるキャッチボールの時もあれば、バイキングのように大皿に持ってとりたい人だけがとるケースもある。誰かを傷つけるかもしれないし、誰かを救うかもしれない。しかし、その多くはリアルやネットの大海原に消えていく。不思議な感じ。言葉なのだ、多分そこには意志があったはずだ。

今ここで喋れば早朝6時の誰もいない朝に音の振動は消えていき、その声があったことを僕しか知らない。もしかしたら、その人しか知らない美しい言葉が世界には無数にもあるかもしれない。

一方書くことは方法によっては半永久的に残る。同じ言葉でも出力方法でかなりの違いが生まれる。今、自分は言葉で何が出来るのだろうか考えているのか…とこの最近の考えの整理がつく。やはり伝えるってのは整理のために自分は使っていることを証明した気分になる。

あまり眠れず数時間で目を覚ます。
まだ誰もいない朝にどのような言葉を発するか。
誰にも届かぬ、ここだけの言葉を考える。

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