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あたらしいまいにちノート

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まいにちのあんなこと、こんなこと。
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2019年3月の記事一覧

退屈なとき、ムッチャ退屈そうにしちゃう病

人として未熟だなと思う時がある。その未熟さには直していく必要があるものもあれば未熟野放しという、もうそこは未熟でいいというものがある。仕事終わらん!!いやもう寝てしまえ!とかね。未熟野放しの一つである。 僕にとっての最大の未熟野放しは、「退屈な時、ムッチャ退屈そう」という癖がある。あの子への好きな気持ちが止まらない!みたいなものと同じ強さでマイナス方面に進むベクトルである。これがどうしようもない。 飲み会でも、なんか飽きてきたぞというときは、もう話すらも聞いてない。 それ

不甲斐なさを抱きしめて

むくりと起きて身支度をする。色々と相談が舞い込み、先々を見ると「あ、今日から架橋だ」と思い木屋町スタジオへ。飲屋街の朝は閑散としており、日差しだけが暖かい。黙々とスタック気味の仕事を済まし、ビデオ会議。 スタッフと新しい相談とアイデアを共有しランチへ。飯を食いながら仕事ではなく子育ての話でわいわいする。子育てをしながら働くことがどう大変か。彼女の体験をリアルタイムに聞いて、チューニングしていこうと思っている。子育てもして、仕事もして、そんなお母さんたちが当たり前になればいい

俯瞰して自分を律する

一泊二日の弾丸リサーチを終え、帰りの新幹線に乗る。旅先では招き鵺さんにNue incが出会うという縁起のいい?感じで謎の満足感。疲れた体で座席に倒れこむ。ガラガラの車両。外の風景を眺めながら情報の整理。色々と作業がスタックしている。自分が不在の時でもスムーズに仕事を動かしていけないとよろしくない。対策を練ることにする。 混沌としたスケジューリングで僕のタイムテーブルも狂い出す。1日のペースが乱れるとパフォーマンスが予想できない。たまにこれになる。気をつけないと。日々、自分の

関心スタートの予測不能成長理論

「出来ないこと」に挑戦するのは難しい。ほとんどの人が年始の抱負を数週間後には忘れている。僕が禁煙できなかったのもそれ。これらの根底にあるのは「あったらいいな」という気持ちなんだなと思った。必要性が強くない限り「出来ること」にしようという気持ちも目減りしていく。そして案外、必要なほどの物事は少ないのかもしれないと思った。 365日noteを書く!が達成できたときに、毎日更新が途切れがちになった。これは出来ることに変わったら出来ないことに戻った!と笑っていたんだけど、実は違くて

言葉はむずかしい

企画書を書いている。いつもはキーノートを開いて、ザーッとページネーションを頭に描いて説明する時の流れを想定しながら入れ替え差し替え大枠の流れを作る。そこから白紙にバババっとテキストや画像を書き連ねる。即興で仕上げてる感じに近い。 ところがだ。仕事が増えていきた。考える時間は膨大に必要で、実はそれ以上に企画書に仕上げる時間がかかる。これでは時間が足りない。仲間を増やそうと社員が増えた。増えたところで気づいた、どう頭の中のイメージを伝えたらいいのか。これが難しい。試行錯誤してい

融資を受けてみた話

ずっと前の日記で銀行から融資の相談を受けて、会社的にはそんなお金に困っていないから自分のお金でなんとかした方がいいだろうと語っていた。しかしお金の勉強をいそいそ続けていくと、なるほどなぁと思うお金の不思議がいろいろあり、つい先日初めての融資を受けた。 僕の時間のなさのせいもあるが、結局2ヶ月ほど借り入れまでに時間がかかった。基本銀行はメールでのやり取りがなく電話。そして僕は大体打ち合わせ。かけ直そうと思うと大体営業終了時間。みたいなことやいろいろ必要書類も多く銀行の担当者(

逃げられる前に、言葉に変える。

腹一杯で動けない。ベランダで夫婦そろってパジャマでタバコを吸っている。風がもう春の暖かさだ。この時期、ベランダに置いたベンチは猫ととの取り合いになる。 そういえば今日、休日だった。直前まで知らないまま打ち合わせに向かった。こんこんと語りながら企画をまとめていく。ゴールに旗をたてて、各自宿題を持ち帰る。 帰りの電車に乗ろうとして、そうだ飯を食おうと街をうろうろする。 しかし、どこも並んでいる。今日は休日。忘れていた。適当に入った店で大盛りのラーメンを食べてしまう。欲張って大

我が家の週末

休日もわりとすっと目がさめる。もう子供たちは起きてテレビを見ていた。 クリームパンをもぐもぐ食べてクレヨンしんちゃんを見ている。クリームパン、父ちゃんももらおうかと思ったら息子が高速でもぐもぐ食べ出してカスすら残らなかった。育ち盛りだ。 なんかいい卵が冷蔵庫にあったので昼ご飯はスペシャル卵かけご飯を子供たちに作った。作ったと言うか混ぜた。作り終えて、自分の分ない!と気付き、余り物を出してみる。端材のような野菜たちとハム。炒めて塩胡椒かけたら大抵美味くなるという妻の助言を思い

観察ゲーム 〜僕らは世界のことを何も見てない〜

むすめが「小学校めんどうくさいなぁ」と呟いてテンションが下がっていた。 じゃあ、良いこと教えてあげようと「退屈だったり面倒な時間の遊び方」を教えた。というか、WSとか大学の講義で毎回やるやつ。 紙を小さく切って、たくさん用意する。 その紙一枚に1キーワード書く。 キーワードはこんな感じ。 <紙に書くもの> 色:あか、あお、きいろ、みどり、くろ、しろ、きん、ぎん 形:まる、さんかく、しかく、長いまる、長いさんかく、長いしかく 質:ふわふわ、べっとり、かちかち、つるつる、ざら

自分の背負うべき重量を把握する

東京出張で色々な人に会っていた。 ベンチで座って、ちょっとした作業をしてる間にも「あれ?松倉さん?」と知り合うに出会う東京の凄さ。偶然、相談したいことが〜と連絡があり、あれ今、東京っすよ?という感じで急に打ち合わせをしたり。おかげさまで濃密な1日を過ごせました。これは確かに京都ではない流れかなと思った。 色々、これから作ろうとするものや会社としてどう成長すべきかとか考えながら、お茶して色々雑談しながらヒントを色々いただいた。時間いただいた全ての人が足掻いていた。どんだけ偉く

厳つい人に漫画をオススメされる謎の時間

触ってもわかるし見てもわかる。 うわーすごいなこれと新幹線のトイレでじっくり見てしまう。点字は読めない。しかし、ミニマルな言語で美しいなぁと思う。 新幹線の座席に戻るのためらっている。 僕の両隣が十中八九、ヤ○ザ的な人なのだ。ちらっと覗いたこの車両の大半がそっちの世界の人のようだ。服装はサラリーマンだが隠しきれないのは空気だけじゃなくて股の広げっぷり。占有面積よ。 左隣の太ったヤーさんが不意に本を出す。何を読んでいるのか気になる。気になりすぎる。自然を装ってチラッと見ると

東京散歩

5時半に目を覚ましリビングへ行くと確定申告をやりきった妻がまだ起きていた。こたつの上には猫がぺたんと眠っていて、空はまだ夜の色。 冷水で顔を洗い、コンタクトを入れメガネをカバンにしまい込む。服を着替え、行ってきますとリビングを出る。まだ夢の中の子供たちの頭を撫でて、歩きやすい靴を履く。玄関を開けるとまだ風は冷たい。 新幹線のホームでおじさんが朝っぱらから上機嫌に鼻歌。なんかいいことあったのかな。早朝の新幹線は満席でたくさんのおじさんたちを乗せて東京へひた走る。 品川では

あなたの押し付けるYESは、誰かのNOである

人はそれぞれ独自の「視点」もしくは「視座」がある。 その視点の方向は、自分が大切にしている「価値」で定められている。 その観察を続けることで自分なりの「思想」に定着する。 なので、人それぞれの行動や判断は異なり、人それぞれの色とりどりな人生のグラデーションを織りなす。 僕には僕の視座があり、価値観があり、思想があり、今の人生がある。 そして、僕の人生の隣に座る妻や子供達にもそれぞれある。 飲み屋でテーブルを囲む友達たちにもある。赤ちゃんにだってあるはずで、本当「人間」ってい

良い出会いとか、そういうものはない。

コンテナヤードを車で移動しながら、ここは日本でもない他の国でもない、どこでもない場所なんですと説明を受ける。たくさんの積荷を乗せたコンテナ船が嘘かよと思う大きさで、スケール感がおかしくなり無数に積み上げられたコンテナは途中からテトリスに見えた。コンテナの隙間から野良猫が現れて終始何かくださいとねだる声を上げる。 仕事を終え、高密度な大阪の渦に飲み込まれていく。 すごい人の数。地下街から出られない!と田舎者のようなリアクションでなんとか地上に這い上がる。しかし、そこでも人、人