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「仕事に行きたくない」を受け入れた話

こんにちは、UMIです!
3月末に正式に病院を退職してから、約2ヶ月が経とうとしています。
今日は、この2ヶ月間にあった体験から、「働く」のサードプレイス(名前は仮)ということに落ち着いた話をしようと思います。

4月に復職を果たすも、1日で退職した話。

あまり大きな声で言えることではありませんが、見出しの通り、同じ職種で病院とは違うフィールドへ復職を果たしましたが、1日で退職。

初日はしんどいな〜と思いながらもなんとか普通に仕事を終えました。
しかし、その日の夜〜翌日にかけて、頭の中が仕事に行くことへの拒否反応でいっぱいになりました。
そして、自分でもびっくりしたのですが、翌日には仕事に行くことができず、退職という運びになりました。

自分は思っていた以上に仕事への思いをこじらせていたらしい

私は、病院をやめたいと思った理由に、これといった一つがあったわけではありませんでした。
むしろ、やりたいことや達成したい気持ちがあるような、そんな気持ちで退職しました。
でも、今回のことを受けて、「あぁ、私はかなり仕事に対しての感情が麻痺していたのかもしれない。」と思いました。

病院勤めをしていた、2年目くらいから、いや、むしろ1年目くらいから、「理学療法の技術を頑張って高めよう!」という気持ちはあるものの、仕事に対して楽しい、と思うことは少なく、むしろ業務上でやることに意味を感じられませんでした。

しかし、年数を重ねるにつれてやるべきことが多くなり、身体もなんとなく仕事へ行くことが当たり前になる。
体調が少し悪くても、休みの連絡を入れる方がめんどくさい。
連休がなくても、旅行に行く機会なんてあまりなくても、自己研鑽は全部自分の時間やお金を切り崩さなければいけなくても、仕事だからしょうがない。

そうやって、仕事へのマイナスの感情に蓋をして、なんとか自分を動かしてきたのかもしれません。

そして退職し、少し仕事から離れて自分のやりたいことをやって心が解放されたことで、自分の仕事に対しての純粋な思いが出てきたのかもしれない、と思いました。

「仕事に行きたくない」は甘えなのか?

今語ってきたことに対して、色々と思う方はいると思います。
「気合が足りない」とか「結局甘えているだけだ」とか、そんなことを思う人がいるんだろうな、と自分を責めました。
というか、自分が自分をそう思っていたのかもしれません。

でも、その考えをしている限り、自分が救われることはありませんでした。
どうしても、「どうしたら仕事に行きたくなるのか?」の答えや方法は出なかったのです。

だから、まずは自分を受け入れることにしました。
仕事にしっかり行けている人と自分を比べるのではなく、「仕事に行きたくない自分」を受け入れることにしました。

「働く」のサードプレイス

こういった経緯があって、「働く」のサードプレイス(仮)という考えに落ち着きました。
「自分を高みに連れて行ってくれる仕事」ではなく、「生活のための仕事」でもなく、「自分のための仕事」。
いわば、「自分であることが仕事になるような仕事」。
私は言葉にするのが苦手なので、うまく表現できているかはわかりません(汗)

自分がそういう働き方をしていきたい、と思いますし、もし求めている方がいたら、それを支援するようなこともしていきたい、と思います。

ただ、皆さんお気づきかもしれませんが、まだまだ動き出してもいません。
自分のこの考えが完成とも思っていないからです。
もっともっと色々なものを吸収しながら、形にしていきたいと思っています。
なので、皆さんの思いも聞けたらと思いますし、応援していただけたら嬉しいです!

次は、「私が妄想していること」をお届けできたらと思います。
お楽しみに!


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