今日ご紹介する本は、バートランド・ラッセルによる名著『幸福論』(冒頭の写真左側の岩波文庫版、安藤貞雄訳)。原題は、『The Conquest of Happiness』。1930年、ラッセルが58歳の時の著作だ。
ラッセルは、イギリスの哲学者、論理学者、数学者であり、ノーベル賞文学賞受賞者でもあり、さらに、核廃絶を訴えた「ラッセル=アインシュタイン宣言」で知られる平和活動家でもある。
本書は、世界的な名著であり、三大幸福論のひとつといわれている(他の2つは、ヒルティの『幸福論』と、アランの『幸福論』)。
なお、本書は、2017年に、名著を解説するテレビ番組であるNHKの「100分de名著」でも紹介された。その際の講師である小川仁志氏による、本書の解説本が、NHKブックスから出ている(『NHK「100分de名著」ブックス バートランド・ラッセル 幸福論』副題は『 競争、疲れ、ねたみから解き放たれるために』、写真右側の本)。こちらも、岩波文庫を読んだ後に、答え合わせ的に読んでみた。大変分かりやすく、理解の助けになった。
このラッセルの『幸福論』には、共感できたところが大変多くあった。私は、本を読む際には、印象に残ったところに付箋を貼りながら読むのだが、この本は、最初から最後まで、付箋だらけになってしまった。
そのため、長くなってしまうが、以下、特に強く心に残った箇所を引用して、備忘録としたい。その後に、私の感想もまとめておく。
第1部 不幸の原因
第1章 何が人々を不幸にするのか
幸福は、個人の力で獲得できるという、ポジティブな導入になっている。
続いて、ラッセル自身のくだり。幸福に生まれついてはいなかったが、今では生をエンジョイしている。その理由として以下のことを挙げる。
不幸の原因として、自己没頭があり、外的な訓練が必要であると展開する。
自己没頭の典型例として、以下の3つのタイプを挙げる。
こういったタイプに代表されるような、不幸な人が、忘却に逃避する様子を描く。
第2章 バイロン風の不幸
教養ある人が陥りがちなペシミズム。何の生きがいもない、世界には自分のすることなど何もないという絶望的な思いを抱くことによる不幸だ。
いっさいが空であるという気分は、自然の欲求がたやすく満たされることから生まれると説き、欲しいものを持っていないことこそ幸福の要素だとする。
第3章 競争
幸福の主な源泉として、競争に勝つことが強調されすぎていることについて述べる。アメリカのモーレツサラリーマンの例が皮肉たっぷりに描かれているくだりが印象的だった(かなり長いのでここでは引用していない)。以下のくだりは、現代人に通じるところが大いにあると思った。
第4章 退屈と興奮
人間は退屈を感じて興奮を求めてしまうものだが、幸福になるためには、退屈に耐える力が不可欠だという。
第5章 疲れ
神経の疲れや、その原因となる心配について述べる。何かの心配事を優柔不断にいつまでもくよくよと考えてしまうことが疲れとなり、不幸の原因となる。
対策としては、十分なデータに基づいて決断したらもう迷わないとか、最悪の事態を想定したうえで大したことではないと納得する、などの精神の訓練によって対応できるという。
第6章 ねたみ
ねたみは、「自分の持っているものから喜びを引き出すかわりに、他人が持っているものから苦しみを引き出す」という。ねたみを克服するためには、他人と比較せず、無益なことを考えないこと。
第7章 罪の意識
他者から刷り込まれた価値観と、自分の理性が矛盾する場合には、自分の理性でよく考えて、罪悪感を払しょくし、断固として自分の決断に従うべきだということ。
第8章 被害妄想
被害妄想の適切な予防策となる4つのポイントを示す。「他人はそれほどあなたのことを考えていない」という指摘は痛烈だが、これを意識しておくと気持ちが楽になりそうだ。
第9章 世評に対するおびえ
周囲の環境や、身近な人々からの承認が、幸福にとって重要であること。
幸福を得るためには、環境を変える必要がある場合もあること。
しかし、周りからの評価に左右されることなく、私たちが自由に考え、自分で生き方を決められることが、幸福のためには重要であること。
メディアが誰かをスケープゴートにして社会的に迫害する危険についてのくだり。SNSで誰かを晒すことが常態化している現在にも当てはまる指摘だ。
第2部 幸福をもたらすもの
第10章 幸福はそれでも可能か
「幸福の秘訣は、興味を広く持つこと。」 本書のキーメッセージがここで登場する。
第11章 熱意
前章に続き、興味を広く持て、というメッセージが続く。
ただし、趣味や欲望は、一定の常識的なものではなくてはならない。
熱意を持てるためには、健康、エネルギー、面白い仕事が必要。
熱意のためのエネルギーを確保するためには、心理的葛藤からの解放が必要。
第12章 愛情
愛情は双方に与え合うものであるべき。
第13章 家族
人間関係は、双方にとって満足のゆくものでなくてはならず、親子関係についても当てはまる。
親の所有衝動について指摘し、親が子供の人格に対する尊敬の念を持つべきというくだり。
現代で良く言われる「毒親」は、親が、子に対する支配欲を持ちすぎ、子供の人格に対する尊敬を欠いているという状態なのかも。
「自己犠牲的な母親は、我が子に対して異常に利己的」。私の身近な女性たちにも、結構こういう母親がいるので、思わず膝を打った。良かれと思って女性に育児に専念させたところ、却って、母親にとっても子供にとってもよくない結果となるという。伝統的日本的家族感に対する痛烈な皮肉。
第14章 仕事
世の中には、面白くない仕事もあるが、大抵の仕事は、人に満足感を与える。おもしろい仕事においては、なおさらである。
おもしろい仕事の要素は、技術を行使することと、建設性。
幸福な人生にほぼ必須となる首尾一貫した人生の目的は、仕事において具体化される。
第15章 私心のない興味
「私心のない興味」というのは若干分かりにくい表現だが、余暇のための趣味や娯楽のことだ。
前章において、仕事が幸福をもたらすとしながらも、仕事などの生活の主要事項ではない外部への興味を持たないと、息抜きができずに疲れるという。趣味や娯楽など外部への興味を持つことが、休息をもたらし、疲れから回復させてくれる。
さらに、気晴らしのほかにも効用がある。まずは、「釣り合いの感覚」を保てること。それは、世界が大きく、自分その小さな一部でしかないことを、忘れないでいられること。
そして、心配事があるときに、うまく対処できること。
第16章 努力とあきらめ
幸福のために、努力が大きな役割を演じる。これは分かりやすい。
しかし、あきらめも、また幸福の獲得にとって役立つという。
あきらめには、悪いあきらめと、良いあきらめがある。
あきらめは、自己欺瞞を捨て去り、本当の自分に向き合うためにも大切なことであり、幸福にとって不可欠。
第17章 幸福な人
最後に、幸福な人とは結局どんな人であるかを論じて、本書のまとめとしている。
結局、幸福な人とは、内向きで自分のことばかり考えて生きるのではなく、外への興味の純粋な関心を持って、自然な情熱に従って生きる人であり、社会とも調和し、本物の愛情を与えることのできる人、ということになろうか。
なお、外部への興味、というテーマは、既に何度も言及されており、ラッセルがとりわけ重視していることがわかる。
感想
1930年に書かれた古い本であるにもかかわらず、比較的読みやすいと感じた。
極めてロジカルな論調であり、ユーモラスで皮肉たっぷりな論調が小気味よかった。
ユニークなたとえ話をふんだんに使っていて(例えば、しっぽを失ったきつねの話、ソーセージ製造機の話、フエゴ諸島の司教の逸話を347回も話すAさんの話など)、思わずニヤリとさせられた箇所も多かった。
そして、最初の原書出版から90年以上が経った現在においても、全く色あせず、そのまま腹落ちするメッセージが、とてもたくさんあった。
たとえば、以下のようなものだ。
自己没頭はせず、外に興味を持つ。
自己を超越して、広い視野を持ち、宇宙レベルで考える。
自分は小さく、狭い世界に生きているにすぎないことを意識する。
他人に好意的にふるまう。
愛情は、一方的に受け取るだけではなくて、与える。
精神を訓練して、考えすぎないようにする。
周りのネガティブな影響はシャットダウンし、自分が正しいと信じることを理性で追求する。
そういったことを、無意識の状態でもできるようにする。
他人と比較しない。
仕事も必要だが、趣味や娯楽なども大切。
自分の現実を直視する。
どうしようもないことや、無駄にエネルギーを必要とすることは、潔くあきらめる。
そして、これらは、自分の心持ち次第でできることばかりである。つまり、幸福は、決して、運や不運のみに左右されてしまうものではなく、誰でも、ある程度は、自分の努力や心持ち次第で幸福をつかめる、ということだろう。
ところで、私は、幸せとは何だろう、と考えることが多く、「幸せって、こういうことなのかな?」という思いや気づきを、時々、記事にしてきた。
(本記事の末尾に、これらの記事へのリンクを貼っておきます。よろしければ、ぜひお読みください。)
本書には、そういった記事を書きながら考えてきたエッセンスが、驚くほどロジカルに言語化されていた。全て、ストンと腹落ちした。
この本に出会うことができて、本当に良かった。この本に書いてあることを頼りに、これからの残りの人生を、もう、迷わずに、幸せに生きていけそうだ。
人生の手引き。そんな風に思えた一冊だった。
ご参考になれば幸いです!
原書はこちら。
NHKの番組「100分de名著」の紹介ページはこちら。
私の他の読書録の記事へは、以下のリンク集からどうぞ!
「幸せ」についての、私の過去の記事もどうぞ!