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【読書録】『復活への底力』出口治明

今日ご紹介する本は、出口治明氏の『復活への底力』(2022年7月、講談社現代新書)。副題は、『運命を受け入れ、前向きに生きる』

著者の出口治明氏は、実業家で、現在は、立命館アジア太平洋大学(APU)学長。ライフネット生命創業者としても知られる。読書家で、歴史などに関する著作も多いため、ご存知の方も多いだろう。

余談だが、私は、以前から、出口氏のビジネスマンとしての発信内容に注目していた。たとえば、以下のような、日本企業の「一括採用、年功序列、終身雇用、定年」などの制度についてのご主張には、大いに共感していた。

しかし、出口氏は、2021年1月に脳卒中を発症し、APU学長職の休職を余儀なくされた。このニュースを聞いて、とても悲しく、心を痛めていた。

そして、昨年、その出口氏が、約1年の休職の後、公務に復帰を果たしたというニュースに接し、とても嬉しかった。74歳というご年齢、脳卒中という病気の深刻さを考えると、信じられない復活劇だ。

本書は、その出口氏が、脳卒中を発症してから、74歳でAPU学長に完全復職するまでのリハビリの経過や、その間に気づいたこと、考えたことなど記した本だ。沢山のリハビリスタッフが、出口氏について観察し、感じたことも、彼らのコメントを引用する形で披露されている。

以下、特に強く印象に残ったくだりを引用させていただいた後に、本書を読んで私の感じたことをメモしておく。

特に印象に残ったくだり

 何が起こるか予測できない世の中で、どんな事態に直面するかは、『種の起源』で進化論を確立したダーウィンがいっているように運次第であり、人間にできるのは適応だけです。
 人間は川の流れに身を任せてたゆたうことしかできない。

p15-16

 人生にはどうしようもないことが山ほど起こります。「自分はなんて不幸なんだ、不運なんだ」と嘆いても仕方がありません。
 それがわかれば自分の身体に障害が残った事実をありのままに見つめ、その変化に適応するだけのことです。「人生とは何か」などと自問自答する必要はまったくない。
 年を取って死の恐怖を感じるのは、わからないでもありません。知人や友人が亡くなっていきますから、どうしても死を意識してしまいます。
 しかし年齢別死亡率や平均余命といった統計をみれば、年を取ったら死ぬ確立は年々高まっていくのがわかるでしょう。客観的データに基づけば別に怖がる必要はなく、死は誰にでも訪れる当たり前の自然現象だと思えばよいだけの話です。
 何より、人生は楽しまなければ損です。以前と同じように動けなくなったからといって、落ち込んでいる暇などありません。

p16-17

 僕は常日頃「病気になった時には、自分がどういう治療を受けるのかは、自分の頭で考えて方針を決める。病気との向き合い方は本来そうあるべきだ」と周囲に語ってきました。そして「最善の選択をするためには、ひとりひとりが、まず自分はどう生きたいのかという人生の根本問題を考えることが、どうしても必要になってくるのだ」とも。このことを実行に移す時がきたのです。

p64

 (・・・)「人生は変化に富んでいるなあ。川に流されるように生きていても、岩にぶつかったりする。思わぬ展開にも一所懸命対応する方が面白いし」などと作業療法士の方から見れば大変な作業も、とにかくやり続けようと楽観的に考えていました。

p72

 (・・・)僕は、あくまで楽観的でした。思わぬ展開でも一所懸命にやり抜こうといつも考えています。入院当初はペース配分がわからないこともあり、へとへとになったのは確かですが、復職をあきらめる発想などありません。

p81

(・・・) 病院のスタッフから見た当時の僕の印象は、「リハビリへのやる気が高い」「落ち込まない」でした。
「話すことができず、運動麻痺も結構強い。リハビリではその2点で苦労していましたが、僕の印象では出口さんは非常にやる気があって、ハートが強かった。社会的な地位のある人が突然脳卒中になってこれだけのダメージを受けたら、普通は精神的にガクッときてしまい、うつの傾向が出てきます。自分でできていたことが、まったくできなくなってしまうからです。しかし、イライラすることもなかったし、回復に結び付くことであれば、自分から積極的に取り組んでいました」(鈴木さとる医師)
「(・・・)普通は不安を感じて『それってどういうこと?』と聞かれる場合もあるのですが、出口さんは終始『任せているから君たちの言う通りにやるよ』という態度でした。
 リハビリでは指示したことができていないとき、言葉を選んで患者さんに『できていません』と伝えることがあります。それで落ち込んでしまう人は多いのですが、出口さんはそれでも落ち込みませんでした」(|樗木さん)

p82

 僕は(・・・)仕事は「元気で明るく楽しく」をモットーにしてきました。リハビリも辛く厳しい表情でこなすのではなく「元気で明るく楽しく」です。理学療法士はリハビリのプロなのですから、指導は任せます。プロに任せたほうが合理的ですし、リハビリもスピードアップされます。僕の仕事上のもう一つのモットーは「スピード重視」でした。プロの指導についていくことが最善の策です。迷いはありませんでした。

p82-83

 一般に、重度障害時であっても、脳がダメージを受けるのは、そのウェイトの20%以下と推定されます。ということは、重度障害時でも脳の80%は正常です。
 そもそも、脳卒中で障害の出た患者がリハビリに取り組むのは、脳に可塑性という特徴があるからです。簡単にいえば、脳出血等でダメージを受けた部分は回復しませんが、他の領域がダメージを受けた部分の機能を代替していくのです。

p82-84

 僕が楽観的でいられたのは、これまで学んで得た知識の力もあると思います。
 ダーウィンの自然淘汰説は、生物に関する最高の理論だと僕は考えています。
 要するに、何が起こるかは誰にもわからないし、賢い者や強い者だけが生き残るわけではない。ただその場所の環境に適応した者が生き残る。
 そこでは運と適応が大切で、運とは適当なときに適当な場所にいることです。それは、人間にはどうすることもできない運命といえますが、その場所に居合わせたとき、どんな適応ができるか。すなわち、どんな意欲を持ってどんな世界にしたいと思って動くかは、自分の意志次第です。

p85-86

 将来何が起こるかは誰にもわからないのなら、川の流れに身を任せるのが一番素晴らしい。人間にできるのは、川に流されてたどり着いたその場所で、自分のベストを尽くすことぐらいです。

p87

 なにより明確なゴールに向かってただ真っすぐに進んでいく人生より、川に流され、時には岩にぶつかったり濁流にのまれたりしながら、思いもよらない展開のなかで一所懸命生きていくほうが面白いに決まっています。
 何度も繰り返しますが、人生は楽しまなければ損です。

p87

 20世紀のフランスを代表する作家マルセル・プルーストは、『失われた時を求めて』で、「真の発見の旅とは、新しい風景を求めることではなく、新しいものの見方を得ることだ」という言葉を記しています。僕もリハビリを続けながら、いろいろな発見がありました。旅ではないのですが、新しいものの見方が加わったように感じていました。
 人間は本来、移動するヒト(ホモ・モビリタス)です。真の発見を求めて、自由に移動するためにリハビリを行っているのだと腹落ちしました。

p119

 何かを選べば、結果として何かをあきらめなければならない。何かを決めるときのこうした「トレードオフ」の考え方は、リハビリの選択ではその時々で必要となりました。

p122-123

(・・・)僕のモットーは「迷ったらやる。迷ったら買う。迷ったら行く」です。(・・・)

p165

「(・・・)普通なら、『障害があるのに一人で生活するなんて、自分には無理!』と思うわけですが、そうは考えない。多くの人が限界はここだと決めてしまうところで、違う風に自分で考える。だからいろいろなアイデアも出てくるのでしょう。(・・・)」(鈴木医師)

p168

(・・・)歴史は単純な上昇曲線でとらえてはいけないのです。「3歩進んで2歩後退」を繰り返しながら、結果として少しずつ進化していく。僕のリハビリも「歴史の進化のようなものやで」と思い直したのです。

p169

「(・・・)病院ではいつも笑顔でいるので、どのスタッフもよく話しかけていました。一度『落ち込まないんですか』と尋ねてみたことがあるのですが、はっきりと『落ち込まない』と言っていたのが印象に残っています。理由までは聞いていませんが、『今回の病気だけでなく、これまでも落ち込んだことはない』と。それと、『リハビリに関して、あなたたちはプロだからお任せします』と一任してくれていたので、私たちも頑張らないといけないという気持ちにさせてもらいました」(市來さん)

p188-189

 突然の脳出血で右半身の麻痺と言語障害が出て、リハビリ生活を送った経験から僕が学んだこと、はじめて気が付いたことはたくさんあります。今後はこれらについて世の中に発信し、問題提起をしていこうと考えています。
 身体に障害が出ると肉体的に以前と同じようには動けなくなりますが、障害者の制約となるのは個人の身体機能だけでへあありません。バリアフリーの不備をはじめ、社会や環境の在り方によってもさまざまな「障害」が生み出されてくるのです。

p208

 こうした物理的、あるいは環境的な障壁が、障害者の行動や、ひいては人生の足かせになっています。また、それらの障壁が存在する背景には、「障害をもっているのだから仕方がない」といった、人々の意識の面での障壁もあると思います。
 しかし、やりたいことや行きたいところはいっぱいあるのに、なぜ障害があるからといって我慢しなければいけないのか。こんな理不尽な話はありませんが、そうした現状があることを自分の身をもって感じました。
 昔に比べれば、バリアフリーの整備はかなり進んでいます。(・・・)しかし、まだまだ取り組むべき課題はたくさんありますから、社会的な障壁の解消推進に、一人の障害を持つ者として挑戦していきたい。

p209-210

感想

なんという本。なんという、ポジティブさだろうか。

まず、出口氏の超人的な復活劇に、圧倒された。

ここでは引用してはいないが、気の遠くのなるようなリハビリの過程が、詳しく記録されていた。そして、結果として、驚くべきスピードでのリハビリの成果が上がったことが明らかにされていた。

随所で引用されている病院のスタッフのコメントによると、脳出血の状態となり、麻痺や言語障害が残ってしまった場合、多くの患者さんは、疑心暗鬼になったり、落ち込んだり、うつ状態になったりしてしまう。出口氏のように、明るく前向きに楽しく、スタッフに身を任せながら、一所懸命にリハビリに取り組む患者さんは珍しい。そのポジティブさが、超人的な復活劇の原動力となったようだ。

突然出口氏を襲った、恐ろしい病気。なんという過酷な運命。しかし出口氏は、全く打ちひしがれることもなく、運命を自然に受け入れて、ひたすら前向きに努力をされた。

ダーウィンの『種の起源』から説き起こし、川の流れに身を任せつつ、置かれた環境で適応できるようにベストを尽くすのが良いという。山あり谷あり、波乱万丈な人生を一所懸命に生きるのは楽しいこと。人生は楽しまなければ損。迷ったらやってみる。落ち込んでいる暇はない。

このように達観できる精神の強さは並大抵ではない。畏敬の念を持った。

このような出口氏の「運命を受け入れて前向きに生きる」というポジティブなメッセージは、現状に満足していない人々にとって、幸せは自分の心の持ちよう次第なのだと教えてくれるだろう。

私も、少しでもそのような前向きな生き方ができるようになりたいと、心から思った。私は、日頃から、大なり小なり、不幸だとか不条理だと思うことに悶々としたり、落ち込んだりしてきた。しかし、出口氏の言うように、「運命を受け入れて前向きに生きる」という心の在り方を常に意識していれば、人生をもっと楽しめるだろうし、何かつらい出来事に遭遇しても、進んでいけそうだ。一筋の光明が見えた気がした。

「トレードオフ」のくだりも、強く印象に残った。出口氏は、リハビリの方針を決める際に、自力歩行と、言語能力や生活能力の回復、どちらかを優先せねばならない状況に陥った。その際、APU学長に戻りたいという強い熱意から、電動車いすを使用することに決め、自分の足でひとりで外を歩くことを諦めた。

人生には、何かを選ぶと何かを諦めなければならないという、トレードオフの決断を迫られる場面がやってくる。そのとき置かれた環境のなかで、自分の心に従って、何を優先して何を諦めるかを、自分自身で決断する。

そういう事態に、誰でもいつかは直面するということについて、覚悟が必要だ。また、そういうときに備えて、自分が人生で何を大事にし、何を達成したいのかを、常日頃から考えておかねばならないと感じた。

さらに、本書を通して、改めて出口氏の教養の広さと深さに感銘を受けた。ご本人も述べられているが、出口氏がこのような環境で楽観的でいられ続けたのは、同氏の膨大な読書量や勉強量に裏打ちされた、知識の力があるのだと思う。知識は人間を強くする。知は、力なのだ。私も、知の探索を続けなければと、大いに刺激を受けた。

そして、どんな状況でも、学びや新しい視点を得るという出口氏の姿勢に感服した。障害とは、身体上のものだけでなく、社会や環境が作り出す面もあるということを、身をもって知ったという。そして、それを当事者としてこれから社会に発信していきたいという。

ご自身のご経験を社会の役に立てようとしている姿勢には、ただただ、脱帽だ。私も、より良い社会をつくるために、社会的、環境的な障害を少しでも取り除くことができるよう、自分でできることを考え、実践していきたい。

本書は、現在闘病中の方やリハビリ中の方、障害をお持ちであったり、思わぬ不幸に見舞われたりして、「何で私がこんな目に遭うの?」と苦しみの渦中にいらっしゃる方に、特にお薦めしたい。きっと、救いの書となるのではないかと思う。

しかし、本書は、そういった方々だけではなく、すべての人々に対して、これからの人生で大なり小なりの試練に直面しても、明るく前向きに、幸せに生きるためのヒントを与えてくれると思う。

ご参考になれば幸いです!

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